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甲一種出動

「甲一種か……燃える展開になりそうじゃねえか」 


 誠を振り返るかなめの視線に危なげな喜びのの色が混じる。誠は冷ややかに笑いながら周りを見渡した。


 そんな誠は明らかに動揺していた。


 司法局実働部隊のあらゆる武装と能力を制限無しに使用可能な甲一種出動。以前の胡州の軍部貴族主義者のクーデターである『近藤事件』ですら運用艦『高雄』の主砲の使用制限などがある甲二種出動であった。隊員達の視線は壇上のランに集まった。


「おー!今見て通りだ、やる気を見せろってこった」 


 そう言いながら隣に立つ吉田にランは目配せをする。再び画面に映像がでる。大型輸送機が映し出される。


「P23。東和軍北井基地の所属の機体だ。これに第二小隊……ベルガー!」 


「はっ!」 


 ランに呼ばれたカウラが一歩歩み出る。


「お前んとこの三人がこいつで敵陣に斬りこんでもらう。輸送機のパイロットは……菰田!」 


「はい!」 


 管理部の先頭に立っていた菰田が一歩進む。


「お前さんはこいつの飛行時間が一番長いんだ。パイロットをやれ」 


「了解しました」 


 そう言ってカウラに微笑みかける菰田をカウラは完全に無視した。そんな中、思わず笑いを漏らすアイシャをランの視線が捉えた。


「クラウゼ……。テメエが前線で仕切れ。そんぐらいの仕事はしろよ」 


「了解しました」 


 アイシャがすぐにまじめな顔で敬礼する。


「第一段階担当は以上!それでは各員、吉田から指示書のディスクを受け取って解散!」 


 そのままランは演台から下りる。カウラ、菰田、アイシャがそれぞれ吉田からディスクを受け取っている。


「おい、チビ。あれだけ広がった戦線に3機のアサルト・モジュールでどうしろって言うんだよ」 


 かなめのその言葉で誠は我に返った。広大な領域に戦線を拡大させたイスラム武装勢力をたった三機の戦力でどうこうできるものではないことは誰にでも分かることだった。だが、そんな作戦の立案を依頼されたランには奇妙なほどに余裕が感じられた。


「わからねー奴だな。第一小隊じゃなくてオメー等にお鉢が回ってきた理由。考えてみろよ」 


 そう言うランは勝利を確信しているように見えた。


「確かに戦線は急激に拡大しているな。でもよー配備されている治安維持部隊も激しく抵抗して戦線は入り乱れて大混乱状態なんだぜ。そこで核だの気化爆弾だの敵味方関係なく皆殺しにするような兵器を使ってみろや。同盟崩壊だけじゃすまねー話になるだろ?そこで先日の秘密兵器だ」 


 不適な笑いを浮かべる一見少女のようなランの言葉に誠もようやく事態を飲み込んだ。


「法術非破壊広域制圧兵器?」 


 なんとなく誠の口をついたのはその言葉だった。ランは笑いながら頷いた。


「そういうわけだ。命は取らずに意識を奪う兵器。こんな場面にはうってつけだろ?吉田!冷蔵庫借りるぞ」 


 そう言うとランは誠達の返事も待たずに歩き出す。カウラはその後に続く。


「ですが、中佐。あの兵器の実用のめどは……」 


「あれで十分だ。アタシが保障するぜ。出力は上がることはあっても下がらねーはずだからな」 


 小さな上司ランが余裕たっぷりの表情で振り返る。


「あんな実験だけでそのままの実力が出せるかどうかなんて……」 


 そうこぼすかなめをランがいつもの睨んでいるとしか思えない視線で見つめる。かなめは気おされるようにそのまま黙り込んだ。ハンガーの階段を上り、誰もいない管理部と実働部隊の部屋を通り過ぎる。隊長室は留守だった。だが、先ほど見た嵯峨の映像が誠の脳裏に写り、いつもは感じない隊長である嵯峨への控えめな敬意が芽生えていることに気づいた。


「アイシャ。ついて来てるか?」 


 その声に誠が振り向くとそこにはアイシャとパーラがいた。


「当たり前じゃないの。それより今回の作戦の成功は……」 


 セキュリティーを解除して振り返るランの視線に迷いは無かった。


「失敗すると分かって動く馬鹿は珍しいんじゃねーの?アタシとしては任務成功の確立は八割は堅てーと思うがね」 


 そう言ってランはコンピュータルームの扉をくぐる。


「おい、ベルガー。ちとそのディスク貸せよ」 


 ランはカウラから手渡されたディスクを起動した端末のスロットに差し込む。明らかに椅子が幼く見える体のランにあっていない様は滑稽に見えた。


「笑うんじゃねーぞ」 


 振り向いたランはかなめを一睨みしてからディスクを端末が読みこんだのを確認した。現れたのは現在のバルキスタンの勢力地図だった。


「現在のバルキスタンは反政府勢力の攻勢で戦線が入り組んで敵味方入り乱れてのとんでもないことになっているわけだ」 


 そう言ってランは中央盆地にカーソルを合わせ拡大する。画面にはその中に一筋のラインと緑の勢力圏を点線で覆う紺色の淡い斜線の引かれた部位が目を引いた。


「今回の作戦はこの主戦場である中央盆地の武装勢力の戦闘継続能力の粉砕が目的だ。この盆地が民兵の手に堕ちれば政府軍を支援するという名目で米軍が動く可能性がある。実際、同盟機構の一部には出兵に積極的なアメリカ陸軍派遣の要請を検討している勢力もある。それが実現すれば同盟機構の政治的権威はおしまいだ」 


 そう言うとランは再び中央盆地の入り口に当たるカンデラ山脈の北部を拡大する。


「進入ルートはカンデラ山脈を越えてと言うことになるな。それを抜けたらすぐに誠の乙型とベルガーと西園寺は降下、そして12キロ北上してシュバーキナの警備部の部隊と合流する」 


「マリアの姐御は休暇じゃ……」


「西園寺。言うだろ?敵をだますにはまず味方からってな。シュバーキナとその直参の外惑星連合出身の警備部の隊員が現在神前の制圧兵器の射撃範囲を指定するビーコンを設置中だ。さっき連絡したがさすがにシュバーキナだ。予定時刻ぴったりで状況は進行している」


 ランはそこまで言うと誠の方を向いた。合流地点と言われたところから広大としか思えない範囲にかけてが赤く染められる。そこでマリア・シュバーキナ少佐貴下の警備部の精鋭部隊が任務行動中だったという事実に誠は驚いていた。


「今回は範囲指定ビーコンは部隊が設置済みだ。照準もつける必要はねーんだ。射撃の苦手なお前さんでも簡単だろ?」 


 あっさりとそう言うランに誠は自分の額に光る汗を感じていた。


「確かにこの範囲の敵を駆逐すれば反政府勢力の攻勢は頓挫するのは分かるんだけどな。このあたりには停戦監視や治安維持目的で同盟軍の部隊が展開してるんじゃねえのか?」 


 素朴な疑問をぶつけるかなめにランは狙いすましたような笑顔で答える。


「だから、非殺傷設定のアレの効果が生きるんだ。思念反応型兵器とか意思機能阻害兵器とか呼ばれているわけだが、アレに撃たれると人間なら二日は昏睡状態に陥ると言う効果があるが死にはしねーからな。今回はその特性を生かして戦闘能力を削いでしまおうって作戦なんだ」 


 ランが無い胸を張る。


「そんなにうまく行くんでしょうか?」 


 そう言うカウラにランは立ち上がって背伸びして彼女の肩に手をやった。


「うまく仕切って作戦成功に導くのが……ベルガー、オメーの仕事だ。それとクラウゼ!」 


「は!」 


 切り替えの早いアイシャは真面目モードでランに敬礼する。


「東和の空軍のバックアップはあるだろうがM7クラスだと正直、対地攻撃での撃破は難しい。そこを見極めて管制よろしく頼むぞ」 


「了解しました!」 


 そんなアイシャの気合の入った声に笑みを浮かべたランはそのままコンピュータルームを出ていった。


「さてと、カウラ。進入ルートの選定は私達に任せて頂戴よ。とりあえず出撃命令が出るまで休んでいていいわよ」 


 アイシャはすぐさま椅子に腰掛けて端末のキーボードを叩き始めた。パーラも隣の席で同じように仕事を始める。


「じゃあ、よろしく頼む」 


 カウラはそう言うとアイシャ達に視線を送るかなめと誠を促してコンピュータルームを後にした。


「ちっちゃい姐御にあれほど確信を抱かせるってのはたいした奴だぜオメエは」 


 かなめはそう言うとタバコを取り出して誠の肩を叩く。


「廊下は禁煙だぞ」 


 いつものようにカウラがとがめるが、その表情は誠には相棒を気にするカウラの思いやりが見て取れた。


「わあってんよ!しばらくヤニ吸ってるから何かあったら呼んでくれよ」 


 そう言うとかなめはハンガーへと歩き出す。誠とカウラはそのまま実働部隊の控え室に戻った。吉田はいつもどおり机に足を投げ出して音楽を聴いている。シャムの姿が無いのはグレゴリウス16世と遊びに行っているからなのだろう。


「吉田少佐。本隊はどう動く予定ですか?」 


 カウラの言葉に吉田はめんどくさそうに顔をあげた。


「こっちは『高雄』で出撃。海上に待機して様子見だ。お前等が失敗した時はカント殿の頭に銃でも突きつけて自作自演のもたらした負の遺産を身をもって味わってもらう予定だよ。まあそうなったらどこかの星条旗を掲げた正義の味方気取りの兵隊さんが笑顔で全面攻撃なんてシナリオまで見えてきちゃうだろうけどな」 


 ふざけたようなその言葉だが、誠も吉田の性格が分かってきていただけにその意味が理解できた。待っているのは本格的な紛争。そして同盟機構は瓦解し、新たな秩序の建設を大義として掲げての遼州の大乱。誠はそんな状況を想像して冷や汗が流れるのを感じていた。


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