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報告

「西園寺。とりあえず隊長に神前を迎えに行ったことの報告しといた方がいいな」 


 そう言うとカウラは、まだ茜に言いたいことがあるとでも言うように口を尖らせるかなめの腕を引いた。仕方なくかなめはカウラに引かれてそのまま廊下を進む。そうして向かった司法局実働部隊隊長室のドアは少し開いていた。香ばしい香が三人の鼻を刺激する。


「何やってんだ?叔父貴は」 


 そう言うとかなめはノックもせずに隊長室に入った。


「ああ、戻ってきたの?まあお肉は一杯あるから」 


 そう言って七輪に牛タンを乗せていたのは許明華大佐だった。技術部を統括する司法局実働部隊影の最高実力者と言われる女傑である彼女は旨そうに牛タンを頬張っていた。


「ああ、丁度いいところに来やがったな。食うだろ?お前等も」 


 そう言って後ろから取り皿と箸を用意する男が司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐だった。


「ええと……じゃあお言葉に甘えて」 


 少しばかり驚いた後、カウラはそう言うとかなめと誠をつれて隊長室に入る。


 嵯峨の娘、茜が主席捜査官としてこの庁舎に出入りするようになって、一番変わったのがこの隊長室だった。


 少なくとも分厚く積もった埃は無くなった。牛タンを頬張る明華の足元に鉄粉が散らばっているのは、ほとんど趣味かと思える嵯峨の銃器のカスタムの為に削られた部品のかけら。それも夕方には茜に掃き清められる。


 猛将、知将と評される嵯峨だが、整理整頓と言う文字はその多くの知識のどこを紐解いても見当たらない言葉だった。茜の配属以前は部屋の床はまず嵯峨が付き合いで頼まれた書の為の墨汁で彩られ、そこに拳銃のスライドを削った鉄粉がまぶされ、その上に厚い埃が層になっていた。


 特にカウラは几帳面で潔癖症なところがあるので、この部屋に入るのを躊躇することもあったくらいだった。茜が掃除を取り仕切るようになった今ではとりあえず衛生上の心配はしないで済む程度の部屋になっていたので誰もが嫌な顔せずに焼肉を楽しむことが出来た。


「ちょっとベルガー大尉。レモン取って」 


 明華はそう言うと七輪の上で焼きあがった牛タンを皿に移す。


「ほら、皿ならここにあるぜ」 


 そう言うと嵯峨は借りてきた猫のように呆然と突っ立っている誠達の手に皿を握らせる。接客用テーブルの上に皿に乗せた牛タンが並んでいる。量としてはおそらく二頭分くらいはあるだろうか。それを嵯峨は贅沢に炭火で焼いている。


「叔父貴、酒はどうしたんだよ」 


 嵯峨が焼いていた肉を横から取り上げたかなめが肉にレモン汁をたらしながら尋ねる。嵯峨は察しろとでも言うように横を見た。そこにはかなめをにらみつけている明華がいる。かなめは肩をすぼめてそのまま肉を口に入れた。


「そう言えばシン大尉は演習場から司法局本局へ出頭ですか」 


 カウラは大皿から比較的大きな肉を取って七輪の上に乗せる。


「まあな。法術関連の法整備とその施行について現場の意見を入れないわけにもいかないだろ?まあ俺が顔を出せれば良いんだが、俺はお偉いさんには信用無いからな」 


 そう言いながら嵯峨は焼きあがった肉にたっぷりとレモン汁を振りかけた。


「それより叔父貴。シンの旦那が転属になるって噂、本当なのか?」 


 かなめのその言葉を黙って聞きながら嵯峨は口に肉を放り込む。


「ったくどこで聞いてきたんやら?」 


 嵯峨は口の中で肉の香を確かめるようにかみ締めながらつぶやく。


「ああ、シン大尉の件は本当よ。予算取りの関係で東和軍とパイプが欲しいところだったから代わりに腕の立つ背広組の人材が欲しいって言ったらそれに適した人材がいるって話が来たのよ」 


 静かに肉をかみ締めていた明華があっさりとした口調でそう答えた。


「背広組?マジかよ……」 


 かなめはそう言いながら一人、肉に箸を伸ばさない。


「嘘ついてどうするの?シン大尉がいなくなるから規律が緩くなるとでも思ったわけ?西園寺大尉、残念ね」 


 それだけ言うと明華は牛タンを口に放り込む。誠はかなめを見つめた。ようやくかなめも決心がついたように肉に箸を伸ばすが、どこかしら躊躇しているところがある。


「迷い箸は縁起が悪いな」 


 そう言う嵯峨は彼女が取ろうとした肉を奪って七輪に乗せる。


「でも、本当に美味いな。西園寺も早く食べろ」 


 そう言ってカウラは肉をひっくり返す。


「そう言えばクバルカ中佐が部隊に本異動になるらしいんですが……許大佐はクバルカ中佐とは旧知と聞いているんですけど」 


 カウラが水を向けると、肉をかみ締めていた明華が微笑みながら箸を置く。


「まあね、あの娘には何度か煮え湯を飲まされたこともあるから。遼南内戦の央都攻防戦の頃からの付き合いだから、もう十四年の付き合いってことになるわね」 


「え? 十四年って……許大佐はさんじゅっ……」 


 誠が口を開いたとたんに腹部にかなめの拳がめり込んだ。それを見て明華はかなめに親指を立てて見せる。


「おい、誠よ。女性に年の話をするんじゃねえよ」 


 嵯峨はむせる誠に冷ややかな視線を向ける。


「でも殴ることは……」 


「昔から言うじゃねえか、愛ゆえに殴るって」 


 得意げなかなめのタレ目が腹を押さえて前かがみの誠の目の中に映る。


「愛?」 


 嵯峨がいかにも嬉しそうな顔をする。カウラは皿から七輪に移そうとした肉を取り落とす。肉の焼ける音を聞きながらかなめの顔が真っ赤に染まる。


「誤解だ!こいつのことなんて何にも思ってねえからな!」 


 かなめは大きく手を振ってごまかす。その時、隊長室の扉が開いた。


「失礼します!」 


 そう言って入ってきたのはアイシャと仲間達。運用艦『高雄』の管制官、パーラ・ラビロフ中尉とアイシャの副長就任で正操舵長に出世したエダ・ラクール少尉の二人と、なぜか居る技術部火器整備担当のキム・ジュンヒ少尉の三人だった。そして当然のように皿と箸を持って入ってくる。


「なんであんた等が来るのよ?」 


 肉をかみ締めながら明華があからさまに嫌な顔をする。


「ああ、キムは俺が呼んだ。どうだい?やっぱりファクトリーロードのカートリッジは相性悪りいか?」


 嵯峨は立ち上がると、執務机の後ろから別の七輪を取り出す。中の炭は十分におきていて真っ赤に網を載せられた網を熱し続けていた。。


「ああ、これはどうも……まあ弾については何社か試したんですが、胡州造兵工廠の強装弾が最適ですかね」 


 そう言うとまっすぐ歩いてきたキムは手馴れた調子で七輪の上に次々と肉をのせていく。


「今度は誰の拳銃、見繕ってるんだ?」 


 かなめは明らかに先ほどの愛云々の話をごまかそうとしている。そんな姪の姿を見ながら嵯峨は机の上から一丁の拳銃を取り上げた。


 嵯峨の手には見かけない大型拳銃が握られている。


「ルガー?」 


 その特徴的なトルグアクションにかなめは視線を奪われる。


「んなもんあるなら俺のコレクションにするよ。こいつはモーゼル・モデル・パラベラム。昔、オーストリアの伍長殿の起こしたどんぱちが終わってから作られたリバイバルバージョンだ。P08程じゃ無いがガンショーとかでは結構いい値がつくんだぜ」 


 嵯峨はそう言うと素早くマガジンを抜いた。


「こりゃあずいぶん趣味的なチョイスじゃねえか。神前の豆鉄砲と交換するのか?」 


 誠は射撃がまるで下手糞だった。一般的な軍用拳銃ならば初弾はまだしも、二発目以降はどこにあたるか本人にもわからない。そんな彼の為に嵯峨はお守り程度の威力しかない22口径のルガーマーク2を与えていた。しかしそれはさすがにやりすぎだとかなめもカウラも思っていた。その為に誠でも二発目以降が当たりそうで威力のある弾丸を使用する銃を嵯峨は探していた。


 かなめは目の前の古めかしい拳銃に手を伸ばした。全員が肉から彼女の手の動きに目を向けた。かなめはグリップを握りこんだ後、何度か安全装置をいじる。


「なんだよ、じろじろ見やがって。オメエも持ってみるか?」 


 そう言うと肉を噛んでいたカウラに銃を手渡す。彼女も何度か手にした銃の薬室を開いては覗き込んでいる。


「あと二、三マガジン撃ってから調整するからな」 


 そう言いながら嵯峨は再び皿から牛タンを七輪の上の網に載せる。いつの間にか誠の隣に座っていたアイシャも黙って彼が載せた肉を素早く取り上げて焼き始めた。


「グリップはウォールナットのスムースですか?」 


 カウラから渡された拳銃のグリップを撫でながらパーラがキムに尋ねた。滑り止めの無いオイルで仕上げたグリップがつややかにパーラの手の中で滑っている。


「俺はチェッカーの入った奴が好みなんだけど、オリジナルが良いって隊長が言うんでね。撃ってみて問題があるようなら交換するけど」 


 そう言うとキムは半焼きの肉を口に放り込む。


「拳銃談義はそれくらいにして、隊長の殿上会出席のための留守の勤務のシフトは……」 


 アイシャのその言葉に明華が黙って手を上げる。


「それより私の知り合いに新しい職場を見たいという奇特な人が来るけどそちらの対応は……」 


 明華は笑顔をかなめに向ける。明らかに気分を害したとでも言うように、かなめはパーラの焼いていた肉を奪い取って口に入れる。情けない顔をするパーラに、明華が気を利かせて自分の焼いていた肉を渡した。


「どっちも了解しているよ。シフトはこれが終わったら全員の端末に流す。そして明華の件は俺のところにも連絡が着たから好きにしろって言っといた」


 明華が怖くて嵯峨は渋々麦茶を飲んでいた。


「いい匂いがするんだな」 


 そこに居たのは幼い容貌のランだった。突然のランの登場にかなめとアイシャは驚いた表情を浮かべていた。


「ご苦労さん。お前も食っていけよ」 


 渡された書類を執務机に投げた嵯峨が声をかける。


「飯は食ったからな。それにアタシの本異動の歓迎会はあまさき屋でやるんだろ?一応予約はしておいたけど」 


 それだけ言うとランはそのまま出て行こうとする。


「さてと、ランが来たってことは第二小隊の三号機も到着したってことね。それじゃあ私も仕事に行かなきゃね」 


 そう言って明華が立ち上がる。彼女が差し出した皿をアイシャは気を利かせて受け取る。


「もう終わり?」 


「そうだよ。クラウゼ、片付け手伝ってくれるか?」 


 そう言いながら嵯峨は肉の乗ったトレーにラップをかぶせる。アイシャはそのまま立ち上がると、パーラとエダ、それにキムに目で合図をする。


「それじゃあ隊長。報告書がありますので失礼します!」 


 アイシャはそのまま引きとめようと手を上げる嵯峨を残して部屋を出て行った。サラとパーラ、キムにエダもそれに付き従うようにしてそそくさと隊長室を後にした。


「それじゃかなめ坊、ベルガー頼むわ」 


 逃げられないように二人の腕をがっちり掴んで嵯峨がそう言った。見詰め合うかなめとカウラだが、いつものことだと気付いてあきらめて二人は嵯峨達の皿を集め始めた。


「僕も手伝いますよ」 


 誠はそう言って慣れた調子で肉の横に置かれたラップを切って残りの牛タンを包んでいく。


「ずいぶんと手馴れてるな」


「ええ、学生時代に焼き肉屋でバイトをしてたんで」


 誠の言葉にかなめとカウラはうなづきながらそれぞれに皿を片付けていった。


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