表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/60

家柄

「そう言えば第三小隊の話はどうなったんだ?」 


 窓の外が見慣れた光景になったのに飽きたというように目を反らしたかなめがアイシャに尋ねた。振り向くアイシャの顔が待っていたと言うような表情で向かってくる。


「ああ、かえでお嬢様の件ね。何でも今月の末に胡州の『殿上会でんじょうえ』に出るとか……それ以前にかなめちゃん。妹のことじゃないの、かえでちゃんがどうなるかなんて、かなめちゃんの方が詳しいんじゃないの?」


「言うなそれは」 


 かなめは明らかに何かを嫌悪しているというように吐き捨てるように言った。


「でんじょうえ?」

 

 初めて聞く言葉に誠は胡州の一番の名門貴族西園寺家の出身であるかなめの顔を見た。聞き飽きたとでも言うようにかなめはそのまま頭の後ろで手を組むと、シートに体を投げ出した。


「胡州の最高意思決定機関……と言うとわかりやすいよな?四大公家と一代公爵。それに枢密院の在任期間二十年以上の侯爵家の出の議員さんが一同に会する儀式だ。親父が言うには形だけでつまらない会合らしいぜ」 


 めんどくさそうにかなめが答える。だが、誠にはその前の席から身を乗り出して、目を輝かせながらかなめを見ているアイシャの姿が気になった。


「あれでしょ?会議では平安絵巻のコスプレするんでしょ?出るんだったらかなめちゃんはどっち着るの?水干直垂すいかんひたたれ?それとも十二単?」 


 アイシャの言葉で誠は小学校の社会科の授業を思い出した。胡州帝国の懐古趣味を象徴するような会議の写真が教科書に載っていた。平安時代のように黒い神主の衣装のようなものを着た人々が胡州の神社かなにかで会議をする為に歩いている姿が珍しくて、頭の隅に引っかかったように残っている。


「アタシが六年前に引っ張り出された時は武家の水干直垂で出たぞ。ああ、そう言えば響子の奴は十二単で出てたような気がするな……」 


 胸のタバコに手を伸ばそうとしてカウラに目で威嚇されながらかなめが答える。


「響子?烏丸大公家の響子様?もしかして……あのかえでお嬢様と熱愛中の噂が流れた……」 


「アイシャよ。何でもただれた関係に持って行きたがるのはやめた方がいいぞ。命が惜しければな」 


 アイシャの妄想に火が付く前にかなめが突っ込む。アイシャの妄想はいつものこととして誠は話題に出た人物について考えていた。確かに四大公筆頭の次期当主のかなめから見ればそんな人物が話題に出てくるのは普通のことだが、誠にしてみれば四大公家の西園寺、大河内、嵯峨、烏丸の家のうちの三家の女性当主が話しに出ていることに正直驚いていた。


 嵯峨惟基が当主を務める嵯峨家以外どれも現当主や次期当主は女性だった。先の『官派の乱』と呼ばれた胡州を二つに分けた内戦に敗れた当主烏丸頼盛の自決で分家から家督を継いだ烏丸響子女公爵と、当主大河内吉元の一人娘貞子を頂く大河内家、そして普通選挙法の施行以降の爵位返上をちらつかせている父からの家督相続の話がひっきりなしに出る西園寺家の長女西園寺かなめ。


 さらに誠がニュースとして知っていたのは、嵯峨が娘の茜が東和共和国に亡命という形で移住して胡州帝国国籍を失ったため、姪でありかなめの妹にあたる西園寺かえでを幼女に迎えて家督を譲るという話も聞いていた。


 外を見ると風景は見慣れた豊川市近郊のものになり始めていた。いつものような大型車の渋滞をすり抜けて、カウラは菱川重工豊川工場の通用門を抜けて車を進めた。


「ちょっと生協寄ってなんか買って行きましょうよ。私おなかが空いているし……誠ちゃんも何か食べるでしょ?」 


 かなめににらまれ続けるのに飽きたとでも言うようにアイシャがカウラに声をかける。それを無視するようにカウラはアクセルを踏む。


「今日はシャムが遼南の土産を持ってくるって言ってたろ?どうせ喰いきれないくらいあるんだから……」 


 かなめの言葉にアイシャはうつむいた。かなめは先ほどまでの大貴族の話などすっかり忘れているように見えた。


「だから言ってるんじゃないの。また変なもの買ってくるに決まってるわよ。だから口直しのお菓子とか買いましょうよ!」 


 そう言いながらアイシャはカウラの頬を軽くつついた。


 そんなアイシャをうっとおしく感じたのか、カウラは生協の駐車場に車を乗り入れた。


「誠ちゃんとカウラはいいの?」 


 アイシャの言葉にカウラは首を振る。


「僕はいいですよ。せっかくナンバルゲニア中尉の好意ですから」 


 そう言う二人を見てアイシャは細身の体をくねらせてそのまま車を降りた。


「今回の殿上会か……荒れるな」 


 かなめはそう言うと誠を蹴飛ばした。仕方なくアイシャに続いて車から降りた誠を押し出したかなめはそのまま外に出た。伸びをしてすぐに彼女は胸のポケットに手を伸ばす。


「荒れるって?」 


 誠の言葉を聞きながらかなめはタバコに火をつけた。


「おい、誠。胡州の国庫への納税者って何人いるか知ってるか?」 


 タバコをふかしながら前の工場の敷地内を走るトレーラーを眺めながらかなめが言った。


「そんなこと言われても……僕は私立理系しか受けなかったんで社会は苦手で……」 


 そう答えて頭を掻く誠に大きなため息をついてかなめはタレ目でにらみつけてくる。


「三十八人。全員が領邦領主の上級貴族だ。胡州は領邦制国家だからな。領邦の主である貴族がすべての徴税権を持っている。市民はまず領邦領主に納税し、その一部が国庫に納税される仕組みだ」 


 カウラは迷う誠をさえぎるようにしてそう言った。


「さすが隊長さんだ。胡州の政治情勢にも詳しいらしいや。その三十八人の有力貴族はそれぞれに被官と呼ばれる家臣達が徴税やもろもろの自治を行い、それで国が動いている。まあ世襲制の公務員と言うか、地球の日本の江戸時代の武士みたいなものだ」 


 そう言うとかなめはタバコの煙を噴き上げる。


「けどよう、そんな代わり映えのしない世の中っつうのは腐りやすいもんだ。東和ならすぐ逮捕されるくらいの賄賂や斡旋が日常茶飯事だ。当然、税金を節約するなんて言うような発想も生まれねえ」 


 いつに無くまともなことを口にするかなめだが、彼女は胡州貴族の頂点とも言える四大公筆頭、西園寺家の嫡子である。誠は真剣に彼女の話に耳を傾けた。


「今回の殿上会の最大の議題はその徴税権の国への返還だ。親父の奴、この前の近藤事件の余波で貴族主義者の頭が上げにくい状況を利用するつもりだぜ」 


 そう言うとかなめは車の中を覗きこんだ。カウラはハンドルに身を任せてかなめを見つめていた。誠は膝に手を置いた姿勢でかなめを見上げている。


「しかし、それでは殿上会に無縁な下級貴族達の反発があるだろうな。胡州軍を支えているのは彼ら下級貴族達だ。特に西園寺。お前の籍のある陸軍はその牙城だろ?大丈夫なのか?」 


 カウラは静かにハンドルを何度も握りなおしながら振り返る。


「だから荒れるって言ってんだよ」 


 そう言うとかなめはタバコをもみ消して携帯灰皿に吸殻をねじ込んだ。


「荒れるか……烏丸一派と西園寺派で激論が戦わされると……なるほど。では荒れた議場をまとめる西園寺公の思惑をどう見るか四大公筆頭、西園寺家の次期当主のお話を聞こうか」 


 カウラはそう言うと運転席から身を乗り出してかなめの方を見上げた。


「ああ。徴税権の国家への返上問題に関しては親父は早期施行の急先鋒だが、大河内公爵は施行そのものには反対ではないものの、そのあおりをもろに受ける下級貴族には施行以前の見返りの権益の提供を条件に入れることを主張している。烏丸家はそもそも貴族主義者の支持を地盤としている以上、今回は反対するしかないだろう。そして叔父貴は……」 


 かなめはそこまで言うと短くなったタバコを携帯灰皿に押し込み、再び二本目のタバコを取り出して火をつける。周りでは遅い昼食を食べにきた作業着を着た菱川重工の技師達が笑いながら通り過ぎる。


「もったいつけることも無いだろ?嵯峨隊長は総論賛成、各論反対ってことだろ?早急な徴税権の国家への委譲はただでさえ厳しい生活を強いられている下級貴族の蜂起に繋がる可能性がある。あくまで時間をかけて処理する問題だと言うのがあの人の持論だ」 


 カウラの言葉にかなめは頷いた。


「胡州の貴族制ってそんなに強力なんですか?」 


 間抜けな誠の言葉にカウラは呆れて額に手を当てる。かなめは怒鳴りつけようと言う気持ちを抑えるために、そのまま何度か肩で呼吸をした。


「まあ、お前は西と西園寺が会話している状況を普通に見ているからな。これは隊長の意向で身分で人を差別するなと言う指示があったからだ。そうでなければ平民の西が殿上貴族の西園寺家の次期当主のコイツに声をかけることなど考えられない話だ」 


 カウラはそう言うとかなめを見上げた。タバコを吸いながらかなめは空を見上げている。


「でも遅せえな、アイシャの奴。さっさと置いて帰っちまうか?」 


 話を逸らすようにかなめがつぶやく。


「とりあえずお前はその前にタバコをどうにかしろ」 


 そして、ずっとかなめの口元のタバコの火を眺めていたカウラが突っ込みを入れる。誠が生協の入り口を見ると、そこにはなぜかお菓子以外の物まで買い込んで走ってくるアイシャの姿があった。


「ったく何買い込んでんだよ!」 


「かなめちゃん、もしかして心配してくれてるの?大丈夫よ。私は誠ちゃんじゃないから誘拐されることなんて無いし……」 


 かなめは仕方なくタバコをもみ消して一息つくと、そのまま携帯灰皿に吸殻を押し込んで後部座席に乗り込む。アイシャは誠がつっかえながら後部座席に乗り込むのに続いて当然のように助手席に座り買い物袋を漁り始めた。


「誠ちゃん。このなつかしの戦隊シリーズ出てたわよ」 


 アイシャがそう言うと戦隊モノのフィギュアを取り出して誠に見せた。


「なんつうもんを置いてあるんだあそこは?」 


 かなめが呆れて誠の顔を覗き込む。


「大人買いじゃないのか?」 


 車を発進させながら、カウラはアイシャに目をやった。


「ああ、そっちはもう近くのショップで押さえてあるから。これは布教のために買ったの」 


 そう言ってかなめや誠にも見えるように買い物袋を拡げて見せる。そこには他にもアニメキャラのフィギュアなどが入っていた。


「よくそんなの見つけてくるな……」


「すごいでしょ」


「いや、呆れてんだよ」


 威張るアイシャにかなめは大きくため息をついた。カウラはそのかなめをバックミラー越しに見ながら微笑んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ