覚悟を決めろ
それは、余りにも急激な変化だった。
苦しみだしたマレクの手が突如として倍に膨れ上がったかと思うと、その重さに耐えかねたように地面に叩き付けられる。
「おわっ!?」
手を地面に叩き付けただけなのに、立っているのがやっとというほどの地響きが起こり、ロイは思わずバランスを崩しそうになる。
そうしている間にも、今度はマレクの足が牛の胴ほどの太さに膨れ上がり、その余りの重量に地面へと沈み込む。手足の巨大化に合わせるように体も大きくなり、着ていた衣服は引きちぎれ、中から血がうっ血して青黒く変色した硬い鱗のような皮膚が現れる。次に骨が変質したと思われるいくつもの突起が背中から現れ、後を追うようやってきた筋肉と思しき物体が巻き付くと、第三、第四の腕へ足へと変わっていく。
「グ……グガ……グガガガ…………」
マレクが苦し気にあえぐ度に口から魔力の残滓と思われる光る物体が流れ、それが地面へと落ちるとジュウゥゥと音を立てて穴を開ける。
「な、なにが起きているんだ……」
異形の者へと変容していくマレクに、ロイはどうしたらいいかわからず立ち尽くしていた。
本来ならば、今すぐにでも腰の剣を引き抜いてマレクへと斬りかかるべきなのだろうが、次にどういった変化が起こるがわからないという不安と、既に形となった腕が暴れ、辺りを破壊しているので迂闊に近づけないというのもあった。
そうこうしている内にマレクの姿は既に人の理解の範疇を超えているほど醜怪で、亜人種の魔物で全長は三メートルを超えるトロルですら、まだ人型として認識できる分だけマシだと思えるほどの変化をしていく。
やがて六本の腕と、四つの足をもつ異形の化物となったマレクが自分の存在を誇示するかのように巨大な足を踏み鳴らして地響きを起こすと、新たに生まれ変わった自分を祝福するような歓喜の雄叫びを上げる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!」
「――っ!?」
その天まで轟くほどの咆哮は、辺りの壁にいくつものヒビが入るほどで、余りの音量にロイは顔をしかめて膝をつく。
(こ、こいつは……マズイかもな)
もしかしなくても、起こしてはならないモノを起こしてしまったようだ。ロイは今にも震えそうになる腕を無理矢理押さえつけながらすっかり乾いていた唇を舐める。
「ふぅ……」
ロイは自分自身を落ち着かせるように大きく溜息を吐く。
ここでマレクを止めなければ、ガトーショコラ王国が未曾有の危機に訪れることは明白なのだ。
倒すべき敵を倒したとしても、自分は勇者で世界の平和を守る使命があるのだ。
だが、勝てるのだろうか。自分の天敵ともいえる魔法使いを相手にエーデルのサポート無しに上手く立ち回ることができるのだろうか?
強敵を前にする時、それはいつだって未知との恐怖との戦いだった。
そんな時、いつだってロイを励まし、鼓舞してくれたのはエーデルとはじめとする大切な仲間であり、守りたいと思う者の存在だった。
しかし今、そんなロイの背中を支えてくれる、力を貸してくれる仲間……いついかなる時も隣にいてくれた彼女はここにはいない。
(エーデルの支援もなしに、俺はこんな桁外れの魔法使いに勝てるのか?)
いくつもの不安が頭をよぎり、ロイの体は益々固くなる。
すると、
「おわっ!?」
そんなロイの動揺を悟ったのか、手の中のデュランダルがロイを鼓舞すように小さく震える。
「相棒……」
もはや喋ることすらできなくなってしまったにも拘わらず、こうして叱咤激励してくれるデュランダルの気遣いにロイは目頭が熱くなるのを自覚する。
「そうだな……俺にはまだ、お前がいたんだったな」
ロイは頼りになる相棒に感謝しながら、デュランダルのいくつものヒビが入った刀身をそっと撫でる。
おそらくデュランダルを全力で振るえるのは、一度か二度が限度だろう。魔法吸収であれば問題ないかもしれないが、余りにも強力な魔法だと攻撃に転じる前に限界がきてしまう可能性がある。そうなればデュランダルがどんな末路を辿るのか想像したくないが、かといって使うのを躊躇うわけにはいかなかった。
(勝機を見出すまでは、なんとしてもこの剣で立ち回ってみせる)
次にデュランダルを振るう時は、勝負を決める時。ロイはそう覚悟を決めると、デュランダルを背中の鞘に納め、腰の剣を改めて引き抜いた。




