勇気を出して
「クソッ、駄目か……」
マレクが魔法で生み出した壁の破壊を試みたロイだったが、思った以上に強固で、結果痺れただけの両手をブラブラと振りながら嘆息する。
(だが、このまま俺たちを見逃してくれるはずもあるまい)
もしかしなくても、マレクは壁の向こうでロイたちを確実に倒せるような大規模魔法の詠唱をしているのだろう。そう考えながら壁の前で思案していると、後ろから声をかけられる。
「ロイ……大丈夫?」
「すみません。まさか魔力の吸収などという手にやられるとは思いもよりませんでした」
「リリィ、セシリアも……もう起きて大丈夫なのか?」
ロイが尋ねると、女性二人は揃って頷く。
「うん、ボクはエーデルさんと違って魔法はさっぱりだからね」
「私は多少の心得があった所為で意識を奪われましたが、リリィさんの適切な対処のお蔭で大事に至らずに済みました」
「そうか、二人が無事で良かったよ。それで、エーデルは?」
「…………」
「…………」
その質問に、二人は揃って顔を見合わせて口を噤む。
顔を伏せる二人を見て、ロイの顔から血の気が引いていく。
「そんな……嘘だろ? だって、薬はちゃんと飲ませたんだ。顔色だってあんなに良くなったのに……」
「はい、体の方は問題ありません」
「うん、むしろ死に体の癖にやたらと幸せそうに眠っているのにちょっとムカついているの」
「もっと早く処置をしていれば助けられたのか…………って、えっ?」
二人のまさかの答えに驚いたロイが顔を上げると、そこには頬を膨らませ、不満を露わにしているリリィと、難し気に顔をしかめているセシリアがいた。
「もう、エーデルさんに役得させるために薬をあげたわけじゃなかったんだけどな……」
「まさか目が覚めてみたら、ロイとエーデルさんが……ふ、不潔です!」
何やらブツブツと呟き続けている女性二人に、ロイはどう返していいものかと思案しながらも、確認のためにエーデルの様子を見てみる。
すると、彼女は意識こそ失ったままのようだが、その豊かな双丘が規則正しく上下していることから命の何ら別条はない様子が見て取れた。
エーデルが助かったはずなのに、この気まずい空気は一体何なのだろうか。訳が分からず混乱する頭をどうにか御しながらロイは二人の女性に問いかける。
「と、とりあえず、エーデルは無事なんだな?」
「…………うん」
その問いに、リリィがしぶしぶと頷く。
どうして彼女たちが腹を立てているのかロイには全くわからなかったが、とりあえず今は彼女たちの感情を棚に上げて、脱出のための案を告げる。
「いいか? おそらくマレクは今、俺たちを倒すための魔法を詠唱しているはずだ。それを俺が引き受け、ついでに敵の注意も惹きつけるからその間にエーデルを連れて脱出してくれ」
「えっ……」
「それは大丈夫なのですか?」
「大丈夫……というより俺以外に誰もまともに戦えないだろう。だから、これは必然だ」
「で、でも、ロイって魔法に弱いんでしょ?」
「心配するな、それについてはちゃんと考えてある。こう見えても世界を救ってきたんだ。こんなところで死ぬわけないだろう?」
「うう……ロイがそう言うのなら」
「わかりました。ロイを信じます」
ロイが確信をもって告げると、女性陣二人が神妙な顔で頷く。
それにロイも頷きで返し、二人に背を向ける。
すると、
「ロイ……」
突然震える声と共に、リリィがロイの背中に抱きついてきた。
「お、おい……」
そのまま自分の体を押し付けるように密着させてくるリリィに、ロイは戸惑ったような声を上げる。
「リリィ、どうしたんだ。早く逃げる準備をしておいてくれ」
「う、うん……わかってる」
「……リリィ?」
いつも明るく振る舞い、周囲を和ませてくれる彼女らしくない行動に、ロイは何事かと首をひねる。
そんなロイの不安を読み取ったのか、リリィはさらに力強くロイに抱きつくと、縋るように小さな声で懇願する。
「その……お願い。少しだけこうさせてもらっていいかな? ボクに……ロイの勇気を分けてもらいたくて」
震える手で必死にしがみついてくるリリィに、ロイは小さく嘆息すると、彼女を元気づけるように明るい声で告げる。
「それは……わかった。好きにしろ」
「うん、ありがとう」
リリィは小さく頷くと、ロイの背中に顔を押し付けて照れたように小さくはにかんだ。




