罠
「――っ!?」
マレクの声が聞こえると同時に、ロイは腰に吊るした剣に手をかけて身構える。
今度は何が起きても対処してみせる。どんな些細な変化も見逃さないよう、全神経を集中させて全方位に気を配る。
(大丈夫だ。エーデルのお蔭で力場の作用はもう受けない。何が来るかわからないが、普通の魔法攻撃ならば避けるなり防ぐなりいかようにも対処できる……いざとなれば)
例え今生の別れになってもデュランダルに魔法攻撃を受けてもらってこの場を切り抜ける。そこまで考え、ロイは背中にある剣の重みを確かめる。
「…………」
しかし、いくら待っても何か起きたような気配はない。
もしかして不発に終わったのか? ロイが怪訝な表情を浮かべながらもマレクから視線を外さずにいると、
「……………………かはっ」
弱々しい吐息と共に、どうっ、と誰かが倒れる音がした。
その音にロイが目だけを動かして後ろをちらと見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「エ、エーデル!? それに、リリィにセシリアも……」
どういうわけか、女性陣三人が揃って地に伏していた。
まるで先程エーデルが兵士たち相手にやって見せたように意識を失っているセシリア。どうにか意識があるようだが、鼻から血を流し、虚ろな目で虚空を見つめているリリィ。そして何より、エーデルの様子は深刻で、目と鼻、口の端だけでなく、耳からも血を流してその見目麗しい顔を汚している様は、普段の……特にロイの前では完璧な女性を演じているエーデルからは到底想像できない姿だった。
(な、何だ……一体何が起きたんだ?)
明らかに攻撃を受けたはずなのに、それが一体何なのか全く理解できない。その恐怖にロイは戦慄を覚える。
だが、今はそんなことより一刻も早くエーデルたちの治療を行うべきだ。そう判断したロイは、背中を向けるのは危険とわかっていたが、彼女たちを救うために動く。
すると、
「ロ……イ…………」
一番軽傷と思われるリリィが顔を上げ、自分の腰に吊るしたポーチから小瓶を取り出してロイに差し出す。
「ボ、ボクは大丈夫だから……エーデルさんとセシリアさんにこれを……」
「これは?」
「ヘヘッ……いざという時の秘蔵のポーション……兄さんがボクのために遺してくれたもの……これならきっと、エーデルさんを治せるはずだから」
「それはありがたいけど……」
「ううん、いいの。これはきっとそのいざという時だから……だから」
リリィは白い歯を見せて笑うと、ずびっ、と鼻を鳴らして鼻血を啜る。
「すまない。助かる」
「うん、早くエーデルさんを楽にしてあげて」
「ああ、任せろ」
ロイは力強く頷くと、リリィからポーションを受け取る。まずはセシリアの下へと向かい、彼女の胸が小さく上下し、その症状が軽いことを確認して安堵の溜息を吐く。
続いてエーデルの下へと向かうと、苦しそうな彼女を抱きかかえて優しく話しかける。
「エーデル。大丈夫か?」
「ロ…………イ?」
「そうだ。俺のことがわかるか?」
「…………えっ? 見え……ないよ」
視覚にも影響が出ているのか、目の前で話しかけているにも拘わらず、血で染まったエーデルの目はロイを捉えていなかった。
これは一刻も早い治療が必要だ。ロイはそう判断すると、エーデルの口元に小瓶を持って行く。
「ほら、エーデル、薬だ。これさえ飲めば少し楽になる」
そう言って瓶の中身をエーデルの口の中へと流し込むが、
「…………」
ポーションを飲み干すほどの体力すらないのか、エーデルの口の端から流し込んだポーションが溢れてくる。
それどころか、エーデルの体からはみるみると熱が奪われており、今すぐにでも薬を飲まなければ、そのまま意識を失い二度と目を覚まさない可能性すらあった。
「……クソッ、こうなったら」
ロイは覚悟を決めると、瓶の中身を一気に煽る。薬の中身を口に含んだままエーデルの顔を引き寄せると、そのまま彼女の口に自分の口を押し当てて薬の中身を流し込んでいく。
当初、薬を流し込んでも抵抗があったが、ロイは舌を使ってエーデルの口を無理矢理広げると、薬ごと押し込むように彼女の口内を舌で犯していく。
「う……うぐぅ……」
そのまま粘ること数秒、エーデルは苦しそうな呻き声を上げながら口移しで流されたポーションをどうにか嚥下する。
「はぁ……はぁ……」
薬を飲ませることに成功したロイは、口を拭いながらエーデルから身を離す。
すると、早速薬が効いてきたのか、エーデルの顔に生気が蘇ってくる。
気のせいか倒れる前より些か顔が赤面しているように、幸せそうな顔をしているように思えたが、一先ずエーデルを助けることが出来たことに、ロイは大きく安堵の溜息を吐いた。




