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隻腕隻眼の鍛冶職人

 セシルの言う通り、ロイが武道大会への参加者であることを告げると、全ての武器屋がロイに店一番の業物を差し出してくれた。


「どうだいこの一品は。鉄の鎧だろうと紙のように切れちまう優れものだぜ」

「う~ん」


 店で一番の品だという剣を見て、ロイは唸り声を上げる。


 切れ味を極限まで追求したという倭刀という反りのある剣を渡されたのだが、確かに店主の言う通り、切れ味は申し分なさそうなのだが、ロイが求めるところはそこではなかった。


「……あの、もう少し丈夫そうな剣はありませんか?」

「丈夫だって? この剣ならそういうことを気にしなくても、相手をぶち殺すことが出来るぜ」

「ですから、殺すのは困るんですって!」


 武器屋の主人たちが協力的なのはありがたいのだが、誰もが店の中で一番殺傷能力の高い武器を出してくるのだ。武道大会なので、殺すのが目的ではないと伝えても、中途半端な武器を使われて、途中で負けられるのは困ると言われ、頑としてロイの要望に合う武器を出してくれなかった。

 何軒かの武器屋に同じ理由で断られてしまったロイは、仕方がないので攻め方を変えてみることにする。


「じゃあ、もういいです。だったら、俺の要望に応えてくれそうな武器屋を紹介してくれませんか?」

「それって、なまくらを貸してくれる武器屋ってことかい?」

「ええ、そうです。出来るだけ切れ味の悪い武器を扱っている店を教えて下さい」

「…………」


 ロイがはっきりとそう言ってのけると、武器屋の主人の顔がみるみる赤くなっていく。


「ふざけるな! そんな店、あるわけないだろう! 俺たちは全ての商品に誇りを持ってるんだ。万一なまくらが入荷しようものなら、そんな武器、すぐにでも叩き折って、武器を作った職人とは永遠に取引中止にしてやるくらいだ! そこまで厳しくやっているのは、武器の品質が冒険者たちの命を守る最後の砦になるからだ。その思いは何処の店でも同じだ。勇者様か何か知らないが、俺たち武器屋をあんまり舐めないでくれないか?」

「す、すみませんでした」


 自分の発言の軽率さを知ったロイは、慌てて謝罪の言葉を口にする。


「そこまで俺たち冒険者のことを考えてくれてたとは知らず、俺はなんてことを……本当に申し訳ありませんでした!」

「い、いや……わかればいいんだけどよ」


 平身低頭の姿勢をみせるロイに、武器屋の主人は毒気の抜かれたような顔になる。


「ま、まあ、勇者様の言いたいこともわかるぜ。俺たちも別に人殺しのショーが見たいわけじゃないからな。だから代わりに一つ情報をくれてやるよ」

「情報……ですか?」

「この街には鍛冶職人がごまんといる。職人街までいけば、ひょっとしたら勇者様のご希望に添える武器もあるかもしれないぜ」

「えっ、ほ、本当ですか?」

「ああ。だが、さっきも言った通り、俺たちはそんな武器は絶対に仕入れない。だから、本当にそんな奴がいるかどうかも知らない。知りたかったら、工房の方に行って聞いてみてくれ」

「は、はい。ありがとうございます」


 ロイはお礼を言うと、職人たちがいる工房の詳しい場所を聞いて武器屋を後にした。


 こうしてロイは、理想の武器を捜し始めたのだが、


「困った……まさか、こんなことになるなんて」


 予選が始まるまでもう一時間もない。会場に戻る時間も考えると、もう一刻の猶予もない。そう思うのだが、ロイの探し求める武器は一向に見つからなかった。


 その理由は、武器屋の主人が話していたのとほぼ同じで、切れ味の悪い武器を作る意味がないのと、もしそれが自分の作品であると知られたら、職を失う羽目になるから。というものだった。

 ここら辺り一帯の工房はあらかた当たってしまったが、結果は何処も同じだった。


 こうなったら、いっそのこと徒手空拳で大会に挑むべきか。等と考えていると、


「ん?」


 辺りに鳴り響く鉄を打ち付ける音に、一つだけリズムが違う音が混じっているのに気付いた。

 他と比べ、明らかに遅いリズムで鉄を打ち続ける音に興味を持ったロイは、時間がおしているのも忘れ、音のする方へ歩いていく。


 そこは職人街の中でも一際静かで、鉄を打つ音以外他の音が一切しない、薄暗く、狭い路地だった。

 そこには今にも崩れそうな一軒のあばら家があり、問題の音はその中から聞こえてくるようだった。

 もう時間がないので、ロイは躊躇うことなく中へと入っていく。


「あの……」


 今にも外れそうな木の扉を開けると、中からむわっとした熱気が襲い掛かってきて、思わず顔を覆う。


「……気が散るから早く閉めろ!」

「あっ、すみません」


 神経質な声にロイは反射的に中へ入ると、扉を閉める。


「……あっ」


 勝手に入ってしまったが良かったのだろうか。そう思うロイだったが、声の主はロイのことなど見えていないように仕事に戻っていた。


 真剣な眼差しで、槌を振り下ろす声の主の姿を見て、ロイはどうして他の工房とリズムが違うのかを理解した。

 先ず、この工房には声の主一人しかいない。他の工房は、殆どが複数人で運営されており、槌を振るう作業は最低でも二人、もしくは三人で作業を行っていた。

 しかし、ここは一人しかいないので、必然的作業スピードは落ちてしまう。それだけならば、要領でいくらでも気転が効きそうだが、声の主にはあるハンデがあった。


 事故か何かで失ったのか、声の主の左手の肘から先がなかった。


 しかし、そんなハンデなどものともせず、声の主は片手だけでなく、足をまるで手のように器用に使って鉄を製錬していく。

 やがて一段落ついたのか、声の主は、打ち付けていた鉄の塊を、水を張った桶に放り込んで一息つくと、入り口で佇むロイをじろりと睨む。


「…………それで、君は誰だ?」

「――っ!?」


 声の主の顔を見て、ロイは思わず息を飲む。

 フードを被っているので全容は見えないが、フードの奥から覗く顔の右半分は、上下に走る大きな傷痕があり、右目は眼帯で覆い隠されていた。


「……人の顔がそんなに面白いか?」

「そ、そんなことはない。ただ、突然のことで驚いただけだ。悪かった。謝罪する」


 ロイが真摯な態度で頭を下げると、溜飲が下がったのか、声の主は小さく嘆息する。


「……まあ、いいさ。僕の名前はカイン。見てのとおりの鍛冶職人なわけだが、君は誰だ?」

「あっ、俺はロイだ。その……すまない。仕事の邪魔だったか?」

「いや……だが、職人でもない人間がこんなところに何の用だ?」

「実は武器を捜しているんだ」


 そう言うと、ロイは声の主、カインに自分が求めている武器について話しはじめた。

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