黒い仕事
研究所内には、人体実験用の被験者を入れておくための檻がいくつもあり、エーデルたちと別れて単独行動を取ることにしたロイは、松明の頼りない灯りを手に、セシリアがいないかと檻の一つに近付く。
檻の中は、思わず顔をしかめたくなるほどの異臭がするが、こんな劣悪な環境では仕方がないとロイは割り切ると、マントを口元まで持ってきて中へと入る。
しかし、最初の檻は中に誰かがいた形跡があるものの、空だった。
「…………」
一体この中には、どんな人間が入れられていたのだろうか?
こんな人として最低限の扱いすらされない……まさに実験動物と同じ扱いをされることに、この中にいた人はどんな気持ちでいたのだろうか。
「そんなの……考えるまでもない、か」
ロイはかぶりを振ると、他の檻を見て回ることにする。
それからいくつかの檻を見て回って見たが、殆どが空だった。
だが、
「あっ!?」
随分奥までやって来たところで、ようやく一人無事な人物を見つけた。
「大丈夫ですか?」
ロイは檻に張り付いて中にいる人に話しかけてみるが、
「…………」
中の人物は、呆然と虚空を見つめているだけで、なんの反応も示さない。
「大丈夫ですか? 助けにきました」
「…………」
「もう、何も心配いりません。すぐに出してあげますからね?」
「…………」
「あ、あの……俺の声が聞こえていますか?」
「…………」
「も、もしもし?」
「…………」
「…………駄目か」
せめて何か反応を示してくれたり、自分の足で立ち上がってくれたりすればと思うのだが、檻を開けられない現状ではこれ以上は何もできないので、ロイはひとまずこの人物のことは諦めて、セシリアの探索に戻ることにした。
さらに、研究所の奥へと足を運ぼうとしたところで、
「むっ!?」
人の気配を察し、ロイは咄嗟に近くの横穴に身を潜める。
横穴はちょっとした小部屋のようになっており、暗くて殆ど何も見えなかった。ここも他と同じように、何とも言えない嫌な臭いが立ち込めていたが贅沢は言ってられない。それより最悪だったのは、この横穴は奥行きがなく、身を隠すところが殆どないので、誰かが入って来たらすぐにでも見つかってしまうだろう。
(そうなったらどうする……やるか?)
見つかったことを想定して、ロイはカインから借りた片手剣へと手を伸ばす。
できれば無用な争いはしたくなかったが、最悪の場合、相手を殺さなければならないだろう。
ロイはそう心に決めると、息を殺して時が過ぎるのを待つ。
どうやら足音から察するに、やって来たのは二人のようだった。
(もしかして、さっきの二人かな?)
などと思っている間にも足音はさらに大きくなり、どんどんロイの方へと近づいてくる。
「…………」
ロイは呼吸を最小限にまで落とし、できるだけ体を小さくしようと部屋の隅で蹲る。
それでも剣だけはいつでも抜けるように身構えていると、
「――っ!?」
突如として、ロイがいる横穴に何かが投げ込まれ、思わず剣を引き抜いて飛び出しそうになるが、理性を総動員してどうにか耐え切った。
(ま……まだ、見つかったわけじゃない)
ロイはどうにか心を落ち着けようと大きく息を吐いて、呼吸を整える。
そんなロイが人知れず苦悩しているなど知る由もなく、外からは「えいやっ」という掛け声と共に、またしても何かが投げ込まれる。
(な、何だ?)
ロイは投げ込まれた物の正体を確かめようと目を凝らす。
それは、黒い布袋に入った塊だった。
中身が何かがわからないが、こんなところに放置されるのだからロクでもないものなのは決まっている。
ロイがそんな考察を立てていると、外から恐怖に震える声が上がる。
「な、なぁ……今日はこれでしまいだよな?」
「ああ、だから早いところ残りを放って早く帰ろうぜ。そうしないと、あれに巻き込まれるぞ」
「そ、そうだったな。中にいなければ大丈夫だと言われても、あれの最中にこの近くにはいたくないな」
「わかるぜ。幽霊なんて信じていない流石の俺も、呪われるんじゃないかと思っちまうからな」
「ま、まだ、大丈夫だよな?」
「心配するなよ。少なくとも部屋の中に入らなければ、予定が繰り上がっても閉じ込められる心配はないぜ」
軽口を叩きながら、男たちは次々と黒い袋を投げ入れていく。
全部で五つの黒い袋を投げ入れた男たちは、
「よし、じゃあさっさと帰ろうぜ」
「あ、ああ、もう一刻も早く手を洗いたいぜ。そして、酒をしこたま飲んで眠りたいぜ」
「おいおい、明日も仕事があるんだぜ。ほどほどにしとけよ」
そう言って男たちは去っていった。




