地下へ
酒場を出ると、既に日が傾いていた。
通りに目を見やると、今日の仕事を終えた職人たちが、仲間たちと労をねぎらうために酒場へと繰り出してくるのが見えた。
「急ぐぞ」
すると、最後尾に控えるインが静かな声で話しかけてくる。
「ここで目立つのは得策ではない。連中が店にやって来る前にどこか身を隠せる場所へ行くぞ」
「ああ……それで、どうやって研究所とやらに入るんだ?」
「心配するな。ルートは既に確保してある」
そう言うと、インは先頭に立ってロイたちを先導するように歩きはじめる。
酒場の裏手にある路地に入ると、入り組んだ路地を右へ左へ、人目を避けるようにどんどん奥へと、闇の深い方へと進んでいく。
必然、そういった闇が深いところに住みつく様な変わり者といえば、限られてくるので……、
「……臭うわね」
影のように蠢く浮浪者を見やりながら、エーデルが顔をしかめて鼻をつまむ。
「私、不潔な場所に来るだけでやる気がなくなるのよね……大体、私には何の関係もないのにどうしてこんな……」
「そう言うな。地下に入るまでの辛抱だ」
ぶつぶつと文句を言い始めるエーデルに、ロイが呆れたように嘆息しながら諭す。
「それに、これぐらいの臭い、何日も野宿した時に比べればたいしたことないだろう。一番酷かったのは、砂漠にあった巨大遺跡で……」
「ああっ、やめてやめて! そのことは二度と思い出したくないの!」
エーデルは両耳を押さえながら、嫌々とかぶりを振る。
「わかったわよ! 確かにあの時の惨劇に比べれば今の方が数倍マシなのは確かね。不本意だけど、この程度の悪臭、いくらでも我慢してあげるわよ!」
「そうか、そいつは助かる」
エーデルの呟きに、インが抑揚のない声で答える。
「これから向かうところは、汚水まみれの下水道だ。臭気はここの比じゃないから、覚悟しておけ」
「――っ!?」
その時のエーデルの顔は、今までかつてないほどに引き攣っていたが、ロイたちにエーデルを気付かう余裕はなかった。
そんな中、リリィが困ったように眉を下げながらロイに話しかける。
「…………ロイ、ボクもエーデルさんじゃないけど、少しだけ後悔してきたかも」
「そう言うな。砂漠の遺跡に比べればマシだろうさ……多分」
「ちなみに砂漠の遺跡で何があったの?」
「ああ、それはだな……」
ロイから砂漠の遺跡の話を聞いたリリィは、後に「腐った死体が……ウジ虫が……」と苦しそうに寝言で呟く悪夢を何度も見る羽目になるのだが、それはまた別の話だ。




