作戦会議
ロイが酒場に戻ると、そこにはロイを除く全員が既に揃っていた。
「戻ったようだね」
部屋に入るなり、煙草を咥えたオニキスがイライラした様子で話しかけてくる。
「全く、何処をほっつき歩いていたんだい。こっちは早く情報を聞きたいのに、インの奴が、勇者様が戻るまで嬢ちゃんの情報は話さないって頑としてきかないんだ。こちとら不安で仕方がないのに……全く、いつもより二本も多く煙草を吸っちまったじゃないか」
「はあ、す、すみませんでした」
依頼したのはオニキスではないのに……そう疑問に思うロイだったが、オニキスの迫力に負けて思わず謝罪の言葉を口にする。だが、すぐに気を取り直すると、部屋の隅で腕を組んだまま佇むインに質問する。
「そ、それで、セシリアの居場所はわかったのか?」
「ああ、彼女とよく似た容姿の人間を見たという情報を手に入れたのがきっかけだ」
そう言うと、インは集めてきた情報をロイたちに話し始めた。
「下水道にある魔法研究所?」
「そうだ……」
インによると、ガトーショコラ王国には、各家庭に綺麗な水を届けるために、地下に大規模な上下水道が張り巡らされているそうだ。そこはまるで巨大な迷路のようになっており、何も知らない者が足を踏み入れればたちまち迷って、下手をすれば二度と地上に出られないほどで、建設を命じたガトーショコラ王をはじめとする殆どの人間が、地下がどのようになっているかを正確に把握していないという。
それを王宮魔法使いたちが目をつけ、自分たちの都合のいいように改造を施し、非人道的な実験を行う施設を造った。
その甲斐もあってガトーショコラ王国の魔法技術は飛躍的に向上し、その様々な恩恵を受けられるようになったというわけだ。
「まあ、この国に住んでいる以上、それらの恩恵を受けているわけだから、あんまり悪く言えないかもだけど……ただ、何も悪いことをしていない無関係の人間まで巻き込んだとなったら話は別だ。しかも奴等は、我が国の誇りともいえる武道大会を汚した。それだけは、絶対に許すことはできない!」
鼻息を荒くしたオニキスが怒りを露わにしながら話す。
どうやら、インからライジェルたちが武道大会で不正行為を行っているということを知らされたようだ。
「武道大会は戦士たちの真の実力を競う場なんだ。魔法が禁止されているわけではないが、それはあくまで自分で取得した魔法だけだ。魔法で切れ味を増した武器や、自分だけが恩恵を受けられる支援魔法なんて言語道断だ。そんなものを使って勝ったって、それは真の実力ではない。勇者様もそう思うだろう?」
「え? あ、ああ、そう……ですね」
突然話を振られたロイは、曖昧な表情で頷く。
オニキスが言いたいことは十二分に理解できるし、全面的に賛同したい気持ちはある。だが、ロイ自身、魔法で切れ味を増した武器を使い、様々な恩恵をもたらしてくれる鎧を装備して戦っていたので、若干複雑な気持ちであった。
「ん? あっ、ああ……すまなかったね」
そんなロイの気持ちに気付いたのか、オニキスが苦笑しながら話す。
「そういや勇者様は、とんでもない武具の力で竜王討伐をしたんだっけね。あたいが言いたいのはそういうことじゃないから安心してくれ。厳格なルールの中で力比べをしているのに、特定の人間がそのルールを破っているというのが許せないって言っているのさ。そういう卑怯なのは許せないだろ?」
「当然です。ルールがあるのならそれを守るのは当然の責務です」
「……まあ、そういうことさ」
即答するロイを見てオニキスは思わず苦笑すると、本題を切り出す。
「本来なら国王に進言して魔法使い共の研究所ごと取り押さえるべきなんだろうけど、それをすれば、捕まっている嬢ちゃんの命の保証ができない……連中、追いつめられたら証拠隠滅のために研究所ごと全てを闇に葬り去りかねないからね。だから頼む。神聖な武道大会を取り戻すために、ライジェルたちの野望を止めてくれないだろうか?」
「そんなこと言うまでもありませんよ」
ロイは表情を引き締めると、オニキスの手を取って力強く頷く。
「俺の目的はセシリアを助け出すことですが、必ずやオニキスさんとの約束を守って見せます。皆の笑顔を守ることが、俺の勇者としての使命ですから」
「……ああ、頼んだよ」
「はい、必ずや、オニキスさんの期待に応えてみせますよ」
ロイは白い歯を見せて爽やかに笑うと、エーデルたちを促して部屋から退出していった。
「ふぅ、やれやれ……」
ロイたちを見送ったオニキスは、大きく嘆息すると、近くに控える店員から煙草を受け取って煙をくゆらせる。
「なるほど、あれが実直勇者か。噂通りの男のようだね」
「……勇者様は、セシリア様を救えますかね?」
「さあね?」
店員からの質問に、オニキスは肩を竦めて自嘲する。
「どうやら勇者様は、竜王討伐時のような充実した装備をしていないようだしね。武道大会でも仲間に後れをとったみたいだし、正直なところ、今も進化し続けているウチの国の魔法使い相手にどこまで戦えるのか……」
ただね、と言ってオニキスが続ける。
「最後に見せたあの笑顔で、考えが変わったよ。勇者の最大の力は、人柄……魅力であると言っていた奴がいたが、正にその通りだよ。あれだけ真っ直ぐな目を見させられたら、嫌でも信じたくなっちまう。どれだけ困難が待ち構えているかわからないが、きっと何とかしてくれるんじゃないかね」
「はい、私もそう思います」
店員が笑顔で頷くと、オニキスも口に端を吊り上げて笑う。
「フフッ、こうなったら嬢ちゃんが帰って来た時は、美味いご飯でも食べさせてやるかね」
「いいですね、それ、皆に伝えてきてもいいですか?」
「ああ、いいよ。ただ、料金はきっちり請求するからほどほどにしときなよ。もし、向こうが払えなかったら、あんたたちが肩代わりするんだよ?」
「はい、わかっています。でも、皆、とびっきりの料理を用意すると思いますよ」
そう言うと、店員はオニキスに一礼して嬉しそうに退出していった。
店員を見送ったオニキスは、ロイが向かったであろう先を見やると、
「本当に……頼んだよ」
誰となく小さく呟いた。




