勝利の余韻
半壊していた舞台がカサムの墜落した衝撃でほぼ粉々に砕け、飛び散る破片に観客席から悲鳴が上がる。
「これは……キリン選手の凄まじい技の一撃が炸裂したのでしょうか? その……砂煙が酷くて正確な情報を皆様にお届けするのが大変厳しい状況にあり……ゲホッ、ゲホッ……し、失礼しました。皆様、どうか落ち着いて下さい。大変危険ですので、むやみに席を立たないようにお願いいたします」
武道場全体が砂煙に覆われて殆どの視界が利かない中、マシューが必死のアナウンスで客たちに注意喚起を促す。
その言葉に、ところどころで悲鳴や怒号が上がるが、基本的に暴れたり、慌てて逃げたりするような観客はいなかった。
この程度の事件は、武道大会を見に来る客にとっては想定の範囲内なのだろう。
すると、程なくして何処からか風が吹きはじめ、武道場内に漂う砂埃を一か所にまとめるように動き出す。
ものの数秒で視界を覆っていた砂埃は晴れ、舞台の中心に立つ勝利者の姿が現れる。
そこには、肩で大きく息をしながら立つキリンの姿があった。
立つのもやっとといった様子のキリンだったが、右拳を高く突き上げると、
「俺の……勝ちだあああああああああああああああああああああああっ!! 文句あるか、ざまあみやがれってんだ!!」
勝ち名乗りを全力で上げると、その場にどうっ、と大の字になって倒れた。
その言葉に、審判がおそるおそるキリンに近付きカサムの行方を聞いて瓦礫の下であることを確認すると、慌てた様子でカサム救出のために係の者を大声で呼ぶ。
「ああっと、どうやら先程の一撃で勝負がついたようです。勝者は何とキリン選手。不甲斐ない試合運びに各所から抗議の声が上がっていましたが、結果はまさかの一撃必殺。一回戦でも見せたダサい名前の技で、カサム選手を完膚なきまでに叩き潰しました!」
マシューが興奮したようにキリンの勝ちを告げると、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「キリン……やったな」
観客たちに祝福されるキリンを見ながら、ロイは肩の力を抜いて大きく息を吐く。
キリンの勝利を疑っていたわけではないが、まさかあそこまで苦戦するとは思っていなかった。
この会場に仕掛けられた力場の存在に、ロイは改めて感心するとともに、戦慄を覚える。
この力があれば、本当に竜王討伐も成し遂げられたかもしれないからだ。
だが、どうして急にキリンが動けるようになったのだろう。どうやら力場はカサムの能力を向上させるだけでなく、キリンの能力を下げる力もあったようなのに、ある時から急に枷が外れたかのようにキリンの動きがよくなった。
「なあ、デュランダル。どうしてキリンが動けるようになったかわからないか?」
魔法のことなら、デュランダルに聞くべきだろう。そう思って質問するが、
…………。
ロイの横に立てかけられたデュランダルは、沈黙を貫いたまま何も話してくれない。
「デュランダル? おい、どうしたんだ?」
何度か話しかけてみたが、デュランダルがロイの言葉に応えてくれることはなかった。
そこでロイは、前にデュランダルが話していたことを思い出す。
「……もしかして、武道場内に張られていた力場がなくなったのか?」
その原因があるとすれば、キリンが舞台そのものを壊したことだろう。
あれによって力場の効果が失われ、キリンは力を取り戻し、デュランダルは話すことが出来なくなった。そう考えれば色々と辻褄が合う。
デュランダルと話せなくなったのは残念だが、この力場は、使い方によって非常に危険なものになるので、今回のことで使えなくなったのだとしたら僥倖かもしれなかった。
そんなことを考えていると、
「勇者よ……」
ロイの背後に、インが音もなく現れる。
「情報が揃った。至急、酒場まで戻ってもらえるか?」
「あ、ああ……わかった」
「確かに伝えたぞ」
ロイが頷くの確認したインは、また音もなく消える。
「…………」
一体、インがどうやって音もなく移動しているのか気になるロイだったが、今は一刻も早く報告を聞くべきだと判断する。
最後にちらと舞台の方を見やったロイは、舞台の方をちらりと見やると、
「キリン……負けるなよ」
観客からの声援にぶっきらぼうに応えているキリンに小さな声でエールを送ると、この力場が明日の決勝までに復活しないことを願いながら武道場を後にした。




