名折れ
キリンの拳がヒットすると同時に、ドゴオォン! という、とても人を殴ったとは思えないほどの派手な音が武道場内に響き渡る。
「ぐあっ!?」
しかし次の瞬間、吹き飛ばされたのは、攻撃を仕掛けたキリンの方だった。
攻撃を放った衝撃で、指があらぬ方向に曲がっているのを見て、キリンは絶望的な気持ちになるが、
「…………ハッ!?」
それでも理性を振り絞ってカサムから一気に距離を取る。
幸いにもカサムからの追撃はなく、安全に距離を取れたが、キリンは自分に何が起きたのかを正確には理解出来ないでいた。
「…………」
しかし、それはカサムも同じようで、その場に呆然と立ち尽くしていたが、
「ククク…………ハッハッハッハッハ!」
突然、堰を切ったかのうように笑い出す。
「そうか、どうやら力場の恩恵は、肉体の強化や弱体だけでなく、僕の体を守る防御壁まで作る役割があったようだな!」
「なん……だと?」
「ハハ……これは僕も知らなかったことだ。魔法の才能が微塵もない君がこの事実を知らなくても、何も恥じることはない……ただ」
カサムは醜悪な笑みを浮かべると、ハルバードを握り直して前へと出る。
「何の策も講じずに、この場に来た自分の愚かさを呪うのだな!」
そう言うと、キリンへと猛攻を仕掛け始めた。
そこからの先は、一方的な試合展開だった。
最終手段ともいえる血涙華すら通じなかったキリンは、カサムの力場によって底上げされた攻撃を前に逃げ回ることしか出来ないでいた。
カサムもまた、そんなキリンを嘲笑うように決定打となる攻撃を仕掛けることはなく、おもちゃを扱うかのようにその身を削り続けた。
すると、
「おい、何やってんだ! くそつまらないぞ!」
「勇者様を倒しておいて、その体たらくが許されると思っているのか!?」
不甲斐ない試合をするキリンに、観客たちがキリンに向かってヤジを飛ばし始めたのだ。
さらに、
「勇者様よりダサい癖に調子乗っててムカつくのよ!」
「とっとと負けなさいよ。このブサイクッ!」
「その日焼けに金髪、全然似合っていないのよ!」
主に女性から、勝負とは関係ないことについてまでのヤジを飛ばされ出した。
「会場にお集まりの皆様、お気持ちはわかりますが、どうかお静かに! それと、舞台に物を投げ込まないで下さい! 確かに散々な試合内容かもしれませんが、もしかしたらキリン選手の一発逆転があるかもしれませんよ?」
マシューが必死に観客たちを宥めようとするのだが、彼女自身も多少思うところがあるのか、その内容に説得力はなく、観客たちが静かになることはなかった。
「やれやれ、どうやら遊び過ぎたかな?」
怒号が飛び交う会場に、カサムが攻撃の手を一旦休めると、距離を取って苦笑しながら肩を竦める。
「それじゃあ、そろそろ勝負を決めさせてもらおうかな。これ以上は、僕たちのところへ殴りこんでくる人まで出そうだと思わないかい?」
「…………」
カサムが侮蔑の視線を込めて話しかけてくるが、キリンはそれには応えず、下を向いたまま、何かに耐えるように震えていた。
「ん、僕の声が聞こえていないのか? それとも勝てる算段がなくて、やる気が無くなっちゃったのかな?」
「…………」
「やれやれ、無視するとはいい度胸じゃないか。まあいい、君と遊ぶのも飽きてきたし、そろそろ勝負を決めさせてもらうよ」
カサムは一歩的にそう告げると、ハルバードを醜悪な笑みを浮かべてハルバードを振り上げた。




