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ままならない体

「駆逐する!」


 犬歯を剥き出しにしたキリンは、足に力を籠めて一気に前へ出ようとする。

 しかし、


「なっ!?」


 突然、足が大きな沼にはまったかのように重くなり、キリンは思わずつまずきそうになる。


「どうしました。動きがぎこちないですよ!」


 すると、まるでキリンがその場に膝をつくのがわかっていたかのようにカサムが大上段に振りかぶったハルバードを叩きつけてくる。


「この一撃で終わり、なんてことはないですよね?」

「チッ!」


 キリンは舌打ちをしながら横に転がり、ハルバードの斬撃をどうにか回避する。


 しかし、カサムは一気に勝負を決めようと、次々と攻撃を繰り出してくる。

 その攻撃に、キリンは無様だと思いつつもゴロゴロと転がりながら回避していく。


「ああっと、開始早々にカサム選手が猛攻を仕掛ける! その攻撃に、キリン選手は回避するのに手一杯のようです。どうしたのでしょうか。何故だか動きにいつものキレがないように見えます」


 マシューの実況にキリンは思わず「煩い!」と叫びたくなるのを必死に堪え、どうにか回避をし続け、カサムの攻撃範囲内からどうにか逃れる。


「お前……俺様に何をした!」

「僕? 僕は何もしていませんよ。そんなこと、言うまでもないでしょう?」

「チッ、もう、勝つ為ならばなんでもありかよ!」

「ハハハッ、そんなの当たり前じゃないですか。そうとは知らずに舞台に上がるなんて、君は何て馬鹿なんですかね?」

「クソが! お前は絶対にぶちのめす!」


 キリンはそう息巻くが、体は相変わらず夢の中にいるかのように重く、頭にはもやがかかったかのように上手く働かない。


「さあ、僕をもっと楽しませてくださいよ!」


 そんなキリンに、力場の恩恵を受けたカサムが素早い動きでこれみよがしに攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、一気に勝負を決めるつもりはないのか、決して致命傷は与えず、嘲笑うかのようにキリンの体を痛めつけていく。


「……このっ、舐めるなっ!」


 間隙を縫ってキリンがダメもとの攻撃を繰り出すが、


「おっと、そんな蚊の止まるような攻撃、当たりませんよ」


 速度のない攻撃に、カサムは余裕をもって回避してみせ、返す刀でキリンの顎に痛烈な一撃を加える。


「ぐがっ!?」


 カウンター攻撃をまともに受けたキリンは、三メートルは派手に吹き飛ばされる。


「クソッ、吹き飛ぶのは早いのかよ!」


 どうにか受け身を取ってダメージを最小限に抑えたキリンだったが、それでも状況が最悪なことには変わりはない。

 せめて吹き飛ぶ様子も遅くなれば、観客たちがキリンの異変に気付いてくれそうなものだが、その辺は上手くごまかされるようになっているようだった。


「クソッ! クソクソッ! こんな負け方なんて認められるか!」


 キリンは悪態を吐きながら首に爪を立て、一気にかき切ると、キリンの首元から血が溢れ出し、首に血の花を咲かせる。


「クソッ、本当は決勝までとっておきたかったんだけどな……」


 肉体の強化を施す血涙華は、体力の消費が激しく、一度使うと次に使えるようになるまで、結構なインターバルが必要になる。

 既にロイとの戦いで一回使ってしまっており、今日になってようやく回復したほどだった。


 ここで使ってしまったら決勝では使えなくなってしまうが、贅沢は言ってられない。


「……まだ体は重いが、どうにかなるだろう」


 キリンは何度も手を握っては開く動作を繰り返し、どうにかカサムと戦えるレベルに至ったことを確認する。


「さっきから何をブツブツと言っているのですか!」


 すると、痺れを切らしたカサムがハルバードを大上段に振りかぶって襲い掛かってくる。


「どうぜ、何をしたってあなたの負けは揺るがないのですよ」


 その顔は、呆れを通り越して哀れみの表情になっている。

 カサムには、必死に抗うキリンの姿がさぞ憐れに映っているのだろう。


「……言ってろ!」


 もはや力場をもってしても自分を止めることはできない。

 キリンは油断して正面から派手な動作で襲い掛かってくるカサムの攻撃をあっさりと躱してみせ、一気に肉薄する。


「んなっ!?」


 その瞬間、カサムの目が驚愕に見開かれ、慌てて防御姿勢を取ろうとするが、


「遅いぜっ!」


 それより早く、キリンの渾身の右拳がカサムの胴を捕らえた。

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