もう一つの魔剣
青い顔をしているセシリアに、ライジェルは不思議そうに小首を傾げる。
「何だ。どうしてそんなに怯えた顔をするんだ?」
「ど、どうしてって……」
「この状況に追いやられた時点で、君の人生は終わったも同然だろう? となると、後はいかに楽に死ぬかを考えるべきなのにな……他の奴もそうだが、どうして死ぬと決まっている状況で絶望を抱けるのだ?」
「なっ……ななっ!?」
ライジェルの言葉に、セシリアは絶句し、恐怖でガタガタを震え出す。
目の前に立つ男が、自分とは全く違う別の存在に見え始めたのだ。
この男には、自分が知っている常識が全く通じない。
常識が通じないという点においては、ロイと似ているかもしれないが、ロイは汚れのない無垢な子供のように温かい目で見ることができるが、目の前の男は違う。この男は、まるで何処までも沈んでしまいそうな漆黒の闇そのものだった。
「ヘヘッ、どうだ。ライジェルの兄貴はイカれてるだろう?」
俯くセシリアに、得意げな表情のアベルが話しかけてくる。
「家から見放され、行くところがなかった俺を、同じように武道大会に着ていた兄貴が拾ってくれてよ。しかも、俺を打ち負かしてくれた奴を、今までにないとっておきの方法で向きを与えてくれたんだよ」
「報い?」
「何だよ、セシリア。お前も体験しただろう?」
「えっ?」
アベルが自分を指差すのを見て、セシリアは慌てて自分の体を見る。
そこには、ライジェルによって傷付けられた痕が痛々しい包帯があった。
「…………うっ」
そこでようやく自分が殆ど裸でいることを思い出したセシリアは、繋がれた手足で精一杯体を隠すようにしてアベルを睨む。
「ハッ、心配するなよ。俺はお前のような無駄に筋肉のついた女に興味はない」
セシリアの視線を受けてアベルは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「俺が言いたいのは、お前が受けた傷のことだ。見ただろう? どれだけ硬い防具で身を包んでも、それをあっさりと打ち破る奇跡のような切れ味を持つ魔法武器をよ」
「魔法……武器?」
「そうだ。この国の王宮魔法使いが発明した武器で、魔力を与えただけ切れ味が増すというとんでもない武器だよ。何でも、勇者が使っているデュランダルと同じ構造だとか?」
ロイが持つ剣、デュランダルは、人間とは比較にならないほどの強大な魔力を秘めている妖精王が、その余りある魔力を込めて作った剣と言われており、刀身に込められた魔力を使って絶対に折れないと言われる強度と、抜群の切れ味を誇っている。
しかし、その構造は理解できても、刀身に込めなければならない魔力が膨大すぎるのと、その魔力に耐えられるだけの刀身を人間が開発するのは不可能と言われていた。
「だがよ。とうとうその不可能と言われた技術を、この国の魔法使いたちは実現してみせたのだ! 世界を救った勇者が持っていた聖剣デュランダルと遜色のない剣を、鉄をも切り裂く無敵の剣を……そして、その使い手に選ばれたのが、俺の偉大なる兄貴、ライジェルなんだよ!」
「フッ、よせよ。他の人間が腰抜けばかりだったから、俺のところに回って来ただけだ」
そう言ってライジェルが笑うと同時に、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
突如として、断末魔のような叫び声が辺りに響き渡った。
「な、何……」
いつまでも耳を劈くような悲痛な叫び声が続くことに、セシリアが怯えたように声の方を見やる。
「ふむ、どうやら食事の時間が始まったようだな」
「しょ……くじ?」
一体誰の? と恐怖で顔が引き攣るセシリアに、アベルが嬉しそうに話す。
「決まっているだろう。兄貴が使う剣、ティルフィングの食事だよ。ティルフィングはその切れ味を維持するために大量の魔力が必要だからな。その為の供給を、俺たちは食事と呼んでいるんだよ」
アベルが得意げに説明している間も、闇の向こうから聞こえる男性の絶叫は絶えることはなく、その余りにも苦しそうな声にセシリアは両耳を塞ぎ、目をギュっと瞑って何かに耐えるように体を丸めた。
名も知らない男性の絶叫は五分以上も続き、声が嗄れてきたのか、徐々に叫び声が小さくなり、最後には聞いたこともないような不気味な音に変わっていた。
その声も弱々しくなり、聞こえなくなったところで、
「ライジェル様、剣の補充が終わりました」
顔をすっぽりと覆うフードで顔を隠した者が現れ、ライジェルに剣を差し出す。
「うむ、ご苦労」
ライジェルはフードの男から剣を受け取ると、鞘に納まったティルフィングを腰に刺す。
人から魔力を奪って切れ味を出すというから、どんな凶悪な見た目をしているかと思ったが、鞘に納まった姿は普通の片手剣にしか見えなかった。
「それで、あの男は死んだのか?」
「いえ、まだでございます」
ライジェルの質問に、フードの男はくぐもった声で応える。
「ですが、あと一回も搾り取れば魔力切れとなり、死に至ることでしょう。その後は武道場の運営装置に入れ、残った僅かな魔力、全てを抜き取る予定です」
「わかった……おい、よかったな」
鷹揚に頷いたライジェルは、檻の中で小さく震えているセシリアに楽しそうに話しかける。
「どうやら君の出番はまだのようだ。明日には今の餌の命が尽きるだろうから、明後日からこいつの贄となってくれ」
「…………」
「ん、どうした? ああ、何だ。気絶しているのか」
長く続いた地獄のような叫び声に、セシリアの精神は限界に達したようで、彼女は床に伏せるように気を失っていた。
それを見たライジェルは興味を失ったかのようにセシリアから目を離すと、
「さて、それじゃあ残り二試合、楽しんでいこうか」
明日の準決勝に備えるため、アベルたちを伴ってその場から立ち去って行った。




