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情報屋

 それからしばらくして、酒場の主だという人物が現れた。


「誰がややこしい依頼をして来たらと思ったら、救世の勇者様じゃないか」


 その人物は、長いキセルを吹かした妙齢の美人だった。

 肩が大きく露出した艶めかしい衣装に、少し濃い目の化粧を施した女性は、大人の色気を辺りに振りまいていたが、残念ながらこの部屋にいる全員には通用していないようだった。


 酒場の店主、名をオニキスと名乗った女性は、大きく煙を吐き出すと、ロイたちを品定めするように見つめながら話し始める。


「それで、以前ウチで依頼したセシル・マグノリアが行方不明になっている、だって?」

「はい、つい先程ガトーショコラ城で確認してきたから間違いありません。医務室にいたはずの彼女の姿が忽然と消えており、城の医者も、務めている兵士も医務室で治療を受けた後の彼女の行方を知らないのです」

「ふ~ん、そいつは確かにおかしいね」


 オニキスは自分の後ろに控える店員が持つ灰皿にキセルの灰を落としながら、手にした書類をめくる。


「ふむ、今の話が本当なら、ウチとしても結構な損失を被るね。だけどね、ウチに依頼するということは、それなりの金をとるけど大丈夫なのかい? 見たところ、勇者様はあんまり金を持ってなさそうだけどね」

「その心配はないわ」


 エーデルは金が入った袋をドン、と机の上に置いて得意げに笑う。


「これでも私たちは、世界を救った勇者のパーティーなのよ? そこら辺の一般庶民より稼がせてもらっているの。だからあなたたちは、私たちに最善を尽くすことだけを考えなさい」

「ほう、これはこれは……」


 大金を見たオニキスは満面の笑みを浮かべると、大きく頷く。


「十分だ。これだけあれば、ウチで囲っている情報屋全員を動かすこともできるさね。でも、そうさね、とりあえずこちらで調査をしてから、依頼を受けるかどうかの判断をさせてもらうけどいいかい?」

「そんなっ、こっちは時間がないんです!」

「心配する必要はないよ、坊や」


 思わず立ち上がるロイに、オニキスが手で追い払うようにして座るように指示する。


「こっちは情報を専門に扱うプロなんだ。そんな無駄な時間をかけるわけないさ……そうさね」


 オニキスがパチンと指を鳴らすと、部屋の入り口が開き、両手に料理を持った店員たちがなだれ込んでくる。


「あんた等がこれを全てたいらげるまでには、きっかり終わらせてみせるよ」


 そう言うと、オニキスはウインクをして微笑んだ。



 オニキスは言葉通り、ロイたちの食事が終わるより早く調査を終えた。


「確かに勇者様の言う通り、セシル……いや、セシリア・マグノリアと言った方がいいかね? どうやらお嬢ちゃんは医務室から姿を消したみたいだね」


 どうやらオニキスもセシルが男性でなく女性であることに気付き、彼女の本名にまで辿り着いたらしい。

 これだけ早く結果が出たのは、店の者がファンからの差し入れという名目で、セシルとの面会を求めて城まで出向いたところ、門番のコープから事の詳細を聞かされたという。


「まあ、その門番もお嬢ちゃんの行方を心配していたけど、これといった手掛かりを持っている風にも、特に嘘を吐いているようには見えなかったようだね」

「彼女の場所までは調べてないのですか?」

「それは、ウチの仕事じゃないからね」


 ロイの質問に、オニキスは肩を竦めてみせる。


「でも、確かに勇者様の言う通り、お嬢ちゃんが失踪したとなると、事態は急を要するかもしれないからね。勇者様の望みの人物を用意した」


 すると、部屋の扉が開き、一人の人物が音もなく入ってくる。


「あっ」


 部屋に入って来た人物を見て、ロイは思わず声を上げる。


 その人物こそ、以前、闘技場の近くでセシリアと会っていた黒ずくめの人物だったからだ。


 今日も相変わらずの体にフィットするタイプの全身黒ずくめで、地肌にも黒くする何かを塗っているのか、目以外は全て真っ黒という徹底ぶりだった。しかも、僅かに除く目だけがやたらと強調されているので、初見ではないエーデルとリリィは、口には出さないものの、その姿に怯えているようだった。

 どうやら黒ずくめの男もロイのことを既に知っているようで、殆ど聞き取れない様な小さな声でボソボソと話し始める。


「……こうして会うのは初めて、ではないな」

「ああ、でも話すのは初めてだから先ずは自己紹介をしてもいいかな?」


 そう言ってロイをはじめ、エーデルたちが次々に名前を名乗ると、黒ずくめの男は自分を「イン」と名乗った。

 名前だけ告げて押し黙るインに、オニキスが苦笑しながら付け加える。


「無口な奴だけど仕事は確かだから安心していいよ。少なくとも、この国で情報収集能力だけをみれば、インに適う奴なんていない。こいつに手に入れられない情報はないといっても過言ではないよ」

「…………」


 オニキスの言葉に、インは静かに頷く。

 どうやら相当、自分の腕に自信があるらしい。

 手に入らない情報はない。その言葉を聞いたロイは、頭にふっと浮かんだ疑問をインにぶつけてみることにする。


「じゃあ、もしかして、セシリアが探していたアベルという人物も見つけたのか?」

「…………」


 ロイの質問に、インは否定も肯定もせず、何の反応も示さない。

 もしかして聞こえなかったのか。そう思ったロイは、再度質問してみる。


「あ、あの……」

「ああ、無駄無駄」


 すると、オニキスがロイに注釈を加える。


「そいつは、他人の依頼については絶対に吐かないから、質問するだけ無駄だよ」

「そう……ですよね」


 考えてみれば、依頼内容を誰かにペラペラと喋るようでは、情報屋なんて仕事はまず務まらないだろう。

 焦るあまり、失礼な質問をしてしまった。そう思ってロイが謝罪しようとすると、インがボソボソと蚊の鳴く様な声で話す。


「……今回に限っては、俺も信念を曲げなければならないようだ」

「どういう意味だ?」

「勇者が探している女、セシリアを攫ったのは、そのアベルという男だからだ」

「な、何だって!?」


 思いもよらぬ情報を聞かされ、ロイは思わず大声をあげた。

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