情報を求めて
エーデルとリリィと合流したロイは、カインが教えてくれた酒場へと足を運んだ。
そこは大通りに面した木造二階建ての酒場で、可愛いフリルの衣装を着た娘たちが樽に入った酒を店の中に運び入れている清潔感が溢れる酒場だった。
「思ったより、綺麗なお店だね」
予想より堅気な酒場に、リリィが冷や汗を流しながら話す。
「ほ、本当に、ここに情報屋なんているのかな?」
「さあ、見た目は完全に普通の店だけどな」
フィナンシェ王国で情報収集をした酒場と同じような店構えを想像していたロイも、戸惑いの表情を浮かべる。
「ほら、何をそんなところで呆けているの」
そんな中、エーデルだけは何か確信に満ちた表情で頷くと、ロイとリリィに中に入るように促す。
「心配しなくても、この店で間違いないわ。だから、とっとと行きましょう」
「あっ、おい……エーデル」
一足早く酒場の入り口をくぐってしまったエーデルを追いかけて、ロイたちも慌てて後に続いた。
「「「いらっしゃいませ」」」
酒場に入ると、ロイたちを出迎えるいくつもの声が響いた。
どうやら昼間でも営業しているようで、中にはかなりの数の客がいた。
結構繁盛している店内を見て、ロイは前に立つエーデルに尋ねる。
「どうする? これだけ周りの目があったら、とても依頼なんてできそうにないぞ」
「そうね……じゃあ、ここは私に任せてもらってもいい?」
「わかった。任せる」
駆け引きが苦手なロイは、あっさりと引き下がってエーデルに任せる。
エーデルはロイにウインクをして任せろと頷くと、近くにいた店員に声をかける。
「ちょっと、いいかしら?」
「はい、いらっしゃいませ、今の時間は、お酒の提供をしていませんがお食事はできます。三名様でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いできるかしら?」
「はい、それではこちらへどうぞ」
店員は笑顔を浮かべると、エーデルたちを席へと案内する。
案内されたのは、店の調度真ん中にある大きなテーブルだった。
「こちらへどうぞ」
笑顔の店員が、椅子を引いて着席するように促すが、
「……悪いけど、別のテーブルにしてもらっていいかしら?」
貴族らしい優雅な微笑みを浮かべたエーデルが、落ち着いた声で店員に話す。
「私、食事は落ち着いた雰囲気の場所で取りたいの。料金に追加で乗せてもらって構わないから、何処か静かに食事が摂れるところを案内してもらってもいいかしら?」
「あっ、はい……わかりました」
店員は神妙な顔で頷くと「では、こちらへどうぞ」と言って建物の奥へと案内し始めた。
次に案内されたのは、酒場の二階にある個室の部屋だった。
この部屋は、本来宿屋として開放している部屋で、今は空き室になっているという理由からだった。
「ベッドがあるのさえ目を瞑っていただければ、この部屋ならば他のお客様の目は一切ありません。人数分の椅子はただいま用意いたしますので」
「ありがとう。ここで十分よ」
エーデルは鷹揚に頷くと、一脚しかない椅子に一番に座る。
「さて、注文はそちらにお任せするから適当に持ってきて頂戴。それと……」
エーデルは目を細くして、店員を射貫くように睨むと声のトーンを低くして話す。
「こちらでは、情報屋を使って人探しもやってくれるとか?」
「ええ、やっていますよ」
まるで近所の人に挨拶をするかのような気安さで、店員は人探しの説明を始める。
「といっても、ウチでやっているのは情報屋さんとの斡旋でして、実際はお客様が情報屋の方と直接交渉を行ってもらうことになります。尚、その後のトラブルに関しては当店では一切関与しないことになっておりますがよろしいですか?」
「ええ、それで構わないわ。それで、相場はいくらほどなのかしら?」
「はい、こちらになります」
そう言うと、店員は持っていたメニュー表の裏表紙の部分を器用にめくる。
すると、中から料金表だけが書かれた紙が現れる。
これなら、一般の客が万が一この料金表に気付いても、いくらでも言い訳はできるというわけだろう。
大きく五項目に分かれた料金表を見たロイとリリィは、
「た、高っ!?」
「嘘……情報屋に依頼するのってこんなにもお金かかるものなの?」
最低料金でも、上等な武器なら五本は買えるのではという金額に、二人は揃って目を見開く。
しかし、エーデルだけは冷静に値段を見比べ、一番高い値段を指差して質問する。
「ちなみに一番高い料金を払えば、どれぐらいの人間を雇えるのかしら?」
「申し訳ありませんが、わたくし共は情報屋の斡旋だけを行っておりますので、その方がどれほどの実力をお持ちなのかは、こちらでは把握しておりません」
「何よ、頼りないわね……」
「はい、ですがこの報酬は、成功報酬となりますので、もし失敗なさってもお客様は仲介手数料のみのお支払いになりますので、そこまで財布は痛まないと思います」
「……だそうだけど、どうする?」
思ったより期待できなさそうな雰囲気に、エーデルは困ったようにロイたちを見やる。
しかも、どうやら情報屋に依頼するのも、結果が出るまでにも思ったより手間がかかりそうで、それまでセシリアが無事でいる保証はなさそうだった。
「あっ、そうだ」
すると、何かを思いついたロイが店員に質問してみる。
「だったら、別の誰かが依頼していた情報屋に会うことはできますか?」
「……どういうことでしょう?」
可愛らしく小首を傾げる店員に、ロイが説明をする。
「今回探してほしい人物が、この街で情報屋を雇っていたんです。別にその人から情報を聞き出そうというわけではありません。ただ、その人も依頼者が行方不明になったことで、報酬が得られなくて困っているかもしれませんので……その、上手くは言えないんですけど、協力できるかもしれないと思って」
「なるほど」
ロイの説明を聞いた店員は心当たりがあるのか、ポン、と手を打つと指を立てて質問する。
「それはもしかしてセシル・マグノリア様でしょうか?」
「はい、そうです」
「そうでしたか。でも、セシル様は武道大会で大怪我をなされたとか……まだ、行方不明となったわけではないのでは?」
「そうなんですが……でも、怪我を負ったはずのセシルが姿を消したのは確かなんです!」
「そ、そうですか……」
ロイに詰め寄られた店員は、冷や汗を流しながら後退る。
「わかりました。こちらでは判断しかねますので、わたくしたちの主に判断を仰がせていただきますので、少しお待ちいただけますか?」
「……はい、わかりました」
店員は深々と頭を下げると、いそいそと退出していった。




