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気まずい空気

 ロイたちが向かった先は、先日ロイがキリンと戦った後に運び込まれた医務室だった。


 医務室に足を踏み入れると、消毒液独特のツンとするにおいに、ロイは思わず顔をしかめる。


(やっぱり、医者は苦手だな)


 回復魔法という奇跡の力は、基本的にかけられる者の体力を使って回復を行うので、極度に消耗した人間を癒すには、どうしても医者による治療、時には薬が必要なのは百も承知しているロイだったが、それでもどうしてもこの消毒液のにおいだけは慣れることができなかった。


「なんじゃ、新しい怪我人か?」


 すると、中からしわがれた声が聞こえてきた。

 声の主は、この部屋の主でもある齢六十は超えている老人で、武道大会に出場する全員の面倒を見てくれているベテランの医者だった。

 この老人、医者としての見識もさることながら、回復魔法の使い手としてもかなり優秀で、見張りの兵士が自分の国の回復魔法の技術は世界一だというのも納得の腕前をしていた。

 入って来た人物を見た老人は、かけていた眼鏡の位置を直しながら質問してくる。


「なんじゃ、どうして勇者様がこんなところにおるんじゃ?」

「実は、今日の試合で大怪我を負ったセシリ……セシルの見舞いに来たのです」

「ああ、あの嬢ちゃんか……」


 ロイからセシルの話を聞いた老人は、顎を撫でながら気難しそうな顔をする。

 それを見たロイは、最悪の展開を想像して思わず青ざめる。


「も、もしかして……」

「ああ、いや……治療そのものは上手くいって一命を取り留めたのじゃが……」

「だが?」

「まだ治療が完全に終わっておらんのに、患者が何処かへ行ってしまったのじゃ。まあ、歩くぐらいはできるようになっていたから死ぬようなことはないだろうが……全く、完治していない患者を外に出すなど、儂の沽券に関わるというのに」


 セシルに逃げられたのが余程悔しかったのか、老人は苦虫を噛み潰したような顔をすると、大きく嘆息する。


「どうやら勇者様のお手を煩わせる必要はなさそうでしたね」


 セシルが既に医務室を後にしたという話を聞いて、見張りの兵士が苦笑を浮かべるが、


「…………」


 対するロイは、その場に呆然と立ち尽くす。


(いないって、どういうことだよ……)


 まさかセシリアが医務室から姿を消しているとは思わなかった。老人の言葉通りだと大事はなさそうだが、どうしてセシリアが姿を消してしまったのだろうか。


 すると、今にも頭を抱えそうになっているロイを見兼ねて、見張りの兵士が遠慮がちに声をかけてくる。


「……勇者様、どうかしましたか?」

「あ、ああ、すみません。その……セシルが何処に行ったか見当つきませんか?」

「さあ? 医務室にいないのであれば、もう城から出た可能性が高いと思いますよ。敗退した選手が城の中にいますと、城の者に見咎められると思いますから」

「まあ……はい」


 それは自分自身が昨日体験したばかりなので、ロイとしては何とも言えなかった。

 だが、どうしても胸がざわつき、すっきりしないロイは、その言葉を鵜呑みにすることはできなかった。


「でも……ここに来るまでにセシルに会わなかった……ですよね。ということは、城の中にまだいるという可能性は?」

「そう……ですね城内に知り合いの方がいらしたら、その方に招待されているのかもしれませんね……」


 すると、見張りの兵士は笑顔を浮かべると大きく頷く。


「わかりました。よろしかったら、私が城内をくまなく探してセシル選手を探してみますよ」

「い、いいんですか?」


 見張りの兵士からの思わぬ提案に、ロイは目を見開く。


「でも、人探しなんかして、仕事に支障が出たりしないんですか?」

「大丈夫です。事情を話せば、仕事を変わってもらうことは可能ですから……それで、私の方でセシル選手を探してみて、城内にいたかどうかを後で勇者様にご報告しますよ」

「……本当に、何から何まですみません。ええっと……」

「コープといいます。よろしくお願いします。勇者様」

「ありがとうございます。コープさん、それじゃあ、お願いします」


 コープは三十分ほどで戻るからこの場で待っていてくれと言うと、そのまま医務室から出て行った。


「…………」

「…………」


(き、気まずい……)


 ホープが出て行った後の医務室は、静寂が支配していた。

 この部屋の主である老人は、ロイから早々に興味を失ったようで、書類作業に戻ってロイのことなど見向きもしていなかった。


 どうやらこの部屋から追い出される心配はなさそうだが、まるで空気のように扱われるのも決して気持ちのいいものではない。

 余りにも居心地の悪い雰囲気に、ロイは堪らず、


「あの……いい天気ですね」


 特に話すこともないが、とりあえず声をかけてみることにした。


「…………」


 しかし、老人はロイの問いかけに何の反応も示さず、書類から目を離そうともしない。


(無視かよ!)


 話題選びが最低だったという自覚があるロイだったが、この扱いはあんまりだと思った。


「むっ!?」


 すると、老人が何かに気付いたかのように顔を上げる。

 椅子から立ち上がった老人は颯爽と白衣を羽織ると、ロイをキッと睨む。


「おい、若僧。そこをどくんだ!」

「あっ、は、はい」


 突然豹変した老人にロイが驚いて一歩後ろに下がると同時に、


「先生、急患です!」


 医務室の扉が開き、急患が運び込まれてきた。

 余程手酷く殴られたのか、顔面が普段の倍ぐらい膨れ上がった男の顔を見て、ロイは思わず一歩引き下がる。

 すると、そこへ透かさず老人が割り込んできて、男の容体を隅々まで診察していく。


「ふむ、主な怪我は打撲か……確かこの男の対戦相手は、勇者様の仲間の武道家じゃったな」

「えっ? まさか……」


 思わぬ言葉に、ロイは驚きで目を見開く。

 いくら傍若無人の塊のようなキリンでも、必要以上に対戦相手を痛めつけるなんて真似、するはずがない。

 そう思いたいのだが、目の前に疑いようのない被害者がいるのだ。言うまでもなく、この男をキリンが容赦なくぶちのめしたのだろう。


「あの……そいつ、大丈夫ですか?」

「キリン!?」

「ロ、ロイ、どうしてお前が……」


 ロイの姿を見たキリンは、ばつが悪そうな顔をする。


「…………お、俺だって、最初はそんなつもりはなかったんだよ」

「じゃあ、どうして?」

「まあ、あんな試合を見せられてしまったからな」


 あんな試合とは、言うまでもなくセシリアとライジェルの試合だろう。


「あの胸糞悪くなる試合を見た後でただでさえイラついていたのに、相手がセシルを馬鹿にするものだからカッとなってしまって……」

「ついやり過ぎてしまった……と?」

「だってよ、知り合いになった奴が馬鹿にされたらムカつくだろ!」

「いや、まあ……」


 ロイがキリンと同じ立場になったら、同じことをしないとは言い切れないので、キリンを強く非難することはできなかった。


「おいっ、そこの二人、気が散るからおしゃべりするつもりなら何処かへ行け!」


 すると、医務室の中から完全に医者モードになった老人から叱責の言葉が飛んでくる。


「す、すみません」

「すぐに移動しますから、ヘヘヘ……」


 老人の言葉に、ロイとキリンは逃げ出すようにその場を後にした。

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