漢の世界と黄色い歓声
ロイたちは武道大会への出場登録を行う為、ガトーショコラ王国内へ移動した。
国を囲う城壁を抜けると、ビーチとは打って変わって随分と硬派な世界が広がっていた。
飾り気の一切ない、武骨なイメージの石で出来た町並みの左右に広がるのは、武器屋、武器屋、武器屋。入り口から目に見える範囲、全ての店が武器屋となっており、あちこちから鉄を打ち付ける威勢のいい音が聞こえてくる。
店頭に立つ店主たちも、全身をくまなく鍛えた筋骨隆々の男たちで、野太い声を上げながら客引きを行っていた。
男たちの喧騒に、呆気にとられた様子のロイが口を開く。
「な、中々に凄いところだな」
「ああ、ビーチとの温度差が凄まじいな」
先程までとは違う意味での暑苦しさに、ロイたちは流れてきた汗を拭う。
「それで、武道大会の受付は何処でやっているんだ?」
「えっ……と、このまま目抜き通りを抜けて、城の前まで行けばいいみたいだな」
街の入り口でもらった案内図を見ながら、キリンが告げる。
ちなみに、この場にエーデルとリリィの二人は来ていない。
街に一歩踏み入れた途端、女性二人は余りの男くささに揃って顔をしかめると、ビーチ近くにある宿へ部屋を取りに行ってくるから、勝手に受付に行ってこいと冷たく言い放ち、そそくさと行ってしまった。
本戦には来ると言っていたが、あの様子では本戦も来るかどうか疑わしいとロイは思っていた。
そんなとりとめもないことを考えていると、
「キャ―――――――――――――――――ッ!!」
男だらけの世界に、突如として黄色い歓声が響き渡った。
「な、何だ……」
声に驚いたロイが声のした方に目を向けると、何やら黒山の人だかりができていた。
「すまないが、道をゆずってもらえないだろうか?」
すると、黒山の向こう側からハスキーな声が聞こえてきた。
どうやら誰かが大勢の女性に囲まれて困っているようだ。
「すまない。本当に時間がないんだ。サインなら後でするから……」
中からひっ迫した声が聞こえるが、その声が届いていないのか、女性たちが動く様子はない。
「ふむ……」
その様子を見ていたロイは、何かを思いついたように小さく頷く。
「……ロイ?」
「ちょっと行ってくる」
ロイはキリンに買い物に行くような気安さで告げると、人だかりに向かって歩きはじめた。
そのまま興奮した様子の女性たちの前まで行ったロイは、手を伸ばすと、
「ちょっと、すみません」
そう言うと、女性たちの間に強引に手を突っ込む。
「キャッ、何よ!」
「ちょっと、どこ触っているのよ!」
女性たちから抗議の声が上がるが、ロイはそんな言葉など意に介さず、力ずくで人だかりの中心へと向かっていく。
ロイが中心へとたどり着くと、
「き、君は?」
全身を重厚な鎧で覆われた剣士が、驚いた表情でロイを見ていた。
中性的な端正な顔つきに、少し長めの金髪を持つ剣士の顔は、女性ならば、ほっとかないであろう美男子であるのだが、ロイにとってはどうでもいい事だった。
ロイは驚いている剣士の手を取ると、
「行くぞ!」
そう言うと、剣士の手を無理矢理手を引いて走り出す。
「えっ? ちょっと、まっ……」
「武道大会の受付時間が迫っているんだろう?」
「え? あ、ああ……」
その一言でロイの言わんとするところを察した剣士は、戸惑いながらも頷き、女性たちの輪から外れて駆け出す。
全身を重そうな鎧に覆われているにも拘わらず、剣士はロイに追従する勢いで駆け、女性たちをあっという間に引きはがす。
「ああっ、待って。セシル様!」
「これからもお慕い申し上げます!」
後ろから女性たちの悲鳴にも似た叫び声が聞こえてきたが、ロイたちは一度も振り返ることなく走り続けた。