陰謀説
「カイン……一体どうしたんだ」
「うわ~ん、怖かったよ。ロイ!」
カインの意識が途絶えると、束縛から解放されたリリィが、両手を広げてロイへと抱きつこうとする。
しかし、
「おっと、そうはいかないわよ。小娘」
リリィが抱きつくより一足早く、エーデルがロイの体を抱きしめる。
「悪いけど、ロイのここは私の特等席なの」
「なっ、ずるいです! そんなの、認められません。ボクだってロイのそこに居座る権利ぐらいはあります!」
「ありませ~ん! この世が誕生してから今現在、そしてこれから先、未来永劫ロイに抱きついていいのは、私だけなんです~」
「なっ、そ、そんなの横暴です! 断固として認めません!」
エーデルはしたり顔で言うと、さらにロイと密着しようとする。
「…………はぁ」
だが、ロイは大きく嘆息してエーデルを引きはがすと、部屋の隅にあったバケツを手に取ってエーデルに手渡す。
「……なあ、そんなことより、これに水を汲んで来てくれ」
「私が? 嫌よ。そんな仕事誰が……」
「エーデル、行ってくれるよな?」
そう言うと、ロイは無理矢理エーデルにバケツを手渡し、自分はカインの介抱へ戻る。
「…………」
ロイの様子を見ていたエーデルは、暫く無言で佇んでいたが、やがて何かを察したように頷くと、バケツをリリィに差し出す。
「……わかったわ。ほら、小娘、行くわよ」
「えっ、でも、ボクは……」
「い・い・か・ら・行・く・の。ほら、バケツ持ちなさい!」
まだ何か言いたそうなリリィの胸倉を掴むと、ズルズルと引きずるように歩き、逃げるように部屋から退出していった。
エーデルたちの気配が遠ざかったのを確認したロイは、眠っているカインに声をかける。
「カイン、もう起きても大丈夫だぞ」
「…………気付いていたのか」
ロイの言葉に、ばつが悪そうな顔をしたカインが顔を上げる。
どうやら自分がリリィにしてしまったことを、悔いているようだった。
そんな珍しく意気消沈しているカインを見て、ロイは肩を竦めて励ますように話しかける。
「全く、悪いと思ったなら、素直に謝ればいいのに」
「……うるさいな。あの時は、自分でもどうしてあんなことをしてしまったのかわからないんだよ。あんな感情……もう忘れたと思っていたのに」
リリィに詰め寄った時の反応は自分でも予想外だったようで、カインはガリガリと頭を掻きながら小さな声で呟く。
「……後で、彼女に謝る時間をくれ」
「わかったよ。でも、リリィはそんな小さなことを気にする子じゃないから、そこまで重い詰める必要はないさ」
「ああ、ありがとう」
カインは頭を下げて礼を言うと、ベッドから降りてロイに殴られた首の様子を確かめるように、首をゆっくりと回す。
それを見て、ロイは少しやり過ぎたなと心の中でカインに謝罪しながら、彼が暴れた理由について尋ねる。
「それで、どうしてライジェルの名前を聞いてあんなに取り乱したんだ?」
「………………」
ロイからの質問に、カインは目を閉じて自分を落ち着けるように静かに深呼吸をする。
「すぅ…………はぁ」
何度か深呼吸をした後、顔を上げたカインは自分の無くなった目を一撫でして、意を決したように口を開く。
「奴は……ライジェル・エレロは、僕の体をこんなにした張本人だ」
「えっ、それは本当なのか?」
「ああ、奴は僕の剣が折れたのに気付いていたにも拘わらず、全く攻撃の手を緩めなかった……そう、奴は笑いながら僕の腕を斬り落としたんだ」
「そんな……」
そう言われても、ロイはその言葉を素直に信じられないでいた。
たった二言、三言だけではあったが、ライジェルと会話を交わした印象は、そこまで悪いものではなかった。むしろ、カインが語るとは全く逆の印象、明るくて頼りになる兄貴分といった感じの印象を受けた。
しかし、エーデルたちの話によると、今日の試合でセシリアを必要以上に痛めつけ、彼女に重傷を負わせたという。
果たして、どちらがライジェルの本当の姿なのだろうか。
「なあ、カイン。それは、本当にライジェルだったのか?」
「……どういう意味だ?」
ロイからの質問に、カインは途端に敵意を剥き出しにしてロイを睨む。
その迫力に、思わず気圧されながらも、ロイは万が一を考えて聞いてみる。
「もしかして、似た名前の誰かだったとかないのかな? 俺……ライジェルと会話したことがあるんだけど、とてもそんなことをするような人間には見えなかった。だからさ……」
「あり得ない」
ロイの言葉を遮るようにして、カインが断じる。
「世俗を捨て、ここに籠って剣を作り続けてきたが、僕は奴の名前をあの日から一日だって忘れたことはない。奴の名前を、恨みを込めて口にしながら剣を打って来たと言っても過言ではない。そんな僕が、名前を間違えるなんて、この世が再び暗闇に包まれ、魔物が跋扈するような事態になろうとも、僕の体をこんな風にした人物を許すようなことはない!」
低い声で唸るように語るカインの顔は、歴戦の猛者であるロイでもぞっとするような暗く、恐ろしい顔をしていた。
「君がどんな偉業を成し遂げてきた勇者だとしても、僕が受けた屈辱をなかったことにするのだけは許さない。もし、これ以上、戯言を吐くつもりなら……」
「わ、悪かった。俺が間違っていた」
このままでは刃傷沙汰になりかねないと察したロイは、両手を上げて、全面的に自分の非を認める。
「それに、どうやら俺の知り合いがライジェルとの試合で大怪我を負わされたらしい。詳しいことはわからないが、試合開始からあっという間の出来事だったらしい」
「…………」
「カイン?」
「…………同じだ」
「えっ?」
「同じなんだよ。僕がやられた時と……」
顔を青くさせたカインが、光を失った右目に手を当てながら震える声で話す。
「僕も試合開始から僅か数秒で、再起不能にまで追いやられたんだ……今思えば、奴は僕の剣がすぐに折れるのを知っていたかのようだった」
「ありえないだろう。そんなこと……」
「どうしてないと言い切れる? 奴はその実力を内外に知らしめることで、ガトーショコラ王国内での地位を確固たるものにしてきた男だ。奴が指示を出せば、僕の剣に細工することだって不可能じゃないはずだ」
「そ、そんな馬鹿な……」
カインの真剣な雰囲気に、ロイは思わず息を飲んだ。




