その名は……
「負けて正体がバレたって……何で。だって、セシルは……」
セシルは重戦士であるから、全身を分厚い鎧に守られていたはずだ。例え試合に負けたとしても、そう簡単に正体がバレるはずがない。
そう言うロイに、神妙な顔のエーデルが目を伏せながら告げる。
「……その、対戦相手に手酷くやられたの。武器は明らかに戦えない状況に追い込まれたのに、執拗に攻撃を続け、着ていた鎧を破壊して完膚なきまでに叩き潰したのよ」
「今まで何試合も見てきたけど、ボク、ちょっと怖かったよ」
その時の様子を思い出したのか、リリィは青い顔をして小さく震える。
「結局、ガトーショコラ王が無理矢理中に入って、試合を中断させたんだけど、セシルって人は、生死不明みたい」
「そんな……どうして王様は、もっと早く止めてくれなかったんだ」
「そりゃ、無理よ。だって……」
そこでエーデルは信じられないことを口にする。
「彼女がやられたのは、試合が始まってほんの数秒の出来事だったんだから」
「な、何だって!?」
まさかの一言に、ロイは思わず立ち上がってしまうほどの衝撃を受ける。
昨日、話した時にセシリアは、ロイのお蔭で時間ができたから手持ちの武器を入念に手入れすることができたと言っていた。そんな彼女が、例え負けるとしてもそんな簡単に、完膚なきまでに叩きのめされるだろうか。
「いや、そんなはずがない」
そもそもセシリアの戦い方は、防御に特化した戦い方だ。そんな戦闘態勢に入った彼女を、試合開始から数秒で戦闘不能まで追い込むなど、デュランダルとラピス・ラズリという伝説の武具を装備したロイですら可能かどうか微妙なところだ。
この戦いの裏には、何かがある。そう思ったロイは、セシリアの対戦相手について聞いてみることにする。
「な、なあ……セシリアの対戦相手って誰だったんだ?」
「セシリア? セシルじゃなくて?」
「ああ、彼女の本名はセシリアって言うんだ。風呂で話した時に聞いた」
「風呂……ですって?」
気になる単語が出て来たことに、エーデルの方眉が反応する。
「ロイ……あなた、あの女と風呂に入ったの?」
「そうだけど、そんなことより早く教えてくれ。セシリアの対戦相手は誰だったんだ!?」
「わ、わわ……わかったわよ。そんなに揺すらないで」
ロイに乱暴に肩を掴まれて揺すられたエーデルは、目を回しながらどうにかロイの手から逃れると、頭を押さえながら話しだす。
「ほら、何て言ったかしら……その、確かいかつい男だったような……ゲンゴロウだっけ?」
「ゲンゴロウ……そんな名前の奴、いたかな?」
聞いたこともない名前に、ロイが首を捻っていると、
「もう、もう、エーデルさんは、本当にロイ以外のこととなると、途端に頭が働かなくなるんですね」
見当違いな名前を言うエーデルに、苦笑したリリィが手助けをしてくれる。
「ライジェルですよ。ライジェル・エレロ。前回大会で優勝したっていう人です」
「何だって!?」
すると、リリィの言葉に過剰に反応する声が上がる。
驚いたロイが声のした方に目を向けると、
「カ、カイン?」
憤怒の表情でこちらを見ているカインがいた。
カインは乱暴に室内に入ってくると、驚いた表情で固まっているリリィに詰め寄る。
「言え! 君は今、何て言った?」
「ええっ、何て……い、痛いっ!」
「ちょっと待った。カイン、落ち着けよ」
目を血走らせて詰め寄るカインを、ロイが落ち着いた声で宥める。
「一体、どうしたんだ。知りたいことがあるなら教えるから、とりあえず落ち着けよ」
「うるさいっ! いいから僕の言うことを聞け!」
しかし、カインはロイの腕を振り払うと、尚もリリィに食い下がる。
「いやっ、痛い! 痛いよ、ロイ!」
血走った目で迫ってくるカインに、リリィは恐怖し涙する。
いつも冷めた目で、世の中を斜めから見ているようなカインの尋常ではない様子を見て、ロイは訳が分からない気持ちになるが、一先ずリリィを助けなければならないと思い、右手を振り上げる。
「カイン、悪い!」
「ぐがっ!?」
延髄にロイの手刀を受けたカインは、くぐもった声を上げてその場に崩れるように倒れた。




