勘違い
ロイは大きく深呼吸を一つすると、意を決してカインに話しかける。
「なあ、カイン。もう隠さなくてもいいんじゃないか?」
「……どういう意味だ?」
ロイの言葉に、カインは露骨に嫌そうな顔をする。
しかし、ロイはその態度に臆することなく話を続ける。
「そのままの意味だよ。カインが前に話した青年って自分のことだろ? その体の傷だって、武道大会に参加した時につけられたものなんだろう?」
「…………」
ロイからの糾弾に、カインは険しい表情で睨み返してくる。
その視線を、ロイは真っ直ぐ見つめ返す。
「…………」
「…………」
そのまましばらくの間、ロイとカインは無言で睨み合う。
「…………はぁ、わかったよ」
真実を話すまで、絶対に引かないというロイの迫力に圧し負けたのか、カインは肩を竦めてから大袈裟にかぶりを振る。
「そうだよ。僕は確かに昔、武道大会に参加して無残に敗れ去ったよ。実力ではなく、武器の性能で負けたあの時の悔しさが忘れられなくて、こうして自分で納得のいく武器を作るようになったんだ……笑いたければ笑えよ」
「……笑わないよ。笑えるはずないだろう」
自嘲気味に笑うカインに、ロイはゆっくりとかぶりを振る。
「俺は全力を出し切れたつもりだけど、あそこで剣が折れていなかったら勝てていた。だから、ハッキリ言って負けたことに納得いっていない。あそこからだったら、素手でも勝てる可能性はあった」
「……すまなかったな。僕の武器が不甲斐ないせいで」
「あっ、いや……そういう意味じゃなくて……その、すまない言葉が足りなかった」
ロイは自分の失言を悟り、思わず謝罪の言葉を口にする。
「と、とにかく、負けたけど全力で戦うことができた俺ですらこんなに悔しいんだ。それが、一度も切り結ぶことなく負けたとしたら。それで戦士として立ち上がることも出来なくなったら、その悔しさは俺の比じゃないって……勇者という使命がなかったら、きっと俺も無念を晴らすまでカインと同じことをしたと思う」
「……慰めの言葉なんていらないよ」
「別に慰めてなんていないさ。本心だよ」
「………………そうかい」
ロイの態度から嘘ではないと察したのだろう。カインは諦観したように笑うと、小さく嘆息する。
しかし、ロイの聞きたいことはこれだけではなかった。
「でも、どうして偽名なんか名乗るようになったんだ?」
「……何の話だ?」
訳が分からないという顔をするカインに、ロイがセシリアとの関係について質問する。
「もう隠さなくたって、いいんだよ。君の本当の名前はカインじゃなくて、アベルなんだろ?」
「はあ、何を言っているんだ。そんなはずないだろう」
「えっ……」
カインからのまさかの言葉に、ロイはあんぐりと口を開けて固まる。
「じゃ、じゃあ……セシリアって女の子のことは? カリントウってところのマグノリア家で剣の修行をしたとかは?」
「……誰と勘違いしているかわからないが、僕は生まれた時から今の名前のままだ。それに、そんな女の子の名前の知り合い何て、いない」
「そ、そうですか……」
当てが外れたロイは、がっくりと肩を落とす。
そんなロイを見て、カインは盛大に肩を竦めると、空になった皿を手に立ち上がる。
「カイン?」
「僕は君と違って明日も朝が早いんだ。早く寝ないと明日の仕事に支障が出る」
「あ、ああ……すまない。手伝うよ」
慌ててロイも立ち上がると、食事の後片付けをするためにカインの後に続いた。
その後、後片付けを終えたロイたちは、火を消して床についた。
一つしかないベッドは当然ながらカインが使い、ロイは薄い毛布一枚を身に包んで入り口近くの壁によりかかって寝る。
半年以上に渡って柔らかいベッドで寝ていたので、旅をしていた頃の過酷な環境では寝られないのではと思ったが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
これなら野宿することになっても、問題なく寝られそうだ。ロイは硬い床の感触を確かめながら、小さく安堵として眠りに入ろうとする。
(まさか、カインとアベルが違う人物だとは思わなかった)
セシリアに期待させておいて、思わぬ結果になったことに、ロイは彼女に何て説明したものかと頭を悩ます。
(……それに、本物のアベルって人はどうなったんだろう)
色々と頭を巡らせるロイだったが、疲れからやって来た睡魔に抗えるはずもなく、ほどなくして深い眠りへと落ちていった。




