敗者の夜
ガトーショコラ城を後にしたロイは、後ろを振り返って寂しそうに呟く。
「はぁ……負けちまったな」
自分の実力で優勝までいくとは思っていなかったが、それでも思ったよりも早い敗退に、ロイは落胆の色を隠せなかった。
「だけど、いつまでも落ち込んでいる暇はない……よな」
結果は残念だったが、今のロイにはやるべきことがあった。
武道大会の結果報告と、セシリアの話の真偽を確かめるために、もう一度カインと会う必要があった……が、
「…………まあ、でも流石に明日にするか」
今の時刻はわからないが、既に陽も暮れてしまったし、今から行っても工房にいない確率は高いだろう。
昼間はあれだけ喧騒に包まれていた工房は静まり返り、暗くなっていた。
何軒か灯りが見える建物からは、楽しそうに談笑する声が聞こえてくるのと、美味しそうな匂いが漂ってくることから、今日の成果を労っているのだろう。
そして、美味しそうな匂いを嗅いだところで、
「…………あっ」
ロイの胃が盛大に空腹を訴えてきて、ロイは思わず腹を押さえる。
そういえば、今日は朝以来何も食べていなかった。
その事実を思い出してしまったからか、途端に腹が訴えてくる空腹が我慢出来ないもののように思えてくる。
「こ、こんなことなら、何か食べてくるべきだったな」
城を出て行けとは言われたが、ご飯を食べるなと言われたわけではなかったのだ。
それに、これから何処へ行けばいいのだろうか?
エーデルたちに合流しようにも、彼女たちがどの宿に泊まっているか知らないのだ。
「うう……どうすればいいんだ」
空腹の所為で頭が働かなくなっていく。そんな錯覚に陥っているロイは、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまう。
すると、
「……こんなところで何をやっているんだ?」
後ろから、侮蔑するような冷めた声が聞こえた。
声に反応して、ロイが後ろを振り向くと、
「ここにいるということは、もう負けたのか?」
「カ、カイン?」
そこには、呆れたようにロイを見下ろす武器職人、カインがいた。
あれからロイは、カインに頼み込んで、工房の隣にあるカインの自宅へとやって来ていた。
その理由は言うまでもなく、ロイが空腹で動けなくなってしまったので、夕食をご馳走になるためだった。
口では文句を言いながらも、なんだかんだで食事を振る舞ってくれたことにロイは感謝し、武道大会の結果について詳しく報告した。
「そうか、僕の剣はよりにもよって、素手の男に叩き折られたのか」
ロイから武道大会の報告を聞いたカインは、自嘲したように笑うと、手にした干し肉を頬張る。
干し肉を咀嚼して手にした水で流し込むと、次の干し肉へと手を伸ばす。
だが、
「………」
皿の上にあったはずの干し肉は、いつの間にかなくなっていた。
おかしい。食べ始めてまだ数分しか経っていないのに……しかも、数日分まとめて買った物を全て出しておいたはずなのに、いくら何でもなくなるのが早過ぎる。
しかし、目の前に座る勇者の顔を見て、カインは自分の考えが間違っていなかったことを悟る。
そこには、口いっぱいに干し肉を頬張り、気まずそうに視線を逸らしているロイがいた。
カインは盛大に溜息を吐くと、吐き捨てるように言う。
「……はぁ、もういい」
「す、すまない。金は後で必ず……」
「当然だ。僕は日々の食べ物にも困るような生活をしているんだ。今、君に振る舞った干し肉だって、本当なら五日かけて消費するところを、まさかの一食でなんて……君は遠慮という言葉も知らないのか?」
「本当に申し訳ない。実は、試合があるから今朝食べて以来、何も食べていなくってさ。あそこでカインが来てくれなかったら……カインは俺の命の恩人だよ」
「大袈裟な奴だな……それより、どうだったんだ?」
「どうだ、とは?」
「僕の武器だよ。結果として剣が折れて負けたとしても、それまでどうだったのかと聞いているんだ。僕の武器は……人を殺さない武器でも、武道大会で十分に通用できたのか?」
「それは……わからない」
カインからの問いに、ロイは嘘偽りない正直な気持ちを話す。
「少なくとも大会に参加するレベルの人間はそれなりの実力者で、相手を不用意に死に追いやるような未熟者はいなかった。実際、予選から本戦まで、怪我人はいたが、一生に関わるような怪我、もしくは死に直結するような残虐な試合はなかったよ」
「そう……か」
ロイからの言葉に、カインは悲しそうに目を伏せる。
「で、でもさ、ほら、あれだよ」
気まずい空気に、ロイが殊更明るい声を出す。
「カインが出た時と、俺が出た時で大会も随分と変わったみたいでさ。安全性とかそういうのが大きく変わったんだよ。だからさ、そんなに落ち込む必要なんて……」
「ちょっと待った。誰がいつ大会に出たなんて言った」
「あっ……」
そこでロイは自分の失言に気付く。
これまで、カインは自分が一度も武道大会に出たことがあるなんて言っていない。過去の話をしたことがあったが、あくまでそういう青年がいたという体裁で話をしており、それがカイン自身であるという確証はまだなかった。
「…………」
だが、ここまで言ってしまった以上、もはや隠す必要はないだろう。
(よしっ)
そう判断したロイは、思い切ってカインに質問してみることにした。




