再会の約束
「やれやれ、ようやく解放された」
試合の後、医務室で治療を受けたロイは、エーデルに関する小言を受けた後、今日中に荷物をまとめて宿泊所から出て行くようにと言われ、ようやく解放された。
あの後、エーデルが暴れたのが原因で今日の試合は全て中止となり、今日は一日かけて武道場の修理へと当てるらしい。
武道場の外に出ると、既に日が暮れていた。
しかし、そこかしこから怒号と、何かを打ち付ける音がしていることから、まだ中で補修作業が続いているようだった。
「……エーデルの奴、一体、どれぐらい暴れたんだろう」
怪我した人はいなかったのだろうか? 壊した武道場の修理費用は一体いくらで、果たしてロイたちに請求されるのだろうか?
何だかあれこれ考えると頭が痛くなってくるが、とにかく今は荷物をまとめて変える準備をするべきだろう。
ロイは大きく溜息を吐くと、宿泊所へ向けて歩きはじめる。
すると、
「ロイ、残念でしたね」
歩きはじめてすぐ、誰かに声をかけられた。
声に反応して目を向けると、何とも言えない微妙な顔をしたセシルがいた。
「セシル、待っていてくれたのか?」
「ええ、もしかしたら、もうロイと会えなくなってしまうと思ったものですから」
「ハハハ、何言っているんだ。大袈裟だな」
ロイは肩を竦めて笑ってみせるが、セシルは笑っていなかった。
「セシル?」
「…………あ、ああ、すみません。そうですね、普通に考えたら会えなくなるなんてことないですよね」
「…………」
儚げに笑うセシルを見て、ロイはセシルの……いや、セシリアがこの大会に参加した理由を思い出す。
ガトーショコラで開かれる武道大会へ出場すると言って行方不明なった兄弟子アベルを探すため、せめてその足跡を辿ろうとセシリアはやってきたのだ。
今のところこれといった手掛かりは見つかっていないようだが、情報屋に依頼したのだから、近いうちに何かしらの情報を得られることだろう。
ロイは寂しそうに笑うセシリアをおもんばかるように頭に手を乗せると、歯を見せて笑う。
「大丈夫だ。俺はこの大会が終わるまでこの国にいるからさ。大会が終わったら、のんびり飯でも食べながら話をしようぜ」
「ロイ……ありがとうございます」
セシリアは頬を赤く染めて恥ずかしそうに笑うと、頭を下げてお礼を言った。
せめて見送りだけでもさせて欲しいというセシリアの申し出に、ロイは快諾して一緒に歩き、宿泊所である部屋まで戻った。
部屋に戻り、手早く荷物の整理を始めるロイの背中に、対面のベッドに腰かけたセシルが話しかける。
「剣が折れるという不幸な結末でしたが、良い勝負でした」
「ありがとう。まあ、徒手空拳の相手に剣で挑んだのに、武器を破壊されて負けたのだから、褒められていいものか悩むけどね」
「そんなことありませんよ。キリン殿はハッキリ言って特別です。私も今まで徒手空拳の相手と何度か戦ったことがありますが、鉄で出来た剣と打ち合うような、ましてや叩き折る武闘家なんて聞いたことがありません。今日受けた傷がどれぐらい回復するかにもよりますが、彼は間違いなく今大会の優勝候補に挙げられるでしょう」
「そうだな。キリンなら本当に優勝しちゃうかもな。後は、前回覇者のライジェルをどうやって倒すかだろうか、だな」
「…………ロイ」
素直な感想を言うロイに、セシルが三白眼で話しかける。
「一応、私も大会の出場者なのですから、そこは嘘でも私にも可能性はあるぐらいは言ってくれてもいいんじゃないのですか? それに、ライジェル殿を倒すのは、明日戦う私です」
「えっ? セシリアって明日、ライジェルと戦うのか?」
「ええ、そうです。誰かさんが武道場を壊してしまったので、本来、今日戦う予定だったのですが、明日になってしまったのです」
「そ、それは……何というかごめんなさい」
全ての原因はエーデルにあり、気を失っていたロイに何の落ち度もないのだが、なんとなく謝罪しなければならないと思い、ロイは頭を下げる。
素直に謝るロイを見て、セシルは小さく吹き出すと、心配ないと声をかける。
「まあ、実を言うと、試合が明日に延期になったのは好都合でした」
「そうなの?」
「はい、実は私が使っている槍ですが、少しガタがきていたのでこれを機に少し補修をしようと思っていたのですよ」
「えっ、でも、確か……」
「はい、武道大会のルールで、持ち込める武器は一本まで、それが壊れたら失格となってしまいますが、使用者が自分で補修する分にはなんの問題もないのです」
槍は柄の部分が折れただけでも失格になってしまうので、槍使いであるセシルは、特にその辺に気をつけているのだという。
「お蔭様で、明日は万全の状態で戦うことが出来そうです。ライジェル殿対策もしっかり出来ていますし、ハッキリ言って負けるとは微塵も思ってないです」
「そう……だな。セシルも十分強いし、優勝出来る可能性はかなりあると思うよ」
「もう……それ、本当に思っていますか?」
先程同じ言葉を繰り返すロイを見て、セシルは心底呆れたように溜息を吐いた。
程なくして身支度を終えたロイは、セシルに向けて手を差し伸べる。
「それじゃあ、俺はもう行くよ。明日の試合、頑張れよ」
その言葉に、セシルは唇の端を吊り上げてロイの手を握り返す。
「はい、ありがとうございます。必ずや、ライジェル殿に勝ってみせますからね」
「ああ、期待しているよ。それと……」
セシルの手を握ったまま、ロイは大きく頷く。
「俺に武器を貸してくれたカインに、セシルの話をしてくるよ。もしかしたら、彼がアベルかもしれないからね」
「あっ、はい。よろしくお願いします。そうであればいいのですが……」
「話を聞く限り、その可能性は十分あると思うけどね。だから、セシルは自分の戦いに集中してくれ」
「ええ、任せて下さい」
ロイたちは、大会後の再会を約束すると、笑顔で別れた。




