自由になる為に
目の前の人物と記憶にあるかつて仲間の姿との差に、ロイは信じられないものを見るような目でキリンに質問する。
「ほ、本当にキリンなのか?」
「おうよ。無影流の武道家にして、パーティーの前衛の要として大活躍したのに覚えてない俺を忘れるとか、酷すぎない?」
「い、いや……すまない。その……」
「別にロイが謝る必要はないわ。このバカ、最後に会った時と姿が変わり過ぎでしょ」
口ごもるロイに、エーデルが辛辣な援護をする。
「それに、前衛の要とか過去の話をねつ造するようなバカ、覚えている必要はないわ。私は一度でもこいつが要だと思ったことはないから」
「ひ、ひでぇな……後、バカって二回も言うなよ! グスッ……」
とうとう泣き出してしまったキリンに、ロイが慌てたように取り成す。
「まあまあ……それより、俺が知ってるキリンと姿が大分違うんだけど、竜王討伐以降、一体何があったんだ?」
「あ、ああ、実はだな……」
そう言うと、キリンはこれまでの経緯を話し出す。
竜王討伐の後、仲間と別れたキリンは、無影流の掟に従い、故郷であるキンツバへと戻る予定だった。
しかし、その途中で立ち寄った街で仲良くなった冒険者と夜の街、歓楽街へ繰り出したことがキリンの価値観を大きく変えることになった。
幼い頃から無影流の道場に通い、ロイに負けず劣らずの禁欲生活を送ってきたキリンにとって、夜の歓楽街は刺激が強すぎた。
自分がいかにつまらない人生を送ってきたかを知ってしまったキリンは、失った時を取り戻すように全力で遊んだ。
幸いにも金は仲間内で分配した金が十分あったので、困ることはなかった。そこでキリンは、生まれて初めて髪の毛を伸ばし、金色に染め、道着を脱ぎ捨てて最新のファッションを次々と買った。
他にも、派手に金を使って人生を謳歌していたキリンだったが、ある日、一通の書状が届く。
「実は、俺が遊びほうけているのが本国に知られちまったみたいでな」
「それで、早く帰ってこい、と?」
「いんや、一応、竜王討伐の成果を認めてくれたのか、チャンスをくれたのさ」
そのチャンスというのが、このガトーショコラ王国で一年に一度開かれる武道大会での優勝。それが達成できれば、キリンは無影流の免許皆伝として認められ、晴れて自由に生きることが許されるという。
「もし、優勝出来なかったら、キンツバに帰らなきゃいけないんだけど、こんなナリでも鍛錬は毎日行ってきたんだ。この大会は昔、見たことがあるけど、あの程度のレベルの奴等に後れを取るつもりはないから、優勝はもらったも当然だな」
余程自信があるのか、キリンは歯を見せて笑うと、自慢の力こぶを見せつけるように誇示する。
しかし、調子に乗っているキリンに、唇の端を吊り上げたエーデルが釘を刺す。
「それは、どうかしら?」
「何、エーデルちゃんは俺が負けるとでも思っているの?」
「ええ、勿論。だってその大会、ロイも参加するのよ。竜王討伐後も、前と変わらず鍛錬を積み続けた勇者であるロイが、適当にやって来た男に負けるはずないじゃない」
「……………………へっ?」
エーデルの思いもよらない言葉に、キリンが間抜けな声を上げる。
それはもう、思わずキリンの鼻から鼻水が垂れるほどショックだったようで、そんな間抜け顔のキリンの、エーデルが更なる追い打ちをかける。
「それと、何やら勘違いしているようだけど、この武道大会は、竜王討伐以降は世界一の猛者を決める大会にシフトチェンジしてから、レベルが飛躍的に上がったのよ? 全盛期の私たちだって、油断してたらあっという間に負けちゃうと思った方がいいわよ」
「……マ、マジですか?」
大きく頷くエーデルを見て、キリンの顔がみるみる青ざめていく。
「ちなみに、現在この大会で四連覇をしているライジェルという剣士は、この国の騎士団長で、当然、今年も出てくるみたいよ?」
「そ、そうですか。四連覇……」
そして、とうとうその場にへたり込んでしまったキリンに、ロイが肩を叩いて優しく語りかける。
「まあ、俺も全力を尽くすから、お互い悔いの残らない様、頑張ろうぜ」
「……そこは普通、俺の為に手加減してやる。とかいう場面じゃないのか?」
「えっ、何で? 真剣勝負に手を抜くとかありえないだろう」
「……………………もう、いいです」
本気で分かっていない様子のロイを見て、キリンはがっくりと項垂れた。