始まりの時
「皆さん、この歓声が聞こえますでしょうか。大会四日目、これから始まる第一試合を目当てに未だかつてないほどの観客が集まり、今大会初の立ち見が出るほどの賑わいを見せています」
マシューの言葉が示す通り、この日の武道場の賑わいはこれまでとは一線を画していた。
席は全て埋まり、通路は立ち見の人間で埋まり、更には柱にしがみついてまで武道所内に入ろうとする者まで現れ、もはや普通に歩くのすら困難になっていた。
そんな武道場内を包む熱気に負けないように、午前中からテンションマックスのマシューが叫ぶようにアナウンスする。
「今日、これだけの人々が集まったのは、これから始まる世紀の試合を見るために集まったといっても過言ではありません。それは、そうでしょう。これから始まる試合は、世界を救った勇者と、仲間である武道家との一騎打ちです!」
その言葉に、観客たちのボルテージも最高潮に達し、巨大な武道場が観客の声援で、文字通り大きく揺れだす。
その衝撃に、ロイのお蔭で観客席に座れているリリィが、隣のエーデルに身を寄せながら震える声で話しかける。
「わわっ、こ、こんなに揺れて壊れないのかな?」
「知らないわよ。多分、大丈夫でしょ。それよりこのクソ暑いのに、ひっつかないでくれる?」
「い、嫌ですよ。それよりいざという時は、助けて下さいね」
「ああ、もう。わかったわよ。その時は天井ごと全てを吹き飛ばしてあげるから、とっとと離れろっての!」
エーデルはしつこく食い下がるリリィを無理矢理引き剥がすと、熱気の所為で流れて来た汗を拭いながら中央の舞台を見やる。
そこには、既にロイとキリンの二人が睨み合っていた。
「へっ、どうだ。昨日はよく首を洗ったか?」
「えっ? ああ、そうだな。首だけじゃなく全身くまなく洗ったぞ?」
「…………そうかい。ロイは相変わらず綺麗好きだな」
冗談が通じないことに、キリンは苦虫を噛み潰したような顔になる。
だが、すぐに顔を引き締めると、犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。
「まあいい……実を言うとな。俺様はロイと旅をしている時からいつかこんな日が来るんじゃないかと楽しみにしていたんだよ。それが今日、念願叶ったというわけだ」
「楽しそうだな」
「楽しい? そりゃそうだろ。そう言うロイだって随分と楽しそうな顔をしているぞ?」
「俺が?」
キリンに言われ、ロイは自分の頬に手を当ててみる
すると、いつの間にか自分が笑っていることに気付いた。
「……本当だ」
「というわけだ。結局のところ、ロイも俺様と同じ人種だってことさ」
「人種?」
「ああ、いくら世界が平和になっても、強い奴と戦いたくて仕方ない。自分の力を試したくて仕方がない人種ってやつさ」
「俺は……いや、そうかもしれないな」
「ハハッ、まっ、そういうわけだ。とにかく今日はどっちが強いか白黒ハッキリさせようぜ」
「ああ……」
ロイはキリンが伸ばしてきた拳に自分の拳を当てると、舞台の端と端に分かれる。
ロイは剣に手を、キリンは腰を下ろして拳を突き出して構えを取る。
「お待たせ致しました。いよいよ注目の一戦、ロイ・オネット対キリン・サイフウガの試合をはじめます!」
マシューが叫ぶようにアナウンスをすると、武道場全体が揺れるように沸き立つ。
審判役の男性が手を高く突き上げると、武道所内の熱気に負けない様な大声で試合開始の合図を告げる。
「はじめっ!!」




