疑惑の騎士
「やあ、ロイ。おかえりなさい」
宿舎へ戻ると、いつもと同じ調子のセシルが出迎えてくれた。
「ん? どうしたのですか。そんなところで立ってないで、入ったらどうですか?」
「あ、ああ……」
ロイは生返事を返すと、部屋に入ってベッドに腰を下ろす。
「…………」
無言のままセシルを見やると、彼は思い鎧を慣れた手つきで次々と外していく。
その様子は、一朝一夕で見につくものではなく、普段から鍛錬を怠っていない証拠ともいえた。
だが、今、ロイの頭の中にはある疑惑が渦巻いている。
今日のセシルの試合、一見すると対戦相手であるリアの無謀な特攻が原因で負けたように見えるが、ロイはその展開に疑問を持っていた。
予選を勝ち抜き、本戦まで進むような人間が、あんな無謀な戦いをするはずがない。しかもリアは、一回戦をその類まれな忍耐力を駆使して勝ってきたのだから尚更だ。
あの試合には、ロイの知らない何かがある。
武道場では口にしなかったが、ロイの脳裏にはある可能性が浮かんでいた。
「やお…………う……」
「え? ロイ、何か言いましたか?」
「あ、いや……何でもない」
いつの間にか声に出ていたようだ。
「フフフ、変なロイですね」
セシルは穏やかな笑みを浮かべると、タオルを手にして部屋の出口へと向かう。
「……何処に行くんだ?」
「何処ってお風呂ですよ。試合で汗をかいたので、早く流したいのです」
「あ、ああ……そうだな」
「ええ、では失礼します」
セシルは丁寧に頭を下げると、部屋を後にしようとする。
その背中に、
「セシル!」
ロイは思わず声をかけてセシルの足を止めさせる。
そのまま出て行ってしまうかと思われたが、セシルは律儀にも足を止めてロイを見やる。
「はい、何ですか?」
「あっ……」
その純粋な眼差しに、ロイは思わずなんと声をかけていいか逡巡するが、
「その……おめでとう。今日の試合、セシルが勝ったのにまだ言ってなかったからさ」
どうにか言葉を搾り出し、そう告げた。
思わぬ言葉に、セシルは一瞬面食らったような顔になるが、
「はい、ありがとうございます。次もどうにか勝てるように頑張ります」
丁寧に頭を下げてロイにお礼を言うと、そのまま部屋を出て行った。
セシルが出て行った後、ロイはベッドの上で先程のセシルとのやり取りを思い返していた。
セシルの様子は、いつも通りで何も疚しいところは見受けられなかった。
つい先程、武道場近くで素性の知れない相手と、人目を忍ぶように会っていた人物と同一だとは思えなかった。
もし、自分にエーデルと同じぐらいの人を見抜く能力があれば、こんなにもやもやとした気持ちを抱えずに済んだのだろうか。
こんな気持ちを抱えたままでは、明日の試合に支障が出てしまう。
「よしっ!」
ロイは気合を入れるために声を出すと、勢いよく立ち上がる。
わからないことは、聞けばいいのだ。
セシルは風呂に行くと言っていた。そこならば逃げ場はないし、生まれたままの姿の方が、色々と話しやすいだろう。
「そうだな。それがいい」
ロイは手早く風呂に行く準備を整えると、そそくさとセシルの後を追って部屋を出て行った。




