黒い影
「思ったより早く勝負がついたな」
今日の試合が全て終わり、観客たちが引き上げるのを横目に見ながら、ロイが肩の力を抜きながら試合の感想を言う。
「リアって人は、どうしてあそこでセシルに仕掛けたのかな? どう考えても、あのタイミングでの仕掛けは悪手だったのに……」
「さあね? 観客のヤジに耐えられなかったんじゃない?」
ロイの独り言に、エーデルが長い爪を磨きながら適当に相槌を打つ。
「ほら、退屈な試合だったから、応援よりもヤジの方が多かったじゃない。あのリアって奴、神経質そうな顔してたから、周りの声に一々反応しちゃったのね」
「う~ん、でも一世一代の勝負にそんな真似するかな?」
「ロイみたいな大物なら気にしないかもだけど、器の小さい奴ほど、周りからの評価を気にするものよ」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ」
「う~ん」
エーデルにそこまでハッキリと断じられては、ロイとしては反論の余地はなかった。
「そんなことより、今日はどうするの? また、キリンの部屋に押しかけてご飯でもご馳走してくれるのかしら?」
「あっ、ボクもその意見に賛成。あのお手伝いさんのご飯、とっても美味しいんだよね」
エーデルの提案に、リリィも目を輝かせながらロイに迫る。
しかし、ロイは申し訳なさそうに眉を下げなら話し出す。
「……悪いけど、二人とも今日のところは勘弁してくれないかな?」
「えっ? どうして?」
「俺もキリンも、明日は試合なんだよ。だから、昨日みたいに夜遅くまで騒がれると、迷惑なんだよ」
「……あ~」
「うっ……それは」
思い当たる節があるのか、二人は気まずげに視線を逸らす。
目を合わせようとしない二人に、ロイは肩を竦めてみせると、
「というわけだから、今日は早めに休ませてもらうよ」
そう言って席を立つと、二人の肩を軽く叩いてその場を後にした。
明日に備えて、今日は早めに寝てしまおう。
そう決めたロイは、早足で宿舎へと移動を開始する。
その途中で、試合を終えたセシルの姿を見つけ、ロイは声をかけようとする。
「おっ、セシ……ル」
しかし、その声が徐々に小さくなっていく。
セシルは、誰かと会話をしているようだった。
それを見たロイは、思わず近くの物陰に身を隠した。
セシルの相手が出場選手の誰かだったら、ロイはきっと素直に話しかけに行っただろう。
しかし、それは顔を頭巾で隠した全身黒ずくめの猫背の人物だった。
男か女かも判断付かぬ人物と、人目を気にするように話し込むセシルを見て、ロイはどうしたものかと考える。
(もしかして、知り合い……なのか?)
その可能性もあるかもしれないが、だったら堂々と話せばいいはずだ。
「あ……」
ロイが出て行くこともできず、逡巡していると二人に動きがある。
セシルが何か……おそらく金と思われるものを黒ずくめの人物に渡したのだ。
黒ずくめの人物は、サッと金の勘定をすると、セシルの肩を叩いて移動を始める。
その速さは、一般人のそれとは明らかに違う、正に目にもとまらぬ速さで消えるように去っていった。
セシルは、黒ずくめの人物が消えていった方角を暫く眺めていたが、かぶりを振ると、急ぎ足で宿舎である城内に向けて消えていった。
「…………セシル。まさか、君が……」
ロイはどうすることもできず、セシルの姿が完全に見えなくなるまで、その場から一歩も動けずにいた。




