涙のチャラ男
早めに行動したのがよかったのか、ビーチに併設されたレストランは、それなりに混雑していたが、待たずに席を確保することが出来た。
「お待たせしました!」
「こ、これは……」
「す、凄いね」
目の前に次々と並べられていく料理の数々を見て、ロイとリリィは驚きに目を見開く。
店のお勧めだという近海で取れた魚介のボイル焼きフルセットと、それを包んで食べる小麦を焼いた生地、付け合わせの野菜と店のソース全種類をオーダーした。
その数たるや、軽く五十種類はあろうか。次々と運ばれてくる皿によって机の上にはうず高い山が出来上がり、汚れない為に敷かれたテーブルクロスの一片すらも見えないほどだった。
周りの客たちも、突如として始まったパーティーのような有様を見て、何事かとロイたちの机に注目していた。
「さて、それじゃあいただきましょうか」
周りからの奇異の目には目もくれず、エーデルは手を合わせて軽くお祈りをすると、小麦の生地を一枚取り、カニ、エビをいくつかの香草と、いかにも辛そうな真っ赤なソースをふんだんに塗りたくってまとめて包むと、上品に口を開けて軽く頬張る。
「うん、美味しいわ。ほら、ロイも食べてみてよ」
「ああ、リリィ、俺たちもいただこう」
「う、うん……何処から手を付けていいか迷っちゃうけどね」
料理の数の多さに圧倒されていたロイとリリィの二人も、意を決して思い思いの食材を包み、ソースをつけて頬張る。
「うん、美味い。この赤いのはかなり辛いが、病みつきになる辛さだな」
「こっちの黄色いのは甘いけど、それがお魚と凄いマッチしてて全然嫌にならないよ。これならいくらでも食べられちゃうかも」
出された料理の確かな品質を確認したロイたちは、そこからは一言も喋らずに料理を一心不乱に貪るように食べた。
出された料理は、軽く十人分はあったはずだが、それだけの料理がロイたちの胃袋に消えるのにそう長い時間はかからなかった。
「…………本当に食べきっちゃった」
早々にリタイアしたリリィは、すっかり綺麗になった机の上を見て、冷や汗を流した。
「はぁ……こんなに食べたの久しぶりだな」
膨れた腹を擦りながら、ロイが満足げに呟く。
「そうね。満腹になるまで食べるのは、それなりに豊かな国じゃないとたくさん食べるの憚れちゃうものね」
「さっきの砂浜もそうだけど、この国は随分と平和なんだな」
「そりゃそうでしょう」
ロイからの疑問に、エーデルが手でフォークを弄びながら答える。
「この国の王は、武王と呼ばれるほどの豪傑で知られているわ。そんな人物に歯向かうような輩は中々現れないでしょうから、王が善政を敷いている限りは情勢も安定しているんでしょうね」
「ふ~ん、この国の王様は、相当おっかない人なんだな」
きっとガトーショコラ王は、全身毛むくじゃらで、丸太のように太い手足を持つ二メートルは優に超える巨漢なんだろうな。と、ロイが適当な妄想を膨らませていると、
「……さっきはよくもやってくれたな」
酷く憔悴したような、覇気のない声で話しかけてくる者が現れた。
声に反応して顔を向けると、そこには全身が小麦色に日焼けした、いかにも尻軽といった感じの男がロイたちを睨んでいた。
男は割れたグラサンをロイたちに突き付けながら、涙を流しながら叫ぶ。
「見ろよ! 銀貨二十枚で買った大事なグラサンがたった一時間でおしゃかになっちまったんだ。俺はただエーデルちゃんに久しぶりだね。って話しかけようとしただけなのにさ。どうしていきなり魔法をぶちかまされなきゃならないのさ」
「えっ? あっ……と。エーデル?」
男の悲痛な叫びに、ロイは食後のお茶を楽しんでいるエーデルに話しかける。
「この人ってエーデルの知り合いなの?」
「心外ね。私にこんなクズみたいな知り合いはいないわ」
「…………だそうです」
ロイが男にそう返すと、男は心外だといわんばかりに目を見開く。
「何言ってんだよ。エーデルちゃんが冷たいのは相変わらずだけど、まさかロイまで俺のことを忘れちまったのか?」
「えっ?」
男からのまさかの言葉に、ロイは改めて男をまじまじと見やる。
小麦色の肌に金色の髪を撫でつけ、全身に金色のアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けた、どう見てもロイとは縁がなさそうな男だが、カラフルな水着一枚という格好なので、嫌でも見える肢体はかなり鍛えているのか、無駄な脂肪は一切ついておらず、肉食獣を思わせる切れ長の目は、かなりの修羅場をくぐり抜けてきたようなギラついた目をしていた。
野性的な男の雰囲気に、ロイの記憶に少しだけ引っかかるような何かがあったが、それでもこれといった結論には至らず、ロイは降参とばかりにもろ手を上げる。
「ごめん、少なくとも俺の記憶の中に、あなたみたいな知り合いはいないよ」
「おいっ、一緒に竜王討伐をしたかつての仲間を忘れるなんて薄情過ぎるだろ!」
男は泣きそうな顔になると、胸に手を当てて自己紹介をする。
「俺だよ! キリンだよ。キリン・サイフウガまさか、忘れちまったのか?」
「えっ、キリンって……あのキリンなのか!?」
そう言うロイの脳裏に、かつての仲間の姿が思い浮かぶ。
ロイの記憶の中にある武道家のキリンは、無影流の黒のシンプルな道着に、真っ黒な坊主頭の特にこれといった特徴のない武骨な男だった。
それが一体、何をどうしたらこのような様変わりをするのだろうか? かつての仲間の余りの変化に、ロイは戸惑いを隠せなかった。




