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とある男の末路

 試合が終わったので、後は宿舎へ戻ってのんびりと休憩しよう。

 そう思ったロイが移動するために武道場内の廊下を歩いていると、


「クソッ、放せっ! 私を誰だと思っている!」


 何やら人の言い争う声が聞こえた。


「な、何だ?」


 ただならぬ気配を察したロイは、声のした方へと駆け出した。


 長い廊下を抜け、選手の控え室となっている広間まで戻ると、声の主の正体が判明する。


「私が八百長を扇動しただと? 言いがかりはやめてもらおうか!」


 声の主は、武道場前でロイに話しかけてきた身なりのいい赤毛の貴族の男性だった。

 男性は、二人の係員に両腕を拘束されていたが、そこから逃れようと必死にもがいていたが、ビクともしないようだった。


「い、痛い! 乱暴はよさないか。貴様、私が評議会の人間と知っての狼藉か!」

「ほう、お前は評議会の人間なのか?」


 男性が喚いていると、地の底から響く様な野太い声が聞こえた。


「――っ!?」


 瞬間、控え室の空気が二度は下がったような寒気を感じ、ロイは思わず身震いをする。


「少なくとも儂の知る限り、お前のような奴は評議会にはいなかったはずだがな?」

「お前は……い、いや、あなた様は……」


 声の主の顔を見た男性の顔がみるみる青ざめていく。

 鋼のように極限まで鍛えられた体躯に、隠す者は腰布一枚という他の国で見かけたら、まず間違いなく通報されてしまうが、この国においては咎める者はおらず、むしろ羨望の眼差しをもって迎えられる人物、ガトーショコラ王だった。


「それで、この王ですら知らぬお前は一体何者だ?」

「あっ、い、いえ……その……」

「大方、それなりの格好をすれば、下々の者を簡単に騙せると思ったのだろうが、生憎と我は全ての評議員の顔と名前を覚えているぞ」


 ガトーショコラ王は、二カッと白い歯を見せて笑うと、男性の頭に手を乗せる。


「それで、お前は一体何者だ? ここで何をしていた?」

「ヒッ、ヒイィィ、すみません。私はただのしがない一般市民です。ただ、ちょっとお金欲しさに勇者様に八百長話をもちかけただけです!!」


 ガトーショコラ王の迫力に圧され、男性はベラベラと自分の悪事を話し始める。


「オッズが圧倒的過ぎてつまらなかったから、逆にチャンスだと思ったんです。誰も賭けない実直勇者が一回戦で負けるようなことがあれば……」

「自分一人だけが、ぼろ儲けできる、と?」


 ガトーショコラ王が睨むと、男性は拘束を振りほどき、頭を地面に擦りつけながら謝り出す。


「ヒ、ヒイィィ、申し訳ありません! つい、ほんの出来心だったんです」

「ハッ、そんなわけないだろう! 言えっ、誰の差し金だ?」

「は、はひっ、そ、そそ、それが知らないんです!」


 男性は、ガトーショコラ王の迫力にガタガタを震え、滂沱の涙を流しながら話す。


「昨日、フードを被った全身黒ずくめの男が現れて、金を稼がせてやると言われてこの衣装と前金を渡されたんです。ちょうど金に困っていたし、勇者は人がいいから簡単に騙せると言われて……でも、そいつの顔は見ていないんです。見たら殺されるような殺気を放っていたから……だから」

「あ~、もういい。これ以上の話は牢屋で聞く……おいっ!」


 ガトーショコラ王が顎で指示を出すと、係員が男性を引き連れて何処かへ消えて行った。


 男性の姿が見えなくなるまで見送ったロイは、ガトーショコラ王に質問する。


「あの……あの人はこれからどうなるのですか?」

「あやつはこれから牢屋で尋問を受け、司法局からの裁定を受けることとなる。まあ、初犯であれば、そこまで思い罪に問われることはないだろう」

「そうですか。それはよかったです」


 男性が余り思い罪に問われないと聞いて、ロイは胸を撫で下ろす。

 結果論だが、何も得られなかった挙句、処刑とかされてしまったら寝覚めが悪くなるところだった。

 すると、


「……すまなかったな」

「えっ?」


 ガトーショコラ王からの突然の謝罪の言葉に、ロイは目を白黒させる。

 口を開けたまま固まるロイに、ガトーショコラ王が呆れたように話しかける。


「おいおい、しっかりしてくれよ。こいつはお前さんの問題だろう?」

「えっ? ええっ?」

「あいつはお前さんにわざと負けるように指示しただろう? まるで、負けることが正義に繋がるとか何とか言って……違うか?」

「あっ、はい……そういえば、そんなこと言われました……ね」


 ライジェルとの一件ですっきりしていたので、ロイはそのことをすっかり失念していた。

 覚えていたのは、相手がわざと負けるかもしれない、その一点のみだった。

 そのことをロイが告げると、ガトーショコラ王は大口を開けて豪快に笑い出す。


「そうか、お前さんに取って、そのような些末なこと、気にするまでもないとな」

「あっ、いえ。実は試合前にライジェルさんが俺を激励に来てくれたんです」

「ほう、あのライジェルがのう……」


 ライジェルの名前を聞いて、ガトーショコラ王は何やら思案顔になる。


「…………」


 気まずい空気に、ロイは状況を打破しようと、どうにか言葉を捜して話しかける。


「あ、あの……ライジェルさんがどうかしたのですか?」

「あ? ああ、すまない。少し考えごとをしてしまった。何、奴がわざわざ激励にくるのが珍しくて、一体どういう風の吹き回しかと思っていたところじゃ」

「そうなんですか?」

「うむ。まあ、そういう気まぐれもたまにはあるじゃろう。きっと、勇者であるお前さんに会っておきたかったというのが大方の理由じゃろう」


 ガトーショコラ王は勝手にそう結論付けると、またしても気難しい顔になる。

 流石に様子がおかしいと思ったロイは、その理由を尋ねてみる。


「あの、何かあったのですか?」

「あ、ああ、すまない。またしても手掛かりはなし、と思ってな」

「手掛かり……ですか?」

「ああ、お前さんが巻き込まれそうになった八百長問題は、ここ数年の武闘覇王祭における最大の問題なのじゃ」


 最初は些細な問題と軽視していたようだが、オッズが高くなる勝負ほど八百長が起こり、時にはあからさまな結果に観客たちが暴動を起こしかけたこともあったという。


「こちらも調査をしているのだが、犯人は余程周到な奴なのか。全く尻尾を掴ませないのじゃ」


 どうやら真犯人は、何も知らない人間を操って勝敗を操作し、自分は表には出ない裏の賭場で金を稼いでいるらしく、八百長を捜査している人間を捕まえても言われたことをしただけと言われ、犯人に繋がる情報は得られないという。


「だから儂等にできることは、選手に八百長をしないように呼びかけ、怪しい奴を捕まえることなのじゃが……どうしても後手に回らざるしかなく、実質、連中のやりたい放題なのじゃ」


 忸怩たる思いがあるのだろう。ガトーショコラ王は悔し気に歯噛みしていた。


「……っと、すまぬ。今のお前さんには関係のない話だったな」

「いえ……」

「とにかく、儂等はお前さんたちが全力で戦えるよう、やれることだけはやる。だから、お前さんも余計な風聞には惑わされず、どうか全力を尽くしてほしい」

「ええ、もちろんです!」


 ガトーショコラ王の言葉に、ロイは力強く頷いた。

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