電光石火
ロイが武道場内に姿を見せると同時に、歓声が爆発的に大きくなる。
「お聞き下さいこの歓声を! これぞまさしく、世界を救った勇者を称える人々の喜びの声です!」
武道場内の熱気に負けないように、実況のマシューも叫ぶようにアナウンスする。
「今さら語るまでもないかもしれませんが、西のゲートから登場したのは、世界を救った救世の勇者、実直勇者と言った方が皆様にはなじみがあるかもしれませんね。その実直勇者、ロイ・オネット選手の登場です!」
「…………」
予想を遥かに上回る歓迎ぶりに、ロイはどう応えたらいいのかわからず、赤面して俯いてしまう。
しかし、そんな初々しいロイの姿に、観客たちはさらにヒートアップして歓声を送る。
「……ううっ、そんなに見つめないでくれ」
ロイは舞台に上がるまで、終始、恥ずかしそうに俯いたままだった。
しかし、一歩舞台の上に立つと、スイッチが入るように恥ずかしさなど何処かにいってしまう。
目の前には、セシルと同じようなフルプレートに身を包んだ重装歩兵がい
た。
緊張しているのか、手にしたハルバードがカタカタと小さく震えている。
果たしてこの緊張が、ロイと対峙したからなのか、八百長試合を演じなければいけないからなのかはわからないが――
(いや、よそう)
今は余計なことは考えずに、目の前の相手を着実に倒すことに注力すべきだ。
ロイはかぶりを振って余計な思考を追い出すと、背中からカイン特性の剣を引き抜き、正眼に構える。
「今回、世界を救った愛用の剣であるデュランダルは、大会規定により使用を禁じられていますが、ガトーショコラ王国中の武器屋が総力をもってロイ選手の武器を用意したと聞いています。ですから皆様、是非ともロイ選手が振るう武器にもご注目ください!」
アナウンサーの言葉に、各所から「おおっ」という歓声が上がる。
ロイの一挙手一投足に一々反応されるので、ロイの対戦相手はその度に居心地悪そうに身じろぎしていた。
一方、ロイには、既にその声は届いていなかった。
極限まで集中力を研ぎ澄ますことにより、ロイの目には、もはや目の前の相手しか映っていなかった。
「そ、それでは第十六試合目、はじめっ!」
ロイが発するただならぬ気配に、審判が焦った様子で試合開始を告げる。
「行くぞっ!」
試合開始の合図と同時に、ロイは地を強く蹴って前へ出る。
相手は全身を鎧で覆っているので、攻撃できる箇所が限られてくる。
鎧の上からでも、ロイが全力で打ち込めば有効打を与えることは可能だが、それでは剣の方がもたない可能性がある。
武器の交換は認められていないので、武器の消耗をいかに抑えるかが、優勝のカギとなるのだ。
ならば、狙うべきは――
ロイは狙いを定めると、手にした剣をくるりと回して逆手に持ちかえると、握る手に力を籠めながら体を捻る。
駆けるスピードは落とさず、技名を発しながら溜めた力を一気に解放する。
「烈風斬!」
ロイが凄まじい速さで目の前の空間を斬ると、その衝撃で生まれた真空波が衝撃となって対戦相手へと襲いかかる。
「う、うおおおおおおおおっ!!」
ロイの先制攻撃に、対戦相手は一瞬、躊躇うような素振りを見せるが、しかし彼も本戦へと出場を決めた猛者の一人。手にしたハルバードを頭上で回して遠心力をつけると、向かってくる衝撃波に向かって真っすぐハルバードを叩きつける。
凄まじい破砕音と共に石畳が砕け、同時に、その衝撃で烈風斬はかき消される。
砕かれた石畳が辺りに飛び散り、対戦相手の鎧にも当たって甲高い金属音を奏でるが、舞い散る破片に臆することなく、ハルバードを真一文字に薙ぎ払って視界を確保する。
そのまま前を見据え、迫りくるロイに対応しようとするが、
「なっ、何処に行った!?」
てっきり正面から攻めてくると思っていたロイの姿がそこにないことに、対戦相手は驚き、慌てて辺りを見渡す。
しかし、舞台上の何処にもロイの姿が見当たらない。
「――っ、上か!?」
唯一と思われる可能性に気付いた対戦相手が顔を上げる。
しかし、
「残念、後ろだよ」
いつの間にか後ろに回っていたロイが、剣を振りかぶった姿勢でそこにいた。
「フッ!」
ロイは小さく息を吐くと、剣を思いっきり振る。
剣は、狙い違わず対戦相手の兜の上、調度こめかみの上にヒットする。
ロイは振り切らず、一定以上の手応えを感じたところで剣を引き、そのまま大きく後ろに跳躍する。
「…………」
こめかみを撃ち抜かれた対戦相手は、しばらくの間呆然と立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと横に傾いたかと思うと、どう、と音を立てて倒れる。
身じろぎ一つしない対戦相手を見て、審判は手を上げると、
「勝者、ロイ・オネット!」
ロイの勝利を声高々に宣言した。
その瞬間、武道場内が一気に沸き立つ。
「け、決着――っ! 実直勇者の一回戦は、電光石火の決着となりました! ここまで勝ち上がってきた相手に何一つ仕事をさせない戦略をもって、圧倒的な強さを見せつけてくれました!」
ロイの華麗な勝利に、興奮したマシューが声の限りに叫ぶ。
「皆さん、ご覧になりましたか? これが世界を救った勇者の実力です。剣をブンと振っただけで、シュバーンっと衝撃波が生み出し、相手の視界を奪った後、背後に回って必要最低限の力で相手の意識を奪うという実にスマートな勝ち方を見せてくれました。正に、歴戦の猛者と呼ぶに相応しい勝ち方でした」
(へ~っ……)
擬音語がやたらと多いが、ロイの戦いを的確に開設するマシューの言葉に、ロイは密かに舌を巻く。
それはつまり、あの戦いの全てが見えていたということだ。
大会のアナウンサーを任されるのだから、もしかしたら彼女もそれなりの実力の持ち主なのかもしれない。
他にも、審判をしている男性や、ここまで案内してくれた係員など、出会う人、誰もがかなりの鍛錬を積んでいるようだった。
救世の旅の時は、素通りするだけだったガトーショコラ王国だが、この国に立ち寄れば、かなり良い経験を積め、強力な仲間を得られたかもしれなかった。
「本当に……この国でも驚かされてばかりだ」
ロイは、改めて自分が色んな国の事情について、何も知らないことを思い知らされる。
でも、今は新しい体験ができることが、知らないことを発見できることが何よりも楽しかった。
それはきっと、これから先も変わらない。
「もう一度旅をすると決めて、本当によかった」
ロイは誰となくひとりごちると、歓声に応えるように客席に向かって手を振った。




