覇者の貫禄
それからロイは、自分の出番が回ってくるまで呆然と過ごしていた。
男性との約束をどうしたらいいか迷っていたのだ。
こんな気持ちになるぐらいなら、エーデルの忠告通り、男性が現れた時点で適当にあしらい、話なんて聞かなければよかったと思う。
ただ、相手が負けるとわかって挑んでくる以上、どのように対応したらいいかわからなかった。
「はぁ……」
もう何度目になるかわからない溜息を吐くと同時に、係の者が現れ、ロイに声をかけてくる。
「勇者ロイ様、出番ですのでそろそろお願いします」
「はぁ……」
名前を呼ばれたロイは溜息で返事すると、のそりと立ち上がって係員の後に続いて歩き出す。このままではマズイとわかっているのだが、男性の話が気になり、どうしても集中できない。
そのままロイが鬱屈とした気持ちで歩いていると、
「ロイ君」
突如として誰かに声をかけられた。
お腹に響く張りのあるバリトンボイスに、ロイは眠りから目が覚めたように背筋を伸ばし、声のした方に目を向ける。
そこには、ロイを見下ろすように立つ偉丈夫がいた。
無駄なぜい肉など一切ついていない、洗練された逞しい体躯、炎のように燃える逆立った赤毛。そして、野性味溢れる鋭い眼光を持つ青年は、微笑を浮かべると手を上げてロイに話しかけてくる。
「やあ、君がロイ君だね」
「えっ? あ、あなたは?」
「そういえば、会うのは初めてだね。俺はライジェル・エレロ。この国の騎士団長で、今現在この大会のチャンピオンだよ。よろしく」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
ロイはライジェルが差し出してきた手を握り返しながら挨拶をする。
握ったライジェルの手は、普段から相当鍛えているのだろう。手の皮はまるで皮の鎧のように厚く、いくつものたこができていた。
「ふむ、良い手だ」
ロイがライジェルの手について考察していると、どうやらライジェルも同じことを考えていたようだ。
「毎日剣を振り続けなければ、このような手にはならない。救世の旅が終わった後も、鍛錬を欠かさず行っていたようだね」
「そうですね。習慣で剣を振らない日があると、落ち着かないんですよね」
「ハハハ、それはよくわかるな」
思うところは同じなのか、ロイとライジェルは顔を見合わせると、揃って苦笑する。
「さて、随分と引き留めてしまったね」
係員がロイたちをハラハラと見ているのに気付いたライジェルが笑いながら話す。
「今回、ロイ君に話しかけたのは、単純に挨拶をしたかっただけなんだ」
「はあ……」
「すまなかったな。この大会は強さこそ全てだ。有名人には色々な雑音が入ってくるやも知れないが、圧倒的な強さを持って当たれば、そんな雑音など軽々と吹き飛ばせることを伝えたかったんだ」
「そう……ですね」
白い歯をみせて、意外にも子供っぽい笑みを浮かべるライジェルを見て、ロイは自分の胸につっかえていたものが晴れていくような気がした。
そうだ。別に全員が八百長に加担しているとは限らないのだ。勝ち進めていけば、いつかロイが望むような全力での勝負ができるはずなのだ。
もしかしたらライジェルは、ロイが貴族の男に絡まれているのを見て、何か余計なことを吹き込まれたのを察し、励ますために声をかけてくれたのかもしれない。
いや、間違いなくそうだろう。
ロイはライジェルに心の中で感謝の言葉を口にしながら力強く頷くと、同じように白い歯をみせて笑う。
「わかりました。何処までできるかわかりませんが、全力を尽くしますよ」
「ハッハッハ、そんな気概ではいかんぞ。全ての敵を叩き潰すくらいの勢いでいかないと、思わぬ相手に足元をすくわれかねないぞ」
ライジェルは豪快に笑うと、ロイの背中を乱暴に叩いて送り出してくれた。




