不穏な空気
「第七試合、はじめっ!」
試合開始の合図を告げられると、舞台上の二人が同時に動き出す。
セシルの対戦相手は、セシルと比べると明らかに見劣りするものの、いかにも真面目そうな顔つきのテイラーという名の若者だった。
皮の鎧を身に着けた、いかにも冒険者然としたテイラーは、長剣を手に正面からセシルへと挑む。
「はああああぁっ! やあっ! せいやぁっ!!」
「――ふっ!?」
真正面から攻撃を繰り出してくるテイラーに対し、セシルは手にした長槍を器用に使って次々と捌いていく。
セシルが全く危なげなく、次々と華麗にテイラーの攻撃を捌き続ける度に、女性たちの黄色い歓声が武道場内に響く。
その歓声に応えるように、攻撃の速度を上げるテイラーの攻撃をセシルは捌き続ける。
「クソッ、こうなったら……」
全く成果の上がらない攻撃に、焦りを覚えたテイラーが体勢を立て直すために下がろうとする。
しかし、
「逃がしません!」
テイラーの攻撃が止むと同時に、セシルは短く持っていた長槍を、長さを最大限活かせる片手持ちに変え、逃げるテイラーに鋭い突きを放つ。
「がはっ!」
刃の方ではなく石突の方で繰り出されたセシルの攻撃は、見事にテイラーの腹部を捉え、彼の体を三メートルは吹き飛ばす。
碌に受け身も取れず、背中から地面に墜落したテイラーは、意識を失ったのか、身動き一つしなかった。
審判がかけより、テイラーの意識を確認すると、
「勝者、セシル・マグノリア!」
手を上げて、セシルの勝利を宣言した。
次の瞬間、女性たちのボルテージがマックスに達したようで、今までで一番の黄色い歓声が響き渡った。
「さて、そろそろ行かないと……」
セシルの試合が終わると同時に、ロイは席を立って移動を始める。
まだ時間に余裕はあるが、そろそろ試合の為の準備を始めようと思ったのだ。
「え~、もう行っちゃうの?」
「ああ、試合に入る前に少し体を動かしておきたいんだ。誰が相手であっても万全の状態で挑みたいからな」
「もう、ロイは相変わらず真面目なんだから……でもそういうところが好き」
「はいはい、俺も仲間としてエーデルが好きだよ」
名残惜しそうな顔をしているエーデルたちに別れを告げ、一度武道場の外へと出ると、外周を回って選手専用の入り口へと回る。
その途中、
「すみません、ちょっとよろしいですか?」
何者かに声をかけられた。
「ロイ様、少しだけお話してもよろしいでしょうか?」
その人物は、先程エーデルによって冷たくあしらわれた身なりのいい赤毛の男性だった。
「…………何ですか?」
エーデルから注意を受けていたロイは、男の登場に警戒心を露わにする。
明らかに警戒するロイを見て、男性は敵対心がないことを証明するために、手の平を見せながら話し出す。
「そんなに警戒しないでください。私はただ、勇者様に忠告があってきたのです」
「……忠告?」
話が思わぬ方向に進み、ロイはどうしたものかと戸惑う。
躊躇するロイを見て、好機と思った男性が捲し立てる。
「実は、この武闘覇王祭には、長年巣食っている闇があるのです」
「闇?」
「そうです。それを勇者様にお伝えしたくてきました」
そう前置きすると、男性は武闘覇王祭に巣食うという闇について話し始める。
世界が平和になり、竜王討伐者を育成するために開かれていた武闘覇王祭は、その様相を変え、戦士たちの腕自慢の場になった。
そうして武闘覇王祭が従来より娯楽性を増したこともあり、これまで大会でタブーとされていた試合での賭け事も許されるようになった。
「この賭け事が解禁されるようになってから、武闘覇王祭は変わってしまいました」
元々、裕福な人間が多く、観光地としても有名だったガトーショコラ王国なだけに、一回の試合で賭けられる金額は相当なもので、高額な配当金目当てに様々なイカサマが横行するようになる。
「その最たるものが、試合での八百長です」
「八百長?」
「はい、試合をする選手同士が、真剣勝負をしているように見せかけ、その実、戦う前から決められた勝敗通りに演技することです」
「……そんなことして、何の意味が?」
「簡単な話です。武闘覇王祭では、上位に入賞しないと賞金が手に入らないからです。しかし、それは非常に狭き門。そこまで到達できない彼等がお金を得る方法として、八百長という手段があるのです」
他にも、大会を盛り上げるために、特定の選手……つまりは人気のある選手が勝ち進むように、人気のない選手に金を渡して勝ちを譲るようにすることもあるらしい。
「私の見立てでは、今回はロイ様と、先程戦ったセシル様の対戦相手が、意図的に負けるように指示されると思うのです。いや、これはもう決定事項と言っても差し支えありません」
「なん……だって」
男性の言葉に、ロイは衝撃を受ける。
それはつまり、これからロイと戦う相手は、最初から負けるつもりで戦うかもしれないということだ。
この大会に並々ならぬ思いで挑もうとしていたロイにとって、その事実は受け入れがたいものだった。
これから大会に挑むにあたって、どのようにモチベーションを保てばいいのだろうか。
愕然とするロイに、男性からある提案をされる。
「……こんなことを勇者様にお願いするのは、大変恐縮なのですが、次の試合、負けてもらえないでしょうか?」
「えっ?」
「私はこの悪しき習慣をどうにかしたいと思っているのです。その為には、何か大きな変化が……賭けを行っている胴元が大きく損害を出す必要があるのです」
「……そのために、俺に八百長をしろというのか?」
「はい、そうです。これは革命なのです。武闘覇王祭を正しき姿に戻すためにもどうかご協力をお願い致します」
貴族の男は、そう一方的に告げると「お願いしますね」と言って立ち去って行ってしまった。
そんな男の背中を、ロイはただ見ていることだけしかできなかった。




