変わらない二人
舞台の修繕が終わり、試合が開始されると、武道場は再び熱気に包まれる。
一試合の平均時間はおよそ十分~三十分で、開始から五分以内に決着がついたキリンの試合は、やはりそれなりに実力の差があったといえるようだった。
「あ~、もう。飽きた~、たいくつ~」
昼休憩を挟み、第六試合目が終わると同時に、エーデルが足をバタバタさせながらロイの膝に頭を乗せてくる。
「私はこんな戦いに興味ないの。それよりお腹が空いたから、ご飯食べに行かない?」
「こ、こら、エーデル!」
大きな声で不満を口にするエーデルに、周りの観客たちの冷たい視線がグサグサと突き刺さる。
しかし、そんな視線など全く意に介すことなくエーデルはロイにもたれかかりながら甘い声で囁く。
「ねえ、城の外にとっておきのケーキを用意してくれるお店を見つけたの。そろそろおやつの時間だし、よかったら今から行かない?」
「エーデル、悪いけど、俺は途中で抜け出すつもりはないよ。それに……」
ロイはエーデルを無理矢理引きはがすと、試合を最後まで見るつもりである旨と、この大会が終わるまでは、城の敷地内から出ることができない旨を伝えた。
「え~、それじゃあ、今日も明日もロイとご飯も食べられなければ、一緒にお風呂入ったり、暖かいベッドで一緒に寝たりできないの?」
「……一緒に風呂も入らないし、ベッドで寝ることも先ずないが、ご飯ぐらいなら何処かで一緒にたべられるだろう。だから、そこまで嫌な顔をしなくてもいいだろう?」
「そうですよ。大体、ロイが帰って来たとしても、そんなことボクが絶対にさせませんからね?」
ロイとリリィの二人からの言葉に、エーデルは口を尖らせる。
「ぶ~、そういうんじゃないのに。私はロイが一人でちゃんとやっていけるかどうか不安なだけなの。食事もそうだけど、寝る前にちゃんと歯磨きしているか、とか、夜寝るときにお腹冷やしていないか、とかね」
「…………俺はエーデルの子供かよ」
「違うわよ。ロイは私の理想の旦那様よ」
「……勘弁してくれ」
ロイは顔を覆うと、がっくりと肩を落とす。
「いよいよ始まります第七試合は、注目選手のセシル・マグノリアの登場です」
「あっ……そうだ」
次の試合を告げられるアナウンスを聞いて、ロイは勢いよく顔を上げると、しつこく絡んでくるエーデルを制止するように話しかける。
「俺の部屋、同居人がいるんだけど、その人がこのセシルって凄いしっかりした奴なんだ。だから、エーデルが心配する必要なんて何もないって」
「ふ~ん、そうなんだ」
すると、エーデルは何故か三白眼となってロイを睨む。
「ところで、そのセシルって……男?」
「あっ、それボクも気になる」
「な、何だよ」
女性二人に突然詰め寄られ、ロイは思わず一歩身を引く。
「言うまでもなく、男に決まってるだろう。少なくとも今回の出場者の中に女は一人もいなかったはずだぜ」
「そう、なら……」
「安心ですね」
セシルが男と分かった途端、エーデルとリリィは何事もなかったかのようにあっさりと引き下がる。
「…………ったく、おっ?」
二人の態度に、ロイは釈然としない気持ちになるが、突如として大きな歓声が武道場内に響き渡ったので、舞台へと目を向ける。
すると、丁度、フルプレートに身を包み、身の丈より長い長槍を携えたセシルが舞台に上がるのが見えた。
セシルが歓声に応えるように手を振ると、武道場内に歓声が更に大きくなる。
その声の大半は、若い女性のようだった。
「お聞き下さい。この割れんばかりの歓声、その全てがセシル・マグノリア選手に向けられた歓声です。それもそのはず、見てください彼の容姿を。流麗な金の髪に、陶器のように滑らかな肌、そして女性たちを一様に虜にする甘いマスク。彼に笑いかけられたら、筋肉ラブのこの私ですら恋に落ちてしまうかもしれません……あっ、いや、でも筋肉の方がまだ上ですね」
マシューの興が乗った説明に、男性陣の間からも笑い声があがる。
その見事なアナウンスのお蔭で、集まった男性客の間に広がりつつあった不穏な空気が一掃された。
一方、セシルの姿を見たエーデルとリリィの二人は、ロイの同居人について吟味していた。
「ふ~ん、あいつがロイの同居人なんだ」
「け、結構、カッコイイ人ですね」
「あら、だったらロイから鞍替えしたらどうかしら? まず振り向いてくれないと思うけど、応援してあげるわよ」
「い・や・で・す。そういうエーデルさんこそ、いい加減にロイ離れをしたらどうですか? あの人ならエーデルさんと並んでも見劣りしないと思いますよ」
「ぐぬぬぬ、口の減らない小娘ね……」
「べーッ、それはこっちの台詞ですよ」
「……二人とも、そんなことより試合がはじまるぞ」
自分の目の前で睨み合う二人を押しのけて、ロイが舞台へと視線を向ける。




