お怒りの魔法使い
「ふぅ……いい鍛錬だったな」
心ゆくまで泳いだロイは、顔に張り付いた髪をかき上げながら爽やかに笑う。
「はぁ……はぁ……ロイってば…………早過ぎ」
そのすぐ後ろから、息も絶え絶えといった様子のリリィが海から上がってくる。
「はぁ……素早さには少し自信があったのだけど、完敗だったな」
「そうでもないよ。実はリリィがぴったりとついてくるから、引き離そうと必死になって泳いでいたんだよ」
「え~、何それ。酷いよ」
「ハハハ、ごめんごめん。でも、いい鍛錬になったろ?」
「ぶ~、それはそうだけどさ……」
可愛らしく頬を膨らませて怒るリリィに、ロイは微苦笑を浮かべて提案する。
「まあまあ、それよりお腹減ったろ? 美味しいものを腹いっぱい奢るから機嫌直してくれよな?」
「もう、女の子相手にそういう取り成し方ってどうかと思うよ……でも、確かにお腹空いたからお願いしよっかな」
「任せてくれ」
実際は、何処に美味しいものがあるかはわからなかったが、適当に探せば何か見つかるだろう。そう安易に考えたロイは、財布の紐を握っているエーデルの下へと足を向けた。
「………………何だ、あれ?」
エーデルの下へと戻ると、彼女の周りに黒焦げとなった男たちの死屍累々とした姿が見受けられた。
一体、何があったのだろうか。とりあえず、全員の息があるのを確認したロイは、周りの惨状など目もくれずに、黙々と本を読み続けているエーデルへと声をかける。
「……エーデル?」
「ん、ロイ。どうしたの?」
ロイが声をかけると、顔を上げたエーデルが何事もなかったかのように話しかけてくる。
「ひょっとしてお腹空いたの? だったら、近くに売店があったみたいだからそっちに行きましょう」
「え? あ、ああ、それはいいんだけど……この人たちは?」
「さあ? この暑さでやられたんじゃないかしら? 困るのよね。倒れるなら誰も見ていないところで倒れてくれればいいのにね」
エーデルはお尻についた砂をパンパンと払いながら立ち上がると、流れるような仕草でロイの腕に自分の腕を絡ませる。
「さあ、行きましょう。そろそろお昼時だから早く行かないと、お店が混雑しちゃうわ」
「え? あ、いや……でも、怪我人の治療をしないと」
「い・や。二人はいいわよね~。さっきまで散々好き放題遊んできたんだから。残された私は、静かに読書がしたいのに、周りのゴミ共がそれをさせてくれないの。わかる? 私は今、とっても怒っているの。のけ者された鬱憤を晴らす為に、一刻も早くご飯を食べたいの。二人ともい・い・わ・ね?」
「あっ、はい……」
(…………コクコク)
有無を言わさないエーデルの迫力に、気圧されたロイは頷くことしか出来なかった。更にリリィに関しては、涙ぐみながら壊れた人形のようにカクカクと頷いていた。
その様子を見て、エーデルは満足そうに頷くと、ロイを引きずるようにして歩きはじめる。
すると、
「ちょ、ちょっと待った……」
黒焦げになっている男たちの一人が立ち上がろうとする。
「お、俺の話を……」
しかし、
「聞いて……あふん」
何かを喋ろうとする前に、突如として男の体が巨大な何かがぶつかったかのように吹き飛んでいった。
どうやらエーデルが風の魔法を唱えて男を吹き飛ばしたようだった。
エーデルのことだからまさか殺していないだろう思うが、余りの容赦のなさに、ロイは背中に冷たいものが走るのを感じた。
「あ、あの……エーデルさん?」
「何も見なかった。い・い・わ・ね?」
「あっ、はい」
これ以上、エーデルの機嫌を損ねたら死者が出るかもしれないと察したロイは、先ほどの男に悪いと思いながらも、見捨てることにした。