勇者の保護者
朝食を食べ終えると、係の者が現れて今後の予定について説明してくれた。
今日から始まる武道大会の本戦は、決勝まで一週間の時間をかけて行われ、初日は試合数が多いこともあり、ロイたちは一試合だけ出場すればいいという。
試合の順番は、キリンが第一試合で、セシルはお昼過ぎの第七試合、そして、勇者であるロイはメインとなる最終十六試合目の登場となる。
翌日は、残った三十二人による一回戦が行われるので、ロイたちは休みとなる。
その後も、出場選手が万全の状態で試合に臨めるように、スケジュールにはかなり余裕があるので、体調管理だけは怠らないようにという注意を受けて、係の者は去っていった。
「……まさか、夜まで試合がないとはな」
係の者が去った後、ロイは予想以上に長い時間、待たなければいけないと知って、うんざりとした表情になって机に突っ伏す。
すると、そんなロイに、キリンが気安く肩を叩きながら慰めてくる。
「まあまあ、ここは俺様の華麗な試合を、観客席でエーデルちゃんたちと一緒に見てくれよ。昨日、何も言わずに城で泊まっちゃったから、きっと心配していると思うぜ」
「そう……だな」
その言葉で、ロイはエーデルたちに何も報告していないことを思い出した。
エーデルのことだから、報告をしなかったことをネチネチとしつこく言われそうだが、ここで報告に戻らないと、ロイを追っかけて城内に殴りこんでくる可能性があるので、キリンの言うことはもっともだった。
「仕方ないから、おとなしくエーデルの愚痴を聞いてくるよ」
「ご愁傷さま、骨だけは拾ってやるから死なない程度に頑張れよ」
「…………試合に支障が出ない程度にしてもらうよ」
ロイは諦観したように告げると、肩を落としながら部屋から退出していった。
まるで全財産を失ったギャンブラーのような背中を見て、セシルが冷や汗を流しながら口を開く。
「ロイがあそこまで臆するなんて……エーデルさんとは一体誰なんですか?」
「エーデルちゃん? そうだな、彼女はロイの幼なじみにして、押しかけ女房……そして」
そこまで言ったところで、キリンは口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
「ロイの保護者だな」
「保護者……ですか?」
その回答に、セシルは驚いたように目を見開く。
「そ、それは、その……随分と特殊な関係ですね」
「まあな、はたから見ればエーデルちゃんがロイの尻を追っかけて、それをロイが冷たくあしらっているように見えるが、実際はエーデルちゃんが定期的にロイに構ってやることで、ロイの精神のコントロールをしたり、ロイの立場を利用としようとやって来る奴等を追い返してやったりしてるんだよな。まあ、そんなことを言ったら、エーデルちゃんは全力で否定するだろうけどな」
「精神の、コントロール……どうしてそんなものが必要なのですか?」
「それは、まあ……あれだ。勇者っていうのは、普通に生きるのに不便なことこの上ないんだよ。やれ勇者とは、こうあるべきだ。勇者ならば、こうするべきだ。ってな具合にな。俺様だったら、一日で勇者であることを辞める自信がある。そういう意味では、ロイにはエーデルちゃんみたいな人間が必要なんだよ」
何かを悟ったように肩を竦めて笑うキリンに、セシルは柔らかい笑みを浮かべる。
「……キリンさんも、ロイのことを大切に思っているのですね」
「ハッ、冗談はよしてくれ。俺様が大切にするのは、美人でセクシーか、可愛いらしくて愛嬌のある女の子だけだぜ」
そう言ってキリンが赤くなっている顔を隠すようにそっぽを向くと、セシルは堪らず吹き出すと、声を上げて笑った。




