新たな地へ
キリンとミコトが去って数分の後、今度はガタゴトと音を立てながら馬車がやって来た。
これまで何台も馬車を見送って来たので、この馬車もてっきり素通りすると思われたが、
「ロイ、よかった会えました」
御者台の上から嬉しそうな声で話しかけられた。
聞き覚えのある声にロイが顔を上げると、そこには予想通りの人物がいた。
「セシリア、君も今日、この国を発つのか?」
「ええ、ですからその前にロイと出会えて良かったです。先程宿を訪ねたら、もう出発したと聞いたので、会えないかと思ってました」
「あ~、それは悪かった。実はエーデルが買い物したいからと朝一で宿を出たんだ。それで、俺はここでキリンと会う約束があったから別行動を取っているんだ」
「そうだったんですか。それで、キリンさんは?」
「ああ、あいつならもう旅立ったよ……いや、逃げたという方が正しいかな?」
「逃げる? はあ……」
何だか釈然としない様子だったが、キリンに興味がないからか、セシリアはそれ以上の追求はせず、改めてロイに礼をいう。
「それで、ロイ。今回は本当に何から何までありがとうございました。あなたのお蔭で無事本来の目的も果たせましたし、窮地を救っていただきました。それに……」
「それに?」
まだ何かあったのだろうか? そう思ったロイは、セシリアの隣に誰かがいることに気付く。
「あれ、カイン。どうしたんだ? 君もセシリアと一緒にこの国を出るのか?」
「えっ、あ、ああ……まあな」
セシリアの影に潜むようにいたカインは、ビクッ、と身を強張らせると、バツが悪そうな顔をして口を開く。
「その……彼女から自分の国に来てほしいと懇願されてな。その……僕も目的がなくなったし、鍛冶屋業も元々上手くいってなかったから、これを機に彼女の言葉に甘えさせてもらうのも悪くないかと思ってさ……」
「そうか、新しい地に行っても頑張れよ」
「あ、ああ……ありがとう」
ロイの激励にカインは笑顔で応えるが、その笑顔はどこかぎこちない。
「…………」
そのことに気付いたロイが指摘しようとすると、
「ふ~、ロイ、お待たせ」
フィナンシェ王国で乗った馬車より遥かに大きくて、荷物を満載した馬車がやって来て、セシリアたちの乗る馬車の後ろにつける。
「ごめんね。待った?」
御者台に上から元気いっぱいに手を振ってくるリリィの姿を見たロイは、思った以上の買い物の成果に眉を顰めながら質問する。
「リリィか? この馬車、一体どうしたんだ?」
「いいでしょ。陸路を行くなら馬車がいると思って買ったの」
ロイの疑問に、荷物の中から現れたエーデルが答え、リンゴを一つ手にしながら馬車から降りると、それをロイに放る。
「これから先、野宿することも考えたら、これぐらいの備えがあってもいいと思ってね。魔物に襲われる心配もないなら、荷物が多くても問題ないしね」
「……だからと言っても、これは買い過ぎだろう」
「そうでもないわよ。女の子が快適に旅をするには、これでも足りないぐらいよ」
「勘弁してくれ……」
まだ荷物が増えるのか。ロイはうんざりとした表情でやれやれとかぶりを振る。
そんなロイを、エーデルは「まあまあ」と優しくなだめると、馬車に乗るセシリアたちに気付く。
「あら? あなた達、いたの?」
「あっ、エーデルさん。どうも、その節はお世話になりました」
セシリアはエーデルに深々とお辞儀をすると、隣に座るカインの腕に自分の腕を絡める。
「お陰様で、こうしてカイン様を我が国に招待させていただくことになりました」
「そ、そう……よかったわね」
「はい、これも全てエーデルさんのアドバイスがあったからです」
満面の笑みを浮かべて話すセシリアを見て、エーデルは額に汗を浮かべる。
すると、リリィもやって来てセシリアとカインの仲睦まじい様子を見て、戦慄の表情を浮かべる。
((まさか、やったのか!?))
この時のエーデルとリリィの思考は完全にシンクロしており、その表情で二人の謂わんとすることを察したセシリアもまた顔を赤くさせて頷く。
それを見たエーデルとリリィの二人は、口をあんぐりと開けて固まる。
女性二人に密かに作戦の成功を告げたセシリアは、赤い顔のままロイに向かって別れの挨拶を言う。
「そ、それじゃあ、わたしたちはもう行きますね。あんまりここで長居をしてしまうと、後がつかえてしまうでしょうから……」
「ああ、二人とも元気で。もしかしたらセシリアの故郷も訪ねることもあるかもしれないから、その時はよろしく頼む」
「ええ、ロイたちならいつでも歓迎しますよ。それでは、失礼しますね」
「……世話になった。機会があればまた会おう」
そう言ってセシリアとカインは揃って頭を下げると、馬車をゆっくりと走らせる。
二人を乗せた馬車は、二人の高揚した気分を表すかのようにガタゴトと軽快なリズムを刻みながら確かなスピードで去っていった。
セシリアたちを見送ったロイは、
「それじゃあ、俺たちも行こうか」
いまだに固まっているエーデルとリリィに声をかけると、馬車の御者台に納まる。
御者台に置いてあった地図を広げると、ロイは次に目指す国を思案する。
「さて、次はどの国に行くかな」
ガトーショコラ王国周辺は、熱帯地方だけあって自然が豊富で、深い森といくつもの河川が広がっている。
今では道の整備も進み、馬車のまま河川を渡ることができる巨大な船まで登場し、船上から豊かな自然と、未知の動植物を堪能できるという。
本当に、この世界には自分がまだ知らないことで溢れている。この地図だけではわからない未知との遭遇に、ロイは胸が躍る気持ちだった。
先ずは、馬車も乗れる巨大船に乗ってクルージングを楽しむのもいいかもしれない。そんなことを考えていると、
「ねえ、ロイ。私、お願いがあるの……」
エーデルがすぐ隣までやって来て、自分の胸を押し付けるようにして体重を預けてくる。
いつもなんだかんだ言いながらスキンシップを図ってくるエーデルだが、いつも以上に執拗に甘えてくる態度を見て、ロイは嫌な予感がしたが、とりあえず尋ねてみる。
「…………なんだ?」
「そのね? 私、子供が……」
「あ~、ロイ。ねえ、見て! 見たことない鳥が飛んでる!」
エーデルが頼み事を言う前に、ロイを挟んでエーデルの反対側に陣取ったリリィが話を遮るように大声を上げる。
「あれ、何て名前の鳥なんだろう? 確か、あっちには綺麗な湖があるみたいだから、あっちに行ってみようよ」
「あ、ああ、わかった」
リリィに腕を絡み取られ、さらにグイグイと強く引っ張られ、ロイは言われるがままに馬車を動かす。
馬車が動き出したことで慣性が働き、ロイに体重を預けていたエーデルは、後ろに倒れそうになる。
「わわっ! ちょ、ちょっと小娘……いい度胸じゃない」
「フフン、抜け駆けしようとするからです。セシリアさんたちを見てそういう気持ちになるのはわかりますけど、ボクだってロイを思う気持ちは負けませんからね」
「上等じゃない。それじゃあ、次にロイと一緒に寝る権利をかけて勝負しましょうか?」
「望むところです。絶対に負けませんからね」
「おいおい、俺の意見は無視かよ」
動き出した御者台の上でギャーギャー喧嘩を始める女性陣たちを見て、ロイはやれやれとかぶりを振って大きく嘆息する。
だが、不思議と嫌な気持ちではなかった。
それは幾度となく繰り返されたこの光景が、いつの間にかロイに取っての日常になっているからしれない。
そんな騒々しい喧騒に苦笑しながら、ロイはゆっくりと馬車を走らせた。
まだ見ぬ新たな世界を見るために――
「…………ところで、キリンがどうなったか興味ないか?」
「「ないっ!」」
間髪入れず返された答えに、ロイは声を上げて笑った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。柏木サトシです。
ようやく今作も終わりを迎えることができました。まさか完結までに一年以上もかかるとは思っていませんでした。これも今作を執筆中に、商業作品の『異世界スーパーマーケット』の第二巻の執筆があったり、仕事環境が変わって一時期執筆が困難になったりと色々とあったからなのですが、一番の要因は自分の見通しの甘さが原因でした。申し訳ありませんでした。
ただ、今作を書くに当たって様々なことを学ぶことができたので、自分としてはプラスになることが多かったと思います。そして、今回学んだことをプロとしての新シリーズへの礎にして前作を超える売り上げ、欲を言えばメディアミックスまでいけたらいいなぁなどと漠然と考えています。果たしてどうなることやら。
さて、今後の予定ですが、とりあえず商業作品の新シリーズを出せるように全力を尽くそうと思います。まだどうなるかわかかりませんが、どうにかして今年中に新シリーズを発表できればと思っております。
もちろん、こちらのなろうでも作品の発表は続けていきたいと思います。先輩作家たちの意見で、やはりこの『小説家になろう』は、見過ごせない存在となっているようで、多くの方が何らかの形で作品を出していたりするそうです。
僕としても、これまでは息抜き感覚で作品を発表させていただきましたが、今後はもう少し力を入れて、ライトノベルとして出すのは難しいかな?企画書として提出するまでもないけど個人的には凄い好き。みたいな話を書いていきたいと思います。
そこで皆様から好評をいただけたら、そこから書籍化……は理想ですが、自分の作家としての自信には繋がると思いますし、商業作品の方にも何らかの形で活かせると思いますので、これからも積極的に作品を発表させていただきたいと思います。
それでは、今回はここで筆を置きたいと思います。
ここまで読んでくださって、改めてありがとうございました。これからも応援よろしくお願いします。




