悔恨
――翌日、本日も南国に位置するガトーショコラ王国は雲一つない晴天が広がり、照りつける太陽は、海外沿いで遊ぶ人たちを容赦なく焼いていた。
歩くだけで汗だくなる程の熱気に包まれているガトーショコラ王国だが、その中でも一際人々の熱気に包まれている場所があった。
「さあ、長かった武道大会も残すところ一試合、決勝戦のみとなりました。今日も実況はこの私、マシュー・マロがお送り致します。皆さん、燃えていますか!?」
すっかり武道場の顔としてお馴染みとなったマシューが観客を煽るように問いかけると、武道場全体が「おおっ!」という歓声だけで揺れ動く。
観客たちの熱気を十分に堪能したマシューは、満足そうに頷く。
「皆さん、温まっているようですね。それではこのまま試合に……といきたいところですが、決勝戦を前に、ガトーショコラ王から一言いただきたいと思います。それでは、王様、よろしくお願いいたします」
マシューが手を掲げて武道場の正面にある大きな櫓の御簾が開く。
その奥から現れた禿頭の偉丈夫は、一度頷いて息を大きく吸うと、
「皆の者燃え上がっているかあああああああああああああああああああっ!!」
突如として叫び出す。
その叫びに、観客たちは「うおおおおおおおおおおおおっ!!」という先程の以上の雄叫びで応えた。
「……ったく、煩いわね」
叫び続けるガトーショコラ王を観客たちの様子を見て、エーデルが耳を塞いで顔をしかめる。
「ただでさえ暑苦しいのに、どうしてここの人たちはさらに熱くなるようなことをするのかしらね? 頭、イカれているのかしら?」
「そう言うな。彼等はガトーショコラ王の要望に応えているだけだろ?」
心底呆れた様子のエーデルに、ロイが苦笑しながら答える。
そう言うロイの体はいくつもの包帯が巻かれ、脇には松葉杖と医者から渡された薬が入ったいくつもの袋と正に満身創痍の様相で、見ているだけでも痛々しかった。
「え~、でもさ…………」
「もう、エーデルさん。煩いですよ」
それでも文句を言い続けるエーデルに、ロイを挟んで反対側に座っているリリィが口を尖らせる。
「ガトーショコラ王は、絶体絶命だったロイを助けてくれたんですから、ちょっとぐらいは我慢してくださいよ……まあ、確かに煩いのは認めますけど」
――そう。マレクの研究所で閉じ込められたロイたちの下へと駆け付けたのは、街での騒ぎとオニキスからの報告を聞き付け、国の重鎮たちの制止を振り切っていの一番に現場へと駆け付けたガトーショコラ王だった。
ロイたちの脱出を拒んでいた岩を破砕し、颯爽と現れたガトーショコラ王は、ロイとカインの二人を軽々と脇に抱えると、崩れる天井をものともせず、あっという間に地上まで運んでくれた。
その後、ロイたちを安全なところで下したガトーショコラ王は、深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
「すまなかった。儂の知らないところで随分と迷惑をかけてしまったようだな……特にマレクの暴走に全く気付けなかったのは、国の長としても恥ずべき事態だった」
「ガトーショコラ王は、マレクの研究について本当に何も知らなかったのですか?」
「う、うむ……その、魔法は全く専門外でな」
ロイからの厳しい追及に、ガトーショコラ王はバツが悪そうな顔をする。
「儂が魔法使い連中に何か言おうものなら、怒涛の勢いで何やら専門用語を口にされてな……それ以降、連中に口を出せる雰囲気でなくなったのじゃ」
ガトーショコラ王が魔法に疎いことをいいことに、ガトーショコラ王国内の魔法使いたちは、自分たちの研究のために次々と予算を計上するにも拘わらず、一切の口出しを許さなかった。
しかし、その甲斐もあってガトーショコラ王国の魔法は、他の国より発展し、それが新たな金を生んで次の研究費用にと当てられた。
「だが、まさか魔法の研究が常軌を逸するような非人道的なものだとは思ってもみなかった。特にマレクは儂の甥ということもあって、色々と目をかけてきたつもりだった……信じられないかもしれないが、あの子は本当に心の優しい子じゃったんじゃよ」
ガトーショコラ王曰く、マレクはたった一人の母親のために必死で魔法を勉強し、何か成果を認められる度に母親を訪ねては、嬉しそうに報告していたという。
「だが、あれの母親は体が弱くてな。マレクが研究所の最高位に任命された時、肺の病をこじらせてそのまま逝ってしまったのじゃ……そこからじゃよ、マレクが変わってしまったのは……」
マレクは研究所に籠るようになり、ガトーショコラ王が訪ねても面と向かって会うこともなかったという。
「結果として、儂は弟の忘れ形見をみすみす失うことになってしまった。だが、勘違いをしないでくれ。儂は別に勇者を責めているのではない。マレクがあそこまで道を外れてしまう前に止めることができなかった己の不甲斐なさを嘆いているのじゃ」
そう言うと、ガトーショコラ王は顔を伏せて静かに泣き始めた。




