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悪足掻き

 自分の前に立ちはだかる隻腕の男を見て、アベルは流れてきた汗を拭いながら悪態を吐く。


「負け犬風情が、あれだけ酷い目に遭っておきながら、よくもぬけぬけと俺様の前に姿を出せたな!」

「負け犬? 何を言っているんだ?」


 カインは心外だと謂わんばかりに大袈裟に肩を竦めてみせると、唇の端を吊り上げて嘲笑する。


「僕は卑劣な手を使ったライジェルに負けた覚えはあるが、君のように誰かの威を借るぐらいしか能のない奴に負けた覚えはないよ」

「なん……だと?」

「武道大会の本戦ですらない予選の場で、真剣すら持っていな僕にい手も足も出ずに袋叩きにされて、最後は泣きながら敗北宣言をしたんじゃないか。そんなことすら忘れちゃったのか?」

「な、泣いてはねぇよ!」

「そうだったかな? 僕の目には泣いているようにしか見えなかったけどね。まあ、とにかく、一つ言えることは、君は僕より弱いってことだね」

「うぐぐぐ……」

「どうした? 図星を刺されたのが悔しかったのか? 顔色が面白いことになっているぞ」

「このっ……痴れ者が!」


 カインの挑発に、アベルは血管が切れるのでは? と思うほど顔を赤くさせ、先程取り落としたナイフを拾い直して構える。


「だったらこの場で白黒つけようじゃないか!」

「望むところだ。僕もそのためにここに来たんだからな」


 そう言うと、カインは腰を落として剣の柄に手を当てて構えを取る。


 次の瞬間、辺りの空気がピンと張り詰めた。



(この人……強い)


 辺りの気温が三度は下がったと錯覚するほどの闘気を放つカインに、セシリアは思わず身震いをすると同時に、自分の本当の実力を理解する。

 主催者側の都合で強い人間と戦わないように組まされていたと後から知ったが、それでもそれは自分の実力を妬む者のやっかみだと、負けた者の言い訳だと信じていた。

 だが、こうしてカインの後ろ姿を見て、本物の実力者が放つ闘気を目の当たりにして、あの言葉が決して妬みややっかみから出た言葉ではないということが理解できた。


「フッ……フフッ」


 圧倒的な実力差を見せつけられたセシリアは、カインの背中から目を背けると、両手で顔を覆いながら乾いた笑い声をあげた。


(ああ……この人に比べたら私は何て弱いのだろう)


 長い年月をかけて研鑽してきたあの日々は何だったのだろう。

 アベルがいなくなった後、流派の中で最強とまで言われるようになった自分だったが、結局は井の中の蛙に過ぎなかったのだ。

 現実を突き付けられ、全てが馬鹿馬鹿しくなったセシリアは乾いた声で笑い続けた。

 しかし、両手で覆った顔の隙間からは、光るものがあった。



 そんなセシリアの葛藤など露知らず、居合の構えとなったカインは、目を細めると大きく息を吐き、自分の体に十分に力が溜まったことを確認すると、震える手でナイフを構えているアベルへ話しかける。


「……悪いけど、一瞬で勝負をつけさせてもらうよ」

「なっ、ちょ……ちょちょちょっと待った!」


 今にも飛び出してきそうなカインを前に、アベルは両手を前に突き出しながら慌てた様子で捲し立てる。


「よく考えたら、これっておかしくないか?」

「……どういう意味だ?」

「だってそうだろう。俺とお前の因縁の決着をつけようっていうのに、こんなフェアじゃない勝負の付け方でいいと思っているのか?」

「別に僕は構わないよ。どう転んだって、僕の勝ちは揺るがないんだからね」

「俺が構うんだよ! 第一、そんなに自信があるのなら俺の言い分ぐらいは聞いてくれてもいいだろう?」

「…………フン」


 別にこのまま喚き散らすアベルを問答無用で切り捨ててもよかったが、確かに因縁の決着をつけようというのに、まとまりのない終わり方はいかがなものかと思ったカインは、顎で続きを話すように促す。


「ふぅ……つまりよ。決闘をするならば、互いに対等の条件でやらないとスッキリしないとおもうんだ。具体的には、使っている武器に差があるのはよくない。見てみろ。俺なんかこんなチンケなナイフだ。お前の剣と比べてこんなにもリーチの差があったら、何回戦ったって万に一つも勝ち目はないじゃなか」

「……つまり、武器の差をどうにかしろということだな」

「そうだよ。しかし残念ながらこの場には、お前が持っている剣と対等になるような武器なんてないだろう? セシリアが槍を使っていたが、生憎と槍は使えないんだよ。いや、本当に残念だなせっかくの決闘なのにな…………」

「それなら問題ない」


 グダグダといつまでも講釈を垂れるアベルの言葉を遮るように、カインは腰に吊るした二本の剣の内の一本をアベルへと投げる。


「ほら、僕の剣を貸してやるよ」

「あ……」

「長さも僕のと同じぐらいだ。これでリーチの差云々はどうにかなるだろう」

「あ、ああ……」


 完全に逃げ道を封じられたと思ったのか、アベルは呆然とした様子で屈むと、カインが投げた剣へと手を伸ばす。

 そのまま剣を拾ったアベルは、剣を鞘から抜いたところで、


「――っ!?」


 何かに気付いたのか、そのままの姿勢で固まる。


(こいつは……)


 同時に、アベルの顔が何か良からぬことを思いついたかのようにみるみる醜悪な笑みを浮かべる。

 顔を上げていれば、その表情の変化を見咎められたかもしれないが、幸いにも顔を伏せていたので、その顔はカインに知られることはなかった。

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