因縁との邂逅
それでもまだ震えそうになる腕をどうにか御しながら、リリィは手をどけて、自分の乳房をアベルへと晒した。
シミ一つない絹のような滑らかな肌は羞恥からかほんのりと桜色に染まり、エーデルやセシリアより劣るものの、年相応のふくらみを見せる双丘と、誰にも触れさせたことはないだろうピンク色の先端を見て、アベルは鼻の下を伸ばしながらニヤリと笑う。
「ほほう……大きさはまずまずだが、形は悪くねぇじゃねえか」
「――っ!?」
舐めまわすようなアベルの視線に、リリィの顔は一瞬で真っ赤になる。
逃げたい。今すぐにでもフィナンシェ王国に逃げ帰り、自宅に籠って何もかも忘れてしまいたい。そんな思いに駆られるが、現実はそんなに甘くはない。
「おっと、隠すんじゃねえぞ。そのまま俺に全てを見せ続けるんだ」
「…………はい」
アベルはそんな視線から逃れるように身をよじるリリィの行動を許さず、むしろその様子を楽しむように、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。
リリィの痴態をたっぷりと堪能したアベルは、興奮が冷めない様子で新たな命令を下す。
「よ~し、それじゃあ、次は下も脱いでもらおうか?」
「………………」
リリィは無言のまま小さく頷くと、今度はショーツへと手を伸ばす。
しかし、ショーツにかけられた手はピクリとも動かない。
「う……ううっ…………」
気が付けば、リリィは目からボロボロと大粒の涙を流しながら泣いていた。
悔しい。こんな最低の男の言う通りにするしかない自分に、この状況を打破する術を持たない弱い自分が許せなかった。
「おいおい、何泣き出してるんだよ。これからが本番じゃないか」
俯き、シクシクと泣き続けるリリィに、アベルは頭をガシガシとかいて苛立ちを露わにすると、リリィに向かって歩きはじめる。
その途中、
「ま……て…………」
瀕死のセシリアが起き上がり、アベルの足を掴んで動きを阻害する。
「リリィ……さん……いか…………ない」
「チッ。この死にぞこないが!」
アベルは舌打ちをすると、セシリアの顔を全力で蹴り上げる。
その攻撃をまともに受けたセシリアは数メートル吹き飛ばされ、ぐったりとして動かなくなる。
これ以上の妨害は無理そうだったが、セシリアの度重なる妨害行為に、アベルの我慢は限界だった。
「……もう許さねえ。こうなったらお前から先に殺してやるよ」
アベルはナイフを引き抜くと、倒れているセシリアに向かって振りかぶる。
「お願い、止めて! ボ、ボクが何でもいうこと聞くから!」
「煩い! もう遅いんだよ! お前はここでこの女が死ぬのを見ていろ! その後で、お前と、もう一人の女を死ぬまで犯してやるからよ!」
激昂したアベルは、怒りに任せてナイフを振り下ろした。
銀の軌跡を描いたナイフは、意識を失っているセシリアの眉間に真っ直ぐに振り下ろされたが、それが到達するより早く、突如として現れたもう一筋の銀の光が、アベルのナイフを吹き飛ばしたのだ。
「――っ、誰だ!?」
絶好の機会を奪われたアベルは、憤怒の表情で銀の光が飛んできた方向へ叫ぶ。
「そこにいるんだろう。隠れてないで早く出て来い!」
「別にそんなに怒鳴らなくても、出て行ってやるよ」
そう言って現れたのは、一つの人影だった。
目にも止まらぬ速さで現れた人影は、一気にアベルとの距離を詰めると、問答無用で斬りかかる。
「おわっ!?」
間一髪で回避しに成功したアベルは、そのまま逃げるように距離を取ると、自分に斬りかかってきた人物を見やる。
「お前……」
片腕の無いその人物を見て、アベルは驚きで目を見開く。
「カ……イン……なのか?」
「久しぶりだな。お前は相変わらず根性の曲がったクソ野郎のようだな」
カインは吐き捨てるように告げると、懐から薬草を取り出して倒れているセシリアに渡しながら優しい声で話しかける。
「もう大丈夫だ。君がセシリア・オルコットだな? よく耐えたね。後は僕に任せてくれ」
「あ……わ、私のことはいいですからリリィさんたちを……」
「それなら心配ない。彼女たちなら、インが既に助けてくれてる」
カインが顎で示すと、いつの間に現れたのか、インがリリィに素肌を隠すように黒い外套を被せているのが見えた。
それを見たセシリアは安堵の溜息を吐くと、カインに質問する。
「あの、ありがとうございます。それであなたは?」
「僕? 僕はそうだな……」
セシリアからの質問に、カインはどう答えたものかと暫し逡巡した後、肩を竦めて苦笑しながら答える。
「僕は君と同じ、あいつに人生を狂わされた者だ」
「えっ?」
「そして、この場で奴との因縁を断ち切るためにやって来た」
そう宣言すると、カインは手にした武器をチャッと鳴らして悠然と立ち上がった。




