羞恥と屈辱
あけましておめでとうございます。
昨年は私の作品を読んでいただきありがとうございました。昨年末は仕事が怒涛の忙しさで投稿ペースが大分落ちてしまい申し訳ありませんでした。
今年もゆっくりですが、もう少しだけ続く今作をよろしくお願いいたします。
未だに意識が戻らないエーデルを抱えて、リリィとセシリアは地上を目指して歩いていた。
遥か後ろからはマレクが放つ魔法なのか、鼓膜が破れそうなほどの轟音と、今にもこの研究所が壊れてしまうのではと思うほどの地響きが断続して訪れていた。
その度にリリィは胸が張り裂けそうにな思いに駆られたが、自分ではロイの役に立てないことがわかっているので、血が滲むほど唇を噛み締めて前へと進んだ。
「…………」
その忸怩たる思いはセシリアも同じようで、顔を伏せたまま先程から一言も口を開かず、機械的に足を動かすだけだった。
互いに無言のままどうにか歩を進め、最初にロイと別れて行動した地点まで来たところで、
「あっ……」
リリィがあることを思い出し、思わず声を上げる。
「……どうかしましたか?」
「あっ、うん。実はここで……」
そう前置きして、リリィはここに捕らえられている人たちについて話をする。
マレクによる度重なる実験の結果、自我を保っている者はいなかったが、彼等をここで見捨てていくのはどうしても憚れた。
「リリィさんの気持ちはわかります。ですが……」
「うん、わかってる。こんな時、ロイならそうするだろうなって思っただけ」
リリィは困ったように笑い、肩を竦めてみせる。
自分たちはロイのように強くはないし、見ず知らずの誰かを守る為に自分命を賭けられるような勇気を持ち合わせてもいない。精々出来ることといえば、ロイの邪魔にならないように、後で彼が悲しい思いをしないように一刻も早くエーデルを連れてこの研究所から脱出することだけだった。
「ですが……」
そんな自分たちの無念の気持ちを晴らすように、セシリアが力強い声を出す。
「一刻も早くエーデルさんを安全な場所まで運んだ後なら、ロイも文句を言わないと思います」
「そ、そうだよね?」
「はい、ですから……」
微笑を浮かべたセシリアが頷こうとすると、
「ここから出れると本気で思っているのか?」
突如としてセシリアの言葉を遮るように声が聞こえ、暗がりから何物かが飛び出してくる。
「――っ、いけない!」
影が自分たちに迫ってくるのを察したセシリアは、咄嗟に前へと出て両手を広げてリリィたちを庇うように立つ。
そんな献身的な姿勢をみせるセシリアに、現れた影、アベルが容赦なく襲い掛かる。
「オラッ、邪魔なんだよ!」
「あくっ!?」
セシリアを殴り飛ばしたアベルは、倒れた彼女の顔を踏みつけると、ナイフを取り出し、腰のポーチに手を伸ばしかけていたリリィに突き付ける。
「おっと、動くんじゃねぇぞ。下手に動いたら……わかっているよな? わかったら、その腰にぶら下げている物を外しな」
「くっ……」
その言葉にリリィは悔し気に歯噛みすると、腰のポーチを外して地面に落とす。
「よ~し、それじゃあ、そのまま後ろに下がって寝ている嬢ちゃんを地面に寝かせたら、両手を頭の後ろに組んで座るんだ」
「……わかったよ」
リリィは不承不承ながら頷くと、アベルの指示通りに動く。
「ククク……こんなところで思わぬ収穫があったな」
三人の女性の行動を封じたアベルは、下卑た笑みを浮かべて舌なめずりをする。
「勇者共の女たちを殺ったとなったら、奴がどんな顔をするのか楽しみだな……まあ、その前に色々と楽しませてもらうがな。クックック……」
「ど、どうしてあなたがここに……」
体を折りながら笑うアベルに、セシリアが苦し気に呻きながら質問する。
「あなたは、マレクの命令でライジェルを呼びに行ったはずじゃ……」
「ああん? 行くわけないだろ」
アベルは鼻を鳴らすと、当然といわんばかりに言ってのける。
「俺は、ライジェルの兄貴に付き従ってここにいるんだ。マレクの野郎に命令されているからじゃない。奴の手前ではおとなしく言うことを聞いてやっているが、第一、兄貴は睡眠を邪魔されるのを何より嫌うんだ。その兄貴をマレク如きの命令にわざわざ危険を冒してまで従う義理はねぇよ」
この場にマレクがいないからか、先程の態度とは打って変わりアベルは饒舌になる。
「それによ。あいつの顔見ただろ? あんなこの世の者とは思えないほどの醜悪なツラ。しかも性悪は顔よりも更に醜く捻じれているときたもんだ。見ず知らずの他人とはいえ、魔法のためにあそこまで惨い仕打ちを躊躇いなくできるなんて、一体どんな教育を受けてきたんだってんだ。あいつに比べたら、俺なんか小物もいいところだぜ」
「な、何もそこまで言わなくても」
「ああん? 何、俺様に意見してくれてんだよ!」
「あぐっ!?」
アベルは額に青筋を浮かべると、セシリアの顔を踏んでいた右足に力を籠める。
「そもそも、お前が俺様の前に現れなければ、勇者と慣れ合わなければこんな事態にならずに済んだんだ。今回の武闘大会を無難に乗り切り、地位を手に入れたところでマレクを裏切る算段だったのに、それを全てぶち壊してくれやがって! このっ、このっ!」
「や、やめてください!」
執拗にセシリアの顔を踏み続けるアベルに、リリィが泣き叫びながら懇願するが、当然ながらアベルは聞く耳を持たない。
「お、お願いです。それ以上やったらセシリアさんが死んじゃうよ」
「……だったらよ」
アベルは動きをピタリと止めると、死んだ魚のような目でリリィを睨み、ちろりと舌なめずりをする。
「俺様の気が散るように、セシリアから意識をお前に行くようにしてくれよ」
「な、何を言って……」
「実はよ。ここ数日、色々あって溜まってるんだわ。俺はセシリアには全く興味はないが、お前とそこで寝ている女だったらやぶさかでない。この意味、わかるよな?」
「えっ、ええっ?」
「俺は別にどっちでもいいんだぜ? お前が嫌なら、そこの寝ている女でも構わない。意識がないなら造作もないだろう?」
「あ、あうあう……」
突然の提案に、リリィは顔を赤くさせたり、青くさせたりしながら視線をあちこちに彷徨わせる。
アベルの言っていることが全くわからないわけではない。男女の機微についてある程度の知識はあるし、兄が隠し持っていたそう言う類の本を手に取ってみたことだってある。だから、実際はどうすればいいのかも知っている。
だが、その一歩を踏み出す勇気がなかった。
初めて人に肌を晒すならば大切な人に、例えばロイのような人間だと心に決めていたのだ。
そんないつまでも煮え切らない態度を取るリリィに、アベルが苛立ちを露わにする。
「おい、早くしろよ! いい加減にしないと、この女を……」
「ま、待ってください! わかりました。わかりましたから……」
最後は殆ど消え入りそうな声でリリィが呟くと、未だに意識を取り戻さないエーデルをちらりと見やる。
(やっぱり、エーデルさんにこんなことはさせられないよね)
リリィはかぶりを振って大きく息を吐くと、覚悟を決めたかのように顔を上げる。
そして、ゆっくりとした動作で上着の首元にあるファスナーへと手を伸ばす。
震える手でゆっくりとファスナーを下ろすと、下からピンク色の可愛らしいブラが姿を現す。続いて、ホットパンツもどうにかといった感じで脱ぐと、同色のフリルのついたショーツが露わになる。
「…………」
普段からへそが出ている裾が短い上着に、ホットパンツという比較的露出度の高い服を着ているリリィだったが、下着姿を他人に見られるのは、それとは恥ずかしさのレベルが全然違った。
羞恥心に耐えるようにリリィは真っ赤になった顔を伏せ、できるだけアベルの方を見ないようにする。
「リリィさん! もうやめて下さい!」
今にも泣き出してしまいそうなリリィを見て、セシリアが堪らず声を上げる。
「私のために、リリィさんがそこまでする必要なんてないです! 私のことなんか放っておいて今ははや……あがっ!?」
「おい、どうした。まさか、それで終わりじゃないだろうな!」
「ヒッ!? わ、わかりました……」
アベルの恫喝に、リリィは怯えたように体を振るわせて頷く。
(セシリアさん、あんな目に遭ってもボクのために……)
何度も踏まれた所為か、セシリアの顔はところどころが赤黒く変色して膨れ上がり、女性たちを虜にした端正な顔立ちは見る影もなかった。
あれだけの目に遭っていながら、他人を思いやれるセシリアの精神に、リリィは心を強く打たれた。
人の生死がかかった場面で、裸を見られることぐらいで躊躇していた自分が恥ずかしくなってくる。
「セシリアさん、わざわざありがとう。でも、ボクは大丈夫だから」
リリィはそう言ってセシリアに笑いかけると、ブラへと手を伸ばす。
(……ロイ、ごめんね)
目を閉じ、この場にいない愛しい人への謝罪の言葉を口にした後、リリィはブラを外した。




