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そして戦いの場へ

「ふぅ……」


 黒ずくめの男たちを完膚なきまで叩き潰したカインは、剣を鞘に納めながら大きく息を吐く。


「ご苦労さん。助かったよ」


 すると、どこからともなくオニキスと酒場で働いていた女性たちが現れ、この場にいる男たちに良く冷えたワインを渡していく。

 そのうちの一人の女性がカインへと近づくと、手にしたジョッキを手渡してくる。


「ありがとうございます。お強いのですね」

「あ、はい……ありがとうございます」


 カインは礼を言ってジョッキを受け取ろうとするが、


「あ、あれ?」


 手が震えて上手くジョッキを掴むことができなかった。


「ハ、ハハ……あれ? もう、大丈夫だと思ったんだけどな。やっぱ僕は戦士には向いてないのかな」

「何言ってんだい。そんなことあるわけないだろ!」


 自嘲気味に笑うカインに、オニキスが咎めるような強い口調で窘める。


「あんたがいなければ、あたいたちはもちろん、そこにいる野郎共だってどうなっていたかわからなかったよ。あんたは危機を知らせに来ただけじゃない。あたいたち全員をその剣で救ってくれたんだ。十分誇っていいたいした功績だよ。もし、あんたことを馬鹿にする奴がいたら、あたいたち全員がそいつをぶっ飛ばしてやるよ」


 オニキスが物騒な笑みを浮かべて握り拳を掲げてみせると、


「はい、女将の言う通りです。この御恩は一生忘れません」

「お前さんはもう立派な戦士だよ」

「昨日までは死んだような顔をしていたけど、今ではもういっぱしの顔になっているぜ」


 オニキスだけでなく、この場にいるウエイトレスや職人たちが次々とカインを賞賛する。


「皆さん…………はい、ありがとうございます」


 大勢のエールを受けたカインは、頬を紅潮させて深々と頭を下げる。

 気が付けば、手の震えは完全に止まっていた。


「うん、良い笑顔だ」


 顔を上げたカインの満足そうな顔を見てオニキスは鷹揚に頷くと、ウエイトレスからジョッキを受け取ると、そのままカインへと差し出す。


「さあ、お前さんが最大の功労者だ。こいつで一つ、景気のいい乾杯の音頭を取っておくれよ」

「え、ええ……それはありがたいのですが……」


 差し出されたジョッキを前に、カインはくちをもごもごさせながら何かを言い淀み、手を伸ばそうとしない。


「ですが……なんだい? まさか、まだ何かいちゃもんでもあるのかい?」

「い、いえ……そういうわけじゃないのですが……」


 睨んでくるオニキスの視線から逃れるように顔を背けながら、カインが申し訳なさそうに告げる。



「その、僕……お酒が飲めないんです」


 瞬間、世界が止まったような気がした。


「…………」


 誰も口を開かず、カインが言った言葉の意味を確かめるように黙考していた。

 そのまま数秒、沈黙が世界を支配していたが、


「ぷっ……くっくっ……」


 とうとう耐えきれなくなったのか、オニキスが肩を震わせ、


「ハッハッハ! 何だい、そんなことを気にしていたのかい? こういうのは挨拶だけして、別に酒に口をつける必要はないんだよ」

「えっ、そうなのですか?」

「そうだよ。全く、お蔭で少し空気が湿っぽくなっちまったじゃないか。まあいい、酒が飲めないんじゃ仕方ないね。それじゃあ、あたいが代表して音頭を取るよ。野郎共、酒は手にしただろうね!?」


 オニキスが声を張り上げると、方々から「おーっ!」という威勢のいい掛け声があがる。


「それじゃあ、長ったらしい挨拶は抜きにして……全員の無事を祝って……乾杯!」

「「「「乾杯!!」」」」


 オニキスの乾杯の音頭に合わせて、夜の闇に木のジョッキが打ち鳴らされる音が響いた。



「……盛り上がっているところ悪いが、俺の話を聞いてくれないか?」


 祝宴が始まって暫くすると、ふらふらとした足取りのインがやって来る。


「インじゃないか! 一体何があった」


 満身創痍のインに気付いたオニキスが慌てて駆け寄ると、ウエイトレスたちに指示を飛ばす。

 オニキスが指示を出すと、すぐさまウエイトレスたちがやって来て、慣れた様子でインに回復魔法などの治療を行っていく。

 みるみる回復していくインを見てオニキスは小さく安堵の溜息を吐くと、インのすぐ傍に屈んで改めて質問する。


「勇者と一緒にマレクの研究所に行ったあんたがどうしてここにいて、そんな怪我を負っているんだ? もしかして、勇者に何があったのか?」

「それは……」


 インは顔を歪めると、簡潔にこれまでの経緯、マレクの研究所で見た悪魔のような光景や、これ以上は関われないと感じて脱出したものの、まるで全てが見透かされていたかのように追撃に遭い、殺される直前でカインに助けられたことを話した。


「俺だけでなく、この酒場が襲撃されたということは、勇者たちがマレクの研究所に忍び込んだのもバレている可能性が高い。いくら勇者たちが強くても、準備万端の魔法使いの拠点に忍び込んでただですむはずがない。だから……」

「わかった。僕でよければ行くよ」


 インの言葉に、カインが間髪入れずに頷く。


「勇者に師匠からもらった剣を託してからずっと気になっていたんだ。この問題は僕にも多少は関係があるのに、全てを人に託してしまってよかったのか、ってね。もし、今からでも僕に状況を変えられるのならば、喜んで力を貸すよ」

「……すまない」


 インは軽く頭を下げると、勢いよく立ち上がり肘を伸ばしたり、屈伸したりして体の調子を確かめると、満足したように頷く。


「もう大丈夫だ。それじゃあ女将、俺はもう行くよ」

「だそうだ。お前たち、もういいよ……それにしても」


 オニキスは身振りでウエイトレスたちに指示を出しながら、思わず苦笑する。


「周囲と関わらず、孤高を貫いてきた情報屋、インが勇者を救うために死地に向かうだなんざどうしたんだい? 明日は槍でも振るんじゃないのか?」

「フッ、よせやい。俺は何も変わっちゃいないさ」


 インも堪らず苦笑すると「だけど」と付け加える。


「あの勇者様を見ていたら、何かしなくちゃと思っちまうのさ」


 そう言ったインは照れたように顔を背けると、カインに「行くぞ」と言って歩きはじめた。

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