理性院カシギの戦闘
大扉の手前には一〇段ほどの階段がある。勇者はその上からオレを見下ろしていた。
その姿は立ち昇る陽炎で揺れている。それでもその容姿を二度と見間違うことはないだろう。
コイツは、シャーミルを殺す可能性がある存在だ。
それだけで、記憶に刻むべき理由になる。
「な……何の話だい?」
オレが切った啖呵に対し、勇者は困惑の表情を浮かべた。
「どうしてこんな所にいるのかわからないけど……見た所、君は人間だろう? 人間と戦ったりなんてできない」
「オレを倒さねばここを通れんと知ってもか」
勇者は口を噤み、息を呑んだ。……それでも、腰に佩いた剣を抜こうとはしない。
オレは溜め息をつく。
「……勇者よ。猫を被るのはやめにしようではないか」
「え……? なんだって?」
「隠すなと言っているのだ。オレは騙されん―――オレを見た瞬間、貴様の目は確かに輝いた。未知の敵を見て、わくわくしたのだ」
勇者が鋭く息を吸い、目を見張った。
今度こそ、それは本物の驚きだ。
「貴様は根っからの冒険者だ。オレという謎を調べずにはいられない」
好奇心。
飢餓にも似た探求欲。
常人の何倍ものそれを、この男は持っている。
このオレが――それを植えつけられた、この理性院カシギが言うのだ。間違いなどあるはずもない。
勇者は無言のまま、足を踏み出した。
階段を一段、二段――一定のリズムで降り、オレと同じ高さに立つ。
そして溶岩が透けて見える金網を渡り、円形の舞台の上で、オレと対峙した。
「覚悟を決めた」
眼光にくすみはなく、表情に揺れはない。
勇者は腰の剣に手をかけ、一気に抜き放った。
「君が誰かは知らないが―――通さないと言うのなら、押し通ろう」
ガシャン、と音を立てて全周の金網が引っ込んだ。
溶岩を渡る術がなくなり、円形の舞台は逃げ場なき決闘場と化す。
同時だった。
勇者が手袋を投げるように告げる。
「―――戦闘開始」
どう答えればいいかは自然とわかった。
「―――承諾」
オレの回答から一瞬の間を置き―――
―――視界のすべてが、音を立てて砕け散った。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
一瞬の後、視界は元通りに復元した。
場所に変わりはない。溶岩に満ちたドーム状の大空間だ。正面では勇者が万全の状態で剣を構えている。
ただ、違いが一つ。
床に散らばっていた黒曜石の残骸が、なくなっている。
同じ場所のようで同じ場所ではない。現実空間とはわずかに位相のずれた異空間―――
それだけ確認し。
オレは、勇者の懐に飛び込んでいた。
「速い……!?」
「先制攻撃だ―――!!」
瞠目する勇者の首元に、過つことなく剣を滑り込ませる。
即死コース。頸動脈を切断し、命までをも断絶できる自信がオレにはあった。
だが。
刃は、勇者の首から紙一重隔てた位置で停止する。
「……残念だったね」
冷や汗を浮かべながら、勇者が笑った。
「先攻は、僕だ」
オレは即座に剣を引き、勇者から跳び離れる。
反撃を避けるのに充分な距離を取ったが、
「ダメだよ」
一瞬にして、勇者が追いついてきた。
「この空間に、『回避』なんてコマンドはない」
勇者の剣が鋭く閃く。
オレは咄嗟に左腕の盾を使おうとしたが、間に合わなかった。
鋭い切っ先に、喉を貫かれる。
―――それと同時、頭の中に情報が流れ込んできた。
▼コマンド:物理攻撃(急所)
▼40のダメージ!
「硬い……!? 急所でダメージは二倍になってるはずなのに……!」
勇者が驚愕の表情を浮かべているが、オレはそれどころではない。
「がッ、ふ……ッ!」
激痛が脳を痺れさせる。息が喉から直接漏れていく感覚がした。真っ赤な鮮血が噴水みたいに噴き上がる。
だが思考が霞むことはない。身体から力が抜けることもない。
……なるほど。
これが、『戦闘空間』の効果か。
魔王の死体を検証した時、オレはすでに聞いていた。
これが勇者が持つ特殊能力―――半径一〇メートル以内の指定対象を、特殊なルールに支配された戦闘用の異空間に引きずり込む力。
人間相手なら合意が必要だが、魔族相手なら許可は不要。しかも魔力が強い相手ほど拘束力が増し、ボスクラスになると逃亡は一切不可能―――勇者がたった一人で魔族に対抗できる理由の一つだ。
謁見の間には戦闘の痕跡が残っていなかったが、それはこの異空間の存在によるものだ。
加えて、この空間は『ターン』なる時間概念に支配されており、通常の時間から断絶されている。魔王を一瞬で殺害し、気付かれる前に逃亡することも可能だったというわけだ。
戦闘空間内の生命体は必ず敵か味方、どちらかの陣営に分かれ、敏捷性の優劣によって決定された順番で行動を起こさなければならない。
それを無視した攻撃は、今オレがやったように無効化されてしまう。
選択できる行動も厳密に制限されている。
選択肢は、『物理攻撃』『魔法行使』『特技発動』『アイテム使用』『装備変更』『防御』『逃亡』―――この七つだ。『回避』は存在しない。
しかしこれも、勇者が圧倒的な力を持つ魔族に対抗するための仕様なのだ。
ちなみに、戦闘空間に巻き込まれた者からさらに半径一〇メートル以内に魔族がいた場合、そいつも空間に巻き込まれる。シャーミルを逃がしたのはそういう理由からだった。
―――さて。
先攻の行動は終わった。次は後攻のオレの番だが……。
▼コマンド:行動不能
くそ。喉を思いっきり貫かれたのが響いた。それにこの激痛……すぐに動けるはずもない。
オレはさっきからずっと頭の中に浮かび続けているデータを確認する。
HP:45/85
このヒットポイントがゼロにならない限り、オレが死ぬことはない。喉を貫かれようとどうなろうとだ。
そのくせ、痛覚はきっちりあるのだから意地が悪い。
「チャンスだ……!」
ターンは回り、再び勇者が攻撃に転じる。
さっき失敗した通り、回避を試みても意味はない。オレは開き直り、左腕の盾を構えることもなく、勇者の姿を観察した。
―――鋼の剣。攻撃力プラス50。
―――青銅の盾。防御力プラス12。
―――青銅の鎧。防御力プラス20。
―――盗賊のブーツ。敏捷性プラス10。
―――いずれも特殊効果なし。
昨日、武器屋に寄ったのは装備の性能を調べるためだった。鋼の剣を買ったのは、ただの冷やかしでは悪いと思っただけである。
案の定、勇者の装備はどれもあの武器屋で買い揃えられるものばかり。
だったら―――
スタン状態で無防備なオレに向かって、鋼の剣が勢い良く振り下ろされてくる。
その鋭い刃を眼前にして、シャーミルが『神託』により知ったというデータが自動的に脳裏に呼び起こされた。
{(攻撃力÷2)-(防御力÷4)}×相性×魔法強度×急所=ダメージ
これは物理攻撃だ。相性と魔法強度は無視していい。さっきは急所で二倍だったから、今度は―――
閃光のような思考が中断される。
振り下ろされた勇者の剣が、オレの目の前でピタリと停止したのだ。
「なっ……」
「……!」
まさか。
今度は、オレが先攻なのか?
先攻と後攻は敏捷性の優劣のみによって決定される。何らかのアイテムや魔法で敏捷性が上下しない限り、それが覆ることはない。
ということは―――
オレは自分の足をチラリと見やる。
―――靴装備『ファントム・ブーツ』。敏捷性プラス75。
オレは動いた。依然として喉からはどばどばと血が流れ、身に纏った群青のコートを真っ赤に汚している。
―――服装備『深海の衣』。防御力プラス260。
しかし、筋肉の運動を阻害することはない。
予想外の事態に混乱する勇者に、オレは右手に握る長剣を振るった。
―――剣装備『不死将軍の妖剣』。攻撃力プラス180。
さすがと言うべきか、勇者は咄嗟に身を捻り、急所を突かれることだけは免れた。
だがこの空間に避けるという概念はない。オレ自身の攻撃力と合わせて200の攻撃力が、勇者の胸に斜めの亀裂を刻む。
▼コマンド:物理攻撃(通常)
▼70のダメージ!
(……70)
その数値を、オレは頭の中に刻み込む。
勇者は後ろに転倒し、そのままごろごろと転がって間合いを取ってから立ち上がった。
「はあっ……はあっ……! まさか、同速とはね……」
胸からはぼたぼたと血が零れている。オレほどの重傷ではないはずだが、肩で息をしていた。HPの消耗率はおそらく同程度だ。
「それに、このダメージ……ただの人間とは思えない攻撃力だ。長引かせるとまずい……!」
「お褒め頂き……光栄、だな」
喉を貫かれているのに呼吸も発話もできる。
思考も明瞭だが、激痛だけは如何ともし難く、オレは顔を顰めて言葉を途切れさせてしまう。
「ならば……どうする? 次は貴様の、手番だ。……決めるか、さっさと……!」
「ああ、決めてしまおう。……ちょっと賭けになってしまうけどね―――!」
勇者は弓を引き絞るようにして、鋼の剣を肩の後ろまで引いた。
そして力を貯め込むように体勢を低くする。
あからさまな突撃の姿勢。
「特技『針孔突き』」
勇者は鷹のような視線でオレを捉えていた。
「成功さえすれば必ず急所攻撃になり、そのうえ相手の防御力まで無効化してしまう技だ。成功率はちょうど五割―――この賭けに僕が勝てば、君のヒットポイントはきっとゼロになる」
「ならば、オレも宣言しよう」
不死将軍の妖剣を勇者に突きつけ、オレは告げる。
「その一撃でオレを倒せなければ、次のターン、貴様は必ず死ぬ」
「……いいよ。それでこそ賭けになる」
素朴な外見が嘘のように、勇者は獰猛な笑みを浮かべた。
対峙するオレ達の間に、束の間、静寂が訪れる。
聞こえるのは、溶岩がごぽごぽと泡立つ音。
気持ちと共に世界が凪いでいき、溶岩の気配すらもが消え去った時。
「―――はッ!」
気勢を上げて、勇者が爆発的に飛び出した。
速い。
戦闘空間でなかったとしても、完全に避けるのは難しかっただろう。
だが、五〇パーセント。
五分五分の確率で、この攻撃は勝手に外れる。
一瞬にして間合いを消し飛ばした勇者が、引き絞っていた剣を鋭く打ち放った。
疾風の刺突は、寸毫たりとも揺れることなく。
再びオレの喉を貫かんと、大気に穴を開ける。
▼コマンド:特技(針孔突き)
「勝った……!!」
勇者の表情が確信のそれに変わった。
この刺突は当たる。
オレの防御力をゼロにし、通常の二倍の威力を持つ急所攻撃でヒットポイントを狩り取るだろう。
五〇パーセントの賭けに、勇者は勝ったのだ。
―――しかし。
「誰がいつ、そんな賭けに乗ると言った?」
勇者の表情が硬直した。
刺突がオレの首に到達する直前に、オレは呟く。
「180」
ガキンッ!! と、剣が跳ね上げられた。
勇者の手が柄から離れ、剣はくるくる回りながら飛ばされていく。
今度はルールを無視したせいではない。
防御したのだ、オレが。
オレの目の前には、突如として、人間大はある大盾が出現していた。
「なっ……なんなんだ、この盾は……!」
愕然とうめく勇者に、オレは笑いかける。
「見てわからんか? オレの盾装備だ」
「そんなはずがない!! 君にはもう盾があるじゃないか!! 装備の変更には一ターン必要なはず―――」
「ああ、これか?」
オレは勇者が指差した左腕の盾を取り外し、適当に投げ捨てた。
「コイツは飾りだ。あからさまに盾がないのでは警戒されると思ってな。装備の変更には一ターンかかるが、無装備状態から装備する分にはそうではない。そうだろう?」
装備できるのはそれぞれ一種類まで。それ以上は身に着けても無効化される。
……だが、二つ以上身に着けてはいけないというルールはない。
「こっちがオレの本当の盾装備、『繊細なる大盾』」
唖然とした表情の勇者に、親切にも教えてやる。
「普段は防御力ゼロの役立たずだが、相手の力量――つまり攻撃力を正確に把握している時のみ、無類の防御力を発揮する」
「攻撃力を、正確に把握……!? そんなこと、一体どうやって―――」
「自分の防御力と与えられたダメージさえわかっていれば簡単に逆算できるのだ、覚えておけ」
尤も、ダメージ計算式を知っていれば、の話だが。
「攻撃力180、敏捷性90、防御力120。それが貴様の装備込みでのステータスだ。装備分を引けば、攻撃力130、敏捷性80、防御力88―――この時点で、オレの目的は達せられた」
「なんだって? 目的……!?」
「レベルだよ。オレはな、勇者、貴様のレベルを知ることが目的だったのだ。そしてそれは、三つのステータスの情報を得ることで達成された」
オレは勇者のレベルごとのステータスを一覧にした表を、再び脳内に描き出す。
ステータス上昇値には振れ幅があるが、つまるところ最小値と最大値さえわかっていればいい。
そのステータスになりうる最小のレベルと最大のレベルを求め、照らし合わせて、可能性のあるレベルを絞り込んでいけばいいのだ。
攻撃力130はレベル10から17までの間でしか有り得ない。
敏捷性80はレベル6から11までの間でしか有り得ない。
防御力88はレベル6から10までの間でしか有り得ない。
以上から―――
「―――貴様のレベルは10だ。これでようやく、安心してこの戦いに決着をつけることができる」
役目を終えた大盾が消滅した。
しかし勇者の攻撃はすでに終わっている。お互いに二度ずつ行動を終え、第三ターン。
オレと勇者の敏捷性は同じ数値――『同速』だ。
ゆえに先攻と後攻はランダムに決定される。勇者に先攻を取られ、再び『針孔突き』を撃たれる可能性もあったが―――
「構わん。宣言通りだ、ここで終わらせる!」
オレは『不死将軍の妖剣』の特殊効果を発動した。
刃が光り輝く。白でも黄金でもなく、妖しくおどろおどろしい紫に。
▼HP:45→23
残り体力の半分が生贄に捧げられ、身体が独りでに血を噴いた。
律儀なことだ。特殊効果の代償ですらダメージ扱いか……!!
それでも身体は動く。
もはや自分で自分を破壊しているだけのような気もするが、構うものか。この一撃で終わりなのだから……!!
▼コマンド:物理攻撃(強化)
五〇パーセントの乱数は、今度はオレに微笑んだ。
血を吸って倍の威力を宿した妖剣を振りかぶり、オレは勇者に肉迫する。
勇者は弾き飛ばされた剣を拾いもせず―――
▼コマンド:防御
―――盾を、構えていた。
防御は先攻後攻に関係なく使えるコマンドだ。受けるダメージを半分にすることができる。
(まずい)
一瞬、そう思った。
だがすぐに思い直す。大丈夫だ、奥の手はまだある……!
いずれにせよ、それは無駄な懸念だった。
振り上げられた刃が、毒々しい紫光を曳きながら、一直線に振り下ろされる。
盾が割れる。
腕が分かたれる。
顔面から股下まで、真っ赤な線が一瞬にして駆け抜けた。
▼70のダメージ!
直後、赤い線から液体が噴き上がる。
先に倍する威力でもって勇者の身体が吹き飛ばされたのは、それからだった。
床の上を滑っていく勇者を、オレは荒く息をしながら眺める。
勇者は―――起き上がらなかった。
否、起き上がれないのだと、次の瞬間に知る。
―――視界のすべてが、音を立てて砕け散った。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
一瞬、理解が追いつかなかった。
身体のバランスが崩れ、たたらを踏む。剣を振り下ろした状態だった姿勢が、戦闘が始まる前の直立状態に戻っていた。
全身の激痛が消えている。切り裂かれた傷が跡形もなくなっていた。群青のコートにも傷一つなく、流れた血はどこかへ消えてしまっている。
代わりに、床には黒曜石の残骸が散らばっていた。
元の空間に復帰したのだ。戦闘が終わり、オレが勝利したことで。
どさり、と音があった。
正面にいた勇者が倒れ伏す音だ。オレと同じく、その身体には傷一つない。
だが、それは死体だった。
謁見の間の魔王と同じ―――死体だった。
勇者は死んでも生き返ると言う。
神様の加護だか何だかで、教会やダンジョンの入口からリスタートすることができるのだ。
それを知っていたからオレも殺すことにしたのである。逃亡は失敗のリスクがあるから、殺してしまったほうが安全だったのだ。
勇者の死体は足のほうから光の粒子になって消えつつあった。
ここはダンジョンの最深部だ。入口からまたやり直すことになるのだろう。面倒ではあろうが、死んだにしては温すぎるペナルティだな。
だが、
「すごいな、お前―――こんな戦い方、よく続けていられるな」
消えつつある死体に、心からの称賛を贈る。
……まさか、『回避』のない戦闘がこんなにも苦しいものだったとは。
死なないというのも、楽なことばかりではない。
心から同情する。コイツは何度も何度も死にながら、こんな悪夢みたいな戦いを続けてきたのだ―――
「―――まったくだよ」
不意に。
独り言のつもりだった言葉に、答えが返ってきた。
その直後に、勇者の身体は頭の先まで、髪の毛一本残さずに消滅する。
オレは光の粒子が虚空に溶けていくのを、最後の一粒まで見送っていた。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
オレはその場に座り込んだ。
戦っていたのは体感で五分ほどだが、たった五分でずいぶんと疲れた。肉体的には何ともないから、精神的なものだろう。
重く息を吐き、ふと思いつく。
勇者を倒したが、経験値は入ったのか?
自分のステータスを呼び出す。
だがレベルは1のままだった。経験値も入っていない。
やはり魔族を倒さなければ経験値にはならんのだろう。それにあのボスを倒した分も入っていないということは、戦闘空間での戦闘でなければ経験値にはならないようだ。
それらを確認して頷いていると、背後の扉が開いた。
振り向くと、扉から出てきたシャーミルが、再び張られた金網を渡ってこちらにやってくる所だった。
シャーミルはオレの傍まで来ると隣にしゃがみ込む。
「ほら、これ飲んで」
透明な液体に満たされた小瓶を差し出される。薬らしい。
だが自分で飲む元気もなかったので、シャーミルに飲ませてもらった。
身体の中がぽかぽかと暖かくなる。別に傷が塞がるわけでもないのに、途方もなく安心した。
「優しいな。惚れてしまいそうだ」
「もう惚れてるんじゃなかったの」
「そうだった。思わず二回惚れる所だった」
自慢ではないが、オレは優しくされるとすぐ落ちる。
回復が終わると、シャーミルはしゃがんだまま訊いてきた。
「首尾はどう?」
「うーむ……」
肩や首を回して調子を確かめながら、少し考える。
情報は得た。凄まじく重要な情報だ。問題はそれを踏まえてどう行動するか……。
シャーミルの顔を見る。
きめ細かい肌にあどけない顔つき。危険に晒されていることがわかっていても、彼女は怖くないと言った。
それはきっと嘘ではない。嘘ではないが―――まだ他に何かがあると、オレのオレとしての直感が告げていた。
ならば、オレはオレの思う通りにするのみ。
「勇者はシロだ」
と、オレは嘘をついた。
「あの勇者のレベルは10だ。魔王と戦えば瘴気に中てられて即死する―――犯人では有り得ない」
「じゃあ誰が……」
「お前、レベルは幾つだ?」
シャーミルは一瞬だけ間を挟んだ。
「45だけど」
「他の四天王も同じくらいか」
「いえ。四天王の中だと私が一番低いわ」
「とすると、全員41以上なのだな―――他にレベルが40より高い者は?」
「王妃様がレベル54――――って……あなた、もしかして」
オレの言わんとすることに気付いたのだろう。オレは結論を告げる。
「勇者がレベルを誤魔化しているか、魔族が聖剣を誤魔化しているか。可能性はその二つだと言っただろう? 片方が否定された以上、もう片方が真実だと判断するしかない」
「魔族の誰かが聖剣を使ったって言うの? 一体どうやって?」
「わからん。だが例えばの話、魔族が人間の腕を移植すればどうだ? 人間には魔力がない。魔族は聖剣に触れない。だから勇者にしか聖剣は扱えない―――そういう理屈なら、人間の手を持った魔族でも、聖剣を扱えることになる」
「有り得ない。そんなことをしたらすぐにわかるわ」
「だから例え話だ。そういう抜け道が、何かあるのかもしれん」
未だ残る疲れを振り切って立ち上がり、しゃがんだままのシャーミルに手を差し伸べた。
「他の四天王と王妃―――そいつらは容疑者だ。すぐに全員召集しろ」