理性院カシギの恋愛
その後も色々と回って色々と購入し、さあそろそろダンジョンのほうに行くかという所で、
「今、配下から連絡が入ったわ。勇者は今日中のダンジョン攻略を諦めて、宿に戻ったみたい」
というわけで、リアンの町で一泊することになった。
経験上、宿代をケチると悲惨なことになる。上等そうな宿屋を適当に見繕うと、運よく部屋が空いていた。
ロビーで手続きをしているシャーミルが振り向いて言う。
「何部屋取るの?」
「相部屋でいいぞ。同意を取っていない女性には絶対に手を出さないというのがオレのポリシーの一つだ」
「二部屋で」
信頼がなかった。
まあまだ出会って一日だ。じっくり仲良くなっていくとしよう。
宿賃をオリハルコン払いにしようとしたのをシャーミルに止められたりしつつも、無事に二つ部屋を取った。
客室のある二階に上がり、オレはシャーミルについていって同じ部屋に入る。
「……なんで入ってきてるの。あなたの部屋は隣でしょう」
「まだ寝るには早いだろう?」
シャーミルはハッとして自分の身体を抱き、さささーっとオレから離れた。
本当に信頼がない。同意がなければ何もしないのは本当なのだが。据え膳ならば残さず美味しく頂くけれども。
「少し話がしたいと思っただけだ。話し相手がいないと寂しくて死ぬ病なのだ、オレは」
「……何かしたら舌を噛み切るから」
オレが文机の椅子に腰掛けると、シャーミルは警戒の眼差しをこちらに向けながらベッドに座った。
……コイツ、微妙に自覚ないな。少し小突いただけで押し倒せてしまう状態だぞ、それは。
足を組んで視線を向けると、シャーミルはそっぽを向く。
「…………」
「…………」
……沈黙が痛い。
残念ながら、まだ沈黙を心地良く思えるほどの仲ではなかった。
オレは話題を探す。会話の基本は質問だが……さて、彼女がまともに答えてくれるかどうか。
オレが思うに、シャーミルは生来の性格で物静か、というわけではない。ただ意味を見出さないだけ―――そう、他人との会話に期待していないだけなのだ。でなければ、時おり見せる表情の豊かさに説明がつかない。
オレはしばらく考えて、方針を決めた。
「シャーミル」
「……?」
「オレは昨日、次に狙われるのはお前だと言ったはずだな。怖いとは思わんのか?」
魔王暗殺の手段がわからない現状では魔王城のセキュリティは無に等しい。
その状況下で一番危険なのは四天王で唯一城に常駐しているシャーミルだ。
「……あんまり」
シャーミルは静かな声音で言った。
「それが私の役目だから」
オレは……息を呑む。
その声が――その姿が。
磨き上げられたクリスタルのようで、しかしガラスのような脆さもあり―――
「―――綺麗だな」
「え?」
シャーミルがびっくりしたようにこちらを見た。
「妙に乾いていて、味気ないが……その奥に、お前は自分だけの何かを抱えている」
「……何? いきなり」
「伝わらなかったか? 愛の告白のつもりだったのだが」
「は?」
今度は胡散臭げな表情になった。
「あなた……婚約者いるって言ってなかったっけ?」
「うむ。いるぞ」
「なのに愛の告白って……何のつもりなの?」
「言葉通りだが。愛の告白に『付き合ってくれ恋人になってくれゆくゆくは結婚してくれ』以外の意味があるのか?」
「……好きじゃないの? 婚約者のこと」
「いや、好きだ。愛しているぞ」
「……えっと。つまり、愛人になれってこと?」
「今言っただろう。『ゆくゆくは結婚してくれ』という意味も入っていると」
「…………ごめんなさい。ちょっと意味がわからない」
シャーミルは頭痛でもするかのように頭を押さえた。
なぜ告白してこんな反応をされなければならんのだ。
「惚れたからそれを告げただけなのに、何がわからないのだ?」
「何がと言われたら、全部。……惚れたって、いつ?」
「今だな」
「今?」
「今」
「……それを信じろって?」
「一目惚れが発生するのは何も初めて会った時とは限らん」
見慣れた相手でも、ふとした仕草に一気にいかれてしまうこともあるわけで。
「言葉がものすっごく軽く聞こえるんだけど」
「そう、それだ。よく言われるのだ。オレは心底本気なのに、なぜなのだろうなあ」
「全然躊躇いがないし、恥ずかしそうでもないし」
「恋愛感情は恥ずかしいものか?」
「……からかってるんでしょう?」
「だから本気だと言っているだろう」
憮然として言うが、シャーミルの胡散臭げな表情は変わらなかった。
「一つ訊きたいんだけど……もしかして、他にも恋人……みたいなのがいるの?」
「いるぞ」
みたいなのってなんだ。
「何人?」
「恋人を数えたことはないな。数値で管理するようなものではない」
「……数えきれないくらいいるって理解でいい?」
「数えたことがないだけだ」
全然違うではないか。
「……いずれにせよ、女たらしってことね」
「否定はせんが、聞こえが悪いな」
「よくやるわ。そんなのすぐバレそうなものだけど」
「バレる? 何が誰にだ?」
「え?」
「ん?」
なんだ。何かが食い違っているぞ。
「……もしかして、だけど」
「うむ」
「女の子のほうもわかってる、とか?」
「オレが恋人を複数持っていることをか?」
「そう」
「当たり前だろう。今こうしてお前にも話しているのだから」
「……そう。つまり、あなたはハーレムの主というわけね」
「後宮を作った覚えはないぞ。過ごした時間の違いこそあれ、オレは女性に序列を付けるような真似はせん」
「全員平等に愛してるって?」
「愛に優劣があるのか?」
「付いてしまうものじゃないの」
「少なくともオレにはないな」
「……信じられない。そんなにたくさんの人を同時に、平等に愛するなんて。身体目当てだっていうならまだわかるけど」
「オレが身体だけで満足するほど無欲に見えるか?」
はあ、とシャーミルは溜め息をついた。
「よくやるわ」
「それは誰のことだ?」
「あなたに付き合ってる女の子達のこと」
「……まあな。オレも負担を強いている自覚はある」
自嘲的な気分になって、オレは笑った。
「オレ自身は間違ったことをしているつもりは一切ない。好きなら好き。ただそれだけのことだ。……だが、それがイコール世界の真理というわけではない。大多数の人間はお前のような反応をするのだ」
だから、とオレは続ける。
「それでも傍にいてくれる女性のことをオレはますます好きになるし、幸せにしてやりたいとも思うのだ。そのためならどんな労苦も厭わん」
「…………」
シャーミルはおかしな目でオレを見つめ、
「……騙されないわ」
ぶっきらぼうにそっぽを向いてしまった。
「そう警戒せずともいい。オレの女になれと言っているわけではないのだからな。ただお前のことを好きになってしまったことを報告したかっただけだ」
「……それにどんな意味があるの?」
「挑戦状だよ」
オレは不敵に笑って告げる。
「オレは必ずお前を口説き落とすだろう。そして必ず、お前の思う最高の幸せをプレゼントしてやる」
「……口説き落とせなかったら?」
「落とせるまで諦めん。もしかしたらお前はオレのことを軽い男だと思っているかもしれんが、それは大きな間違いだ。オレはしつこいぞ。何せしつこすぎてリアルに呪われたことがあるくらいだからな」
冗談めかして言い、椅子から立ち上がる。
「覚悟しろ。オレに愛されたのが運の尽きだ」
シャーミルは嬉しそうな顔も嫌そうな顔もしなかった。
ただ値踏みするようにオレの顔を見上げ、
「……最後に一つだけ訊いてもいい?」
「大歓迎だ」
「もし私がここで『気持ち悪い。大嫌い。二度と顔を見たくない。どこか見えない所で豚のエサにでもなって』って言ったら、どうする?」
「泣いて土下座だな」
胸を張って言った。
うむ、土下座だな。それ以外ない。
「……想像できない」
「試すのはできれば遠慮してくれ。オレも傷つくのだ」
その会話を最後に、オレはシャーミルの部屋を出た。
自分の部屋に入り、ベッドに倒れ込み、ごろごろと転がって、
後悔する。
(もっと他に言い方はなかったのか……!)
恋愛は難しい。反省の連続である。