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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
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理性院カシギの捜査


 とりあえず死体を見るべきだろう。


「ご遺体は、一階の謁見の間にあるわ。発見当時のまま保存してあるから……。ついてきて」


 部屋を出て魔王城の長い廊下を歩く。

 シャーミルの部屋はかなり上層にあったようで、窓から魔界の様子が広く望めた。

 荒廃した大地と立ち込める黒雲……いかにも魔界らしい、不景気な土地だ。


 例に漏れず、魔王城は複雑な構造をしていて、目的地である一階に辿り着くまでかなりの時間があったので、シャーミルと色々な話をした。

 オレが異世界召喚体質であることも話したし、元の世界に婚約者がいることも話した。

 彼女の感想はこうである。


「異世界召喚体質? ふうん」

「あなたに婚約者? 世も末ね」


 もうちょっとなんかあるだろう。特に二つ目は断固抗議するぞ。


 逆にシャーミルからは、この世界の現状について教えてもらうことができた。

 世界の名は〈ボックス〉。一つの大きな大陸でできた世界で、ど真ん中に走る巨大山脈で『人界』と『魔界』に分かたれている。

 それぞれに人間と魔族が暮らしていて、まあ戦争をしているわけだが、戦闘能力に優れる魔族が圧倒的優勢、ワンサイドゲーム。このまま人間を滅亡に追い込めるか、と思った矢先、『勇者』が現れてさあ大変。勇者の反撃が始まり大ピンチ! 以下現在進行形。


 なんだかどっかで聞いたような話のオンパレードなので途中から雑になってしまったが、シャーミル達魔族は割と真面目にピンチのようである。

 何せ勇者が各地の魔族を討伐して回っているこの状況で、トップである魔王が暗殺されてしまったのだから。


「暗殺……か。犯人に心当たりは?」

「まず間違いなく、勇者」

 廊下を歩きながら、シャーミルは確信的な声音で言った。


「んん? いや、今聞いた話だと、勇者はまだ活動し始めたばかりではないのか? こんな魔界の奥深くまで来られるのか。

 それに、勇者は魔王の討伐を目的としているのだろう。暗殺の下手人が勇者なら、なぜ未だに活動し続けているのだ?」

「わからない。でも、犯人は勇者で間違いないの」


 何か理由がありそうだった。

 先を促すと、シャーミルは簡明に話してくれた。


「魔王様は、聖剣で刺されて殺されている」

「聖剣……何か特殊な剣なのか」

「まず、高位の魔族を殺害できる効果がある。四天王以上の魔族はみんな不死身だから、聖剣じゃないと倒すことはできないの」


 ほう……不死殺しか。


「他には?」

「聖剣は、勇者しか使えない。理由は、実際に試してみればわかると思うけど……」


 ……なるほど。

 勇者しか使えない武器によって殺されていた。だから犯人は勇者でしか有り得ない―――実に簡潔な論理だ。


「得心した。……だが、やはり解せんな。さっきオレが言った疑問は氷解しない」

「だから悪魔を召喚して答えを教えてもらおうとしたのよ。勇者がどうやってここへ来て、どうやって魔王様を殺したのか―――それがわからないと、この魔王城は裸同然だもの」

「セキュリティの問題か。……他の四天王はこの城にいるのか?」

「いえ。四天王でここに常駐してるのは私だけ。魔王様が暗殺されたこともまだ教えてないわ」

「まるで他人事のようだな。気付いていないのか?」


 先を歩くシャーミルが振り向いて、灰色のおかっぱが揺れた。


「気付いてないって、何に?」

「この城が裸同然ということは、一番危険なのはお前だろう、シャーミル。今この城で最も位の高い魔族なのだから」

「……ああ、そうね。確かに」


 と、興味なさげに言って、シャーミルは再び前を向いてしまった。

 わかっているのかいないのか……色んなものが希薄なヤツだ。その割に最初のセクハラには過敏に反応していたが。


 そうこうしているうちに、エントランスと思われる場所に到着した。

 正面には正門があるが、目的地はその反対だ。


 階段のすぐそばから伸びていく幅の広い廊下を進み、複雑な彫りの鉄扉を見上げた。

 この向こうが謁見の間らしい。

 こんな扉どうやって開けるのだ……と思っていたら、シャーミルが軽く触れた瞬間、彫りがぼんやりと輝いて、独りでに開いていった。


 謁見の間は暗かった。

 窓がないのだ。おかげで空気も淀んでいる。

(……血の匂いがせんな……)

 話によれば、ここには魔王の死体があるはずだが……。


 どこかにスイッチでもあったのか、入口側の燭台から順番に炎が灯っていく。

 謁見の間全体が灯りに満たされると、最奥に玉座があるのをようやく確認できた。

 そこに、一体の石像が腰掛けている。


「まさか、あれが?」

「ええ―――魔王様よ」


 玉座に近付いてしっかりと観察する。

 立ち上がれば一九〇センチはあるだろう偉丈夫だ。顔つきも精悍で、人間であれば三十代後半から四十代というところか。ナイスミドルというヤツだ。


 基本的には人間の男と同じだが、ただ一つ、額にも目玉があることだけが異なる。

 第三の眼はカッと見開かれており、見ていると何だか呪われそうである。呪いにはトラウマがあるのだ、勘弁してほしい。


「これは……石像ではないのか?」

「これが聖剣の効果。聖剣にトドメを刺された魔族はみんなこうなるの」


 シャーミルが魔王の石像の胸を指差す。

 そこには一本の長剣が突き刺さっていた。


 柄と鍔に特徴的な意匠がある以外は、何の変哲もないただの長剣だ。これが本当に不死殺しの剣なのか?

 失礼して、聖剣の柄を握って力を込めた。


「……む? 抜けん」

「魔力を通さないと抜いたり振ったりすることはできないの」

「『魔力』か。耳慣れている割に定義がよくわからん言葉筆頭だな」

「魔力は魔族が持つ生命エネルギーみたいなものよ。使い道は人化と魔王様が作る魔力装置くらいしかないけど……」

「ふむ。……では、勇者にもこの剣は使えないのではないのか? 人間だろう、勇者は」

「『勇者』は、厳密には『魔力を持った人間』のこと。だから聖剣を使うことができる。だけど私達魔族は―――」


 シャーミルが聖剣の柄に指先でチョンと触れる。

 瞬間、バチッ! と音を立ててシャーミルの手が弾かれた。


「―――この通り、触れることすらできない」

「だから、魔力を持つ唯一の人間である勇者にしか使えない、という理屈か……」


 道理ではある。


「この聖剣とやらは何本存在する?」

「伝説に謳われる聖剣が二本も三本もあるわけないでしょ?」

「ならばとりあえず、お前や他の四天王に命の危険はないということか。世界に一本きりの聖剣が今ここにあるのだから。となると、そもそもどうしてここに聖剣を残していったのかという疑問が残るが……」


 考え込みながら死体の観察を進め、あからさまな異常を発見する。


「両膝がぽっきりと折れているな……」

「ええ、そうね」

「肘もだ。関節部がやられているのか? ……いや、腰は大丈夫だな」


 劣化でもしているのかと拳で軽く叩いてみるが、むしろ強度はかなりありそうだ。

 他にも、シャーミルの解説を受けながら色々と調べてみる。

 結果わかったのは、


「その一。この死体は偽物などではなく、紛れもなく魔王本人」

「ええ」

「その二。殺害者はレベルにして41以上の戦闘能力を持つ」

「ええ。魔王様はレベル40以下の生物を即死させる瘴気を常に放っているから」


 瘴気の範囲は半径三〇メートル。謁見の間の差し渡しと同じくらいだ。

 レベル41以上というのがどのくらいなのか正直よくわからんが、勇者以外の人間は全員レベル1らしいので、まあそこそこ強いのだろう。


「そしてその三。活動し始めてまだ一週間しか経っていない勇者は、どんな贔屓目で見てもレベル41もありはしない」


 以上より、


「勇者には魔王を殺せない……と、いうことになってしまうのだが」

「……ええ」

「なのに、聖剣は勇者しか使えない?」

「ええ」

「手袋をすれば魔族でも使えるとか」

「じかに触れないと魔力を通せないから意味がないわ」


 ……ふうむ。

 オレは与えられた前提条件を頭の中に並べ、そこから推論を組み立てようと試みる。



――― 知らなければ ―――



 脳裏で声が囁いて、オレは顔を顰めた。

(……黙っていろ。オレは好奇心(きさま)の奴隷ではない)


「……どう?」

 思ったより長いこと黙り込んでいたのか、シャーミルが少し遠慮がちに訊いてきた。

 オレは気を取り直し、結論を告げる。


「可能性は二つある」

「二つ?」

「勇者がレベルを誤魔化したか、魔族が聖剣を誤魔化したか、だ」


 この魔王殺しの不可能性を主張しているのは、勇者のレベルの低さと魔族が聖剣を使えないことだ。ならば、


「このどちらかを証明、ないしは否定すれば、おのずと真実は明らかになるだろう」

「じゃあ……」

「勇者は今どこにいる?」

「今はたぶん……」

 シャーミルはローブから大きめの紙を出して広げた。

「二つ目のダンジョンに入ろうとしている所だと思う」

「よし。オレをそこのボスにしろ」

「は?」


 シャーミルは『何を言っているのだコイツは』という目でオレを見た。


「現在の勇者のレベルを戦って確認する。それでレベル40以下なら勇者はシロだ」

「理屈はわかるけど……正気? 勇者が旅立ったばかりって言っても、一週間もあればレベル二桁は行ってるだろうし……これって常人の数倍の強さなんだけど。あなた、レベルは?」

「どうやって確認するのだ?」


 シャーミルは溜め息混じりにやり方を教えてくれた。

 瞼を閉じて自分の姿をイメージすると、色々な数値が瞼の裏に表示される。幸いなことに日本語だ。


「ふむ。問題はなさそうだな」

「……そう。そういえばあなたって色んな世界で戦ってきたって話だったし、多少はレベルがあっても不自然は―――」

「いや、レベルは1だ」

「…………え?」


 聞き逃したのかシャーミルが怪訝げだったので、オレは念を押すように繰り返す。


「レベルは1だが問題ない。何、任せておけ。オレは殺しても死なない男だからな」




●理性院カシギ レベル:1 種族:人間

最大HP:85

最大MP:0

 攻撃力:20

 防御力:20

 敏捷性:15

 魔攻力:0

 魔防力:0


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