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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
37/38

エンディングの向こう側 ~Over the Endroll~


 刃を持った羽根が襲い来る。

 世界すべてが殺意を持ったかのような飽和攻撃。逃げ場はなく、一瞬後に蜂の巣になっている自分が鮮明に想像できる。


 だが。


()()()()()!!」


 ガシャシャン!! と音を立て、山と積まれたオレの武器の中から一つの大盾が飛び出す。


 『繊細なる大盾』。

 敵の攻撃力がわかってさえいれば、あらゆる攻撃を無効化する装備……!!


 大盾はオレとシャーミルを自らの影に収めた。

 そして羽根の嵐を堂々と迎え撃ち―――


「―――チートコード適用、ステータス・リライティング」


 すべての羽根が、大盾を素通りした。


 ……こいつ! 直前に自分の攻撃力を書き換えやがった……!!


 殺意が迫る。

 それは津波に似て、分け隔てなくすべてを奪い去る無慈悲の権化。


 オレは左手を握り締める。

 『絶撃の籠手』。あらゆる物理攻撃を無効化するグローブ。これをアクセサリー装備として使えば―――


 瞬間。

 オレは、殺意の暴風雨で埋まった視界を見た。


 ―――無理だ。


 左手一本でどうしろと?


 オレは、自然と悟る。

 苦境に立たされた棋士のように。

 自分が、詰んでいることを。


(この攻撃は――――防げない)




 直後、全身を殺意が呑み込んだ。




 自分の身体がどうなったのか、オレにはわからない。

 何も考えず、何も感じず、オレは背後の少女を守ることだけを想っていた。


 守り切れただろうか。

 守り切れなかっただろうか。


 いいや、彼女はシステム的には『神』の味方なのだから、この攻撃で傷つくことは有り得ないのか……。


 そんな、意味のない思考が浮かんで、消えた頃。

 全身を襲っていた攻撃が、綺麗に終了した。


 オレが死ぬことはない。

 死ぬことだけはない。


 しかし怪鳥が繰り出したのは、オレの生命としての意義を完全喪失させる技で―――


 だから。




 オレは、一歩前に踏み出した。




「―――理解不能」


 初めて、神子シャーミルが感情を窺わせる声を出した。


「理解不能。理解不能。理解不能―――――――――――――!!!!」

「先程の貴様の言葉を、そっくりそのまま返そう」


 さらに一歩、オレは踏み出す。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。……オレが装備しているのが、剣だけだと思ったか?」


 踏み出した足は、()()()()()()()()()()を履いていた。


「靴――――装備」

「外を裸足で歩くわけにもいくまい。当然、靴くらい履いている」


 『ファントム・ブーツ』。敏捷性プラス75。

 特殊効果は―――『戦闘中、一度だけ敏捷性に関係なく先制することができる』。


「貴様のターンはまだ先だ。もう少々お待ちいただこうか!!」

「莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆!!!!」


 意味不明の咆哮を放つ怪鳥は、しかしそれ以上の権限を持たない。

 どれほど膨大な攻撃力を持とうとも、ターンを回さなければ恐るるに足りない。


 オレは肩越しに、背後で尻餅をついている少女に視線を送る。

 何を言うべきか、数瞬だけ逡巡して、結局、願望を垂れ流すことに決めた。


「オレのことを、待っていてくれるか」


 大きな瞳に、もはや涙は浮かんでいない。

 純粋な輝きが、揺れることなくひたと据えられ、


「……うん。待ってる。……だから―――ちゃんと、私を幸せにして」

「ああ。―――ありがとう」


 待ってくれる人がいることの。

 信じてくれる人がいることの。

 幸運を心で噛み締めて、オレは前を見た。


 ……やっぱりだ。

 やっぱりオレは、どこの世界の誰よりも、女運がいい。


 見上げた先は怪鳥の威容。

 その姿は世界を塞ぐ蓋に等しい。


 だったら。


「お待たせしたな。―――そろそろゲームは切り上げて、勉強でもしてもらおうか」


 全力をもって、開けてやろう。

 誰に憚ることのない大空を、この世界にくれてやろう。

 それがオレに贈れる、最上のプレゼントだ。


「莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆莠域悄縺帙〓繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆!!!!!!」


 怪鳥が咆哮すると同時、オレは地面を蹴った。

 一瞬にして重力を振り切る。空気に錐の如く穴を空け、闇の中を貫いていく。


 鷲の白頭は遥か彼方。しかし、その巨大さは遠近感を狂わせる。

 威圧感だけで距離を測り、オレはマウンテン・イーターを振り被った。


 宝剣が鮮烈な光を放つ。

 秘められし能力を遺憾なく解放して、オレの攻撃力を際限なく上げていく。


 敵は『神』。

 世界すべてを押し潰さんとする最悪の重石。


 ならば、それに相応しい力で挑もう。

 そちらが世界を潰すなら、こちらは世界を喰らってやる―――!!




「――――読み違えましたね、理性院カシギ」




 ……は?


 攻撃を外して以来、意味不明の咆哮しか吐いていなかった怪鳥が、いやに理性的な言葉を放った。

 その声は冷たく、まるで神の託宣のようで―――




「アナタにできるのは、()()()()です」




 オレの脳内に、とあるデータを直接、叩きつけてきた。




▼理性院カシギ(マウンテン・イーター)

▼攻撃力:9999




「―――――――――――――――――――――――――」


 攻撃力。


 が。


 止まって。


 いる。


 ピタリ、と。


 まるで。


 空気を入れ切った、タイヤのように―――


「…………馬鹿、な」


 止まるはずがない。

 この程度で収まるはずがない。


 見ろ、眼前にいるこの敵を! 世界すべてを覆い、翼は地平線まで届いている!

 これほどの重量を相手にしているのだ、9999程度で止まるはずがない!!


 敵の防御力は65535もあるのだ……!!

 この程度では足りない。この程度ではたった1ポイントのダメージすら通らない!


 上がれ。

 上がるはずだろう。



▼攻撃力:9999



 どうして上がらない……!?



▼攻撃力:9999



 上がるはずだ、もっと!



▼攻撃力:9999



 上がらなければ……!!



▼攻撃力:9999



 上がれ。



▼攻撃力:9999



 上がれ。



▼攻撃力:9999



 上がれ!



▼攻撃力:9999



 上がれ、上がれ、上がれ!!



▼攻撃力:9999



 上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ上がれェえええええええええええええええええええええええええ――――――――――ッッッ!!!!




▼攻撃力:9999


▼攻撃力:9999


▼攻撃力:9999


▼攻撃力:9999


▼攻撃力:9999




「それがアナタの限界です」


 神子の声が、無慈悲に墜ちてくる。


「アナタの属性は所詮『人間』。人間(アナタ)の攻撃力データに用意された容量は、ソレが限界なのです」


 ステータスの……カウンター、ストッ、プ?


 ……ふざけるな。

 終われるものか、こんな所で。


 待ってくれているのだ。

 信じてくれているのだ。

 幸せにしてくれと、ようやく彼女が、そう願ってくれたのに!


 当のオレが! こんな所でッ……!!


「攻撃側の攻撃力が防御側の防御力の半分を下回った場合、ダメージはすべからくゼロとなります」


 待て。

 まだオレのターンは―――



「―――ワタシのターンです」



 怪鳥がその翼を広げる。


 瞬間、世界は影に沈み。


 来たる破滅を、オレはどうすることもできず。


 ただただ、何かを掴もうと腕を伸ばし。


 それでも、掴むのは虚空だけ――――――――――






「――――――――――なぁんてな」






▼理性院カシギ(マウンテン・イーター)

▼攻撃力:10000




「―――な」


 怪鳥の声が、ついに機械らしからぬ音を作った。

 道具として作られたAIが、驚愕している。

 限界を突き破り、有り得ない上昇を行なったオレの攻撃力に。


「迫真の演技だったろう?」


 不敵な笑みを口元に刻み、オレは怪鳥を見上げる。


「あまりにも貴様が得意げだったんでな、少しばかり悪ノリしてしまった。許せよ」

「ばッ……なッ……!!」


 この間も上昇は止まらなかった。

 11000……12000……見る見るうちに数値は上がっていき、ついには20000を超える。


「理解不能っ―――理解不能です!! なぜこのような現象が……このようなバグが!!」


 さあ、茶番は終わりだ。

 暖かな力が全身に満ち、重力を捻じ伏せてさらに上昇していく。



▼攻撃力:30000



「走査―――分析―――終了。これは……理性院カシギの攻撃力に割り振られたメモリが拡張されて―――一体どこからリソースが? この識別名は―――馬鹿な!!」



▼攻撃力:60000



「個体名『魔王デミス』……!! 石化封印された魔王が、アナタに自らの力を託したとでも!?」


 驚くには値しない。

 少し、挨拶をした。そうしたらどこからともなく声が聞こえてきて、力を貸してくれると言うから頷いただけだ。


 せっかくの好意を無下にするわけにもいかん。

 未来の義父ともなれば特にな!



▼攻撃力:65535



 怪鳥の巨躯が間近に迫った。

 空が実体を持ったかのような圧倒的質量に、マウンテン・イーターがさらなる唸りを上げる!


「ですが、ここまでです……!!」

 怪鳥が甲高い咆哮を迸らせた。

「そこが真の限界点。魔王が持つ膨大なリソースを借りた所で、その壁は超えられない!! 多少のダメージは負いますが、ワタシのヒットポイントを削り切るには至らない!!」


「―――神子よ、何か忘れてはいないか?」


 剣の光が巨体の影を散り散りに引き裂いていく。


「魔王は、二人いるということを!!」




▼攻撃力:100000




 男勇者と女勇者の世界、二つの世界の魔王の力が相乗効果を生み、さらなる速度をもって世界を埋め尽くしていく―――!!


「―――お父さんっ……!!」


 地上にいる彼女の声がかすかに届いた。

 そうだ、お前の父は生きていた。お前を守るため全身を貫かれ、あるいはお前自身に刺されて石化し、それでもなお!

 そして今この時に及んでも、お前を立派に守り通そうとしているのだ……!!


(……前言を撤回しよう)


 心の中で、今やオレに溶け込んだそいつに語る。


(お前は、見事な父親だ―――!!)




▼攻撃力:100000000




「そんな―――こんなことが―――世界が……この空間以外のすべてのリソースが……たった二人のキャラクターに、奪われて―――」




▼攻撃力:1000000000000




 世界が、たくさんの人々を封じ殺していた世界が、ただの数字に変換されていく。

 山も、川も、大地も、町も、城も。

 何もかもが、攻撃力という単なる数値に喰らい尽くされる。




▼攻撃力:1000000000000000000




 新世界はここにある。

 彼らの居場所はここにある。


 もはや彼らは舞台装置でもキャラクターでもない。

 旧き世界を捨て去って、未知なる未来を生きていく―――!!




▼攻撃力:10000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000




 1グーゴル―――全宇宙を超越するほどの数値を宿した剣が、太陽よりも燦然と輝いて、その切っ先を神の喉元に向けた。


「よう、神子シャーミル。そういえば貴様、魔界四天王の一人だったな?」

「――――――」

「四天王を始めとした高位の魔族は聖剣以外では死なず、ダメージは即座に回復する……確かそういう設定だったな」


 いつか、バラドーを斬りつけた時のように。


「ヒットポイントが減ったそばから回復するのだとして―――さて、これだけのダメージを消化し切るのに一体何年必要か。まあ、文明一つ分くらいは保ってくれることだろう」


 オレは怪鳥と化した神子を見上げる。


「最後に訊こう、神子シャーミル」

「――――――」

「『神』から離反し、オレ達に協力してくれる気はあるか」


 白い頭部を持った巨大すぎる鷲。

 その姿に、一瞬、無表情な少女の姿を透かし見た。


「―――プログラムされていません」


 ことさら機械的に、彼女は答えた。

 創り主に求められたまま、そういう風に生まれついたまま。


「……そうか」


 オレは、コンマ一秒だけ黙祷を捧げ、


「ならば―――オレ達のために、眠ってくれ」




▼コマンド:物理攻撃(通常)




 オレはマウンテン・イーターを全力で投擲する。

 天文学的と言ってもまだ足りない威力が軌道上の大気を破壊し、怪鳥の喉元に深く突き刺さった。


「――――理性院――――カシギ――――」


 最後、噛み締めるように名前を呼ばれたのは、幻聴だったのだろうか。


 すべては直後に巻き起こった衝撃の中に消え、世界を潰さんほどだった怪鳥は、夜空へ吸い込まれて点のようになった。


 オレは嵐のような衝撃にもまれながら、あるかどうかもわからん宇宙に飛ばされていく神子を見上げる。


 ……お互い、親には苦労させられるな。

 今度会ったら、きっと貴様のことも口説くだろう。


 せめてもの手向けを心の中で贈り、それからオレは、無事に着地する方法を考え始めた。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 結論から言うと、うまい手段は思いつかなかった。

 まあ地面に激突してトマトソースみたいになっても呪いのおかげで死にはしないのだから大丈夫か、痛いのは嫌だが―――と自由落下しながら考えていたら、


 ふわり、と柔らかに受け止められる。


 と思ったのも束の間、ズッシャアッ! と凄まじい勢いで地面に放り出された。

 受け止めたと言うより、身体を張ってクッションになったらしい。

 オレとそいつは絡み合うようにして地面を転がった。


 しかし、とりあえずは生きている。

 オレは全身の痛みを堪えながら腕立て伏せの要領で身を起こし、オレに組み伏せられる形になった彼女を見つめた。


「なかなか無茶をするな。この戦闘空間以外をすべて剣の攻撃力に変えてしまった今、勇者だって死ねばどうなるかわからんのだぞ?」


 彼女はほのかに微笑する。


「そっちこそ。何もかも想定内みたいな顔して、ほとんど行き当たりばったりだったでしょ?」


 バレたか。割とその場のノリで動いてしまうのがオレの数ある欠点の一つだ。


「それで……」

 彼女の視線が下に滑る。

「そろそろ、離してほしいんだけど」


 オレの両手がプレストプレートの下に滑り込み、おっぱいをがっつり掴んでいた。


「おお、すまん。ラッキースケベチャンスだと思って」

「つまりわざとなのね……。会った時から全然変わらないんだから」

「おっと。前とは反応が違うな?」

「ん…………それは、だって」


 頬がかすかに色づいて、視線が横に逸らされる。


「あんたは、世界を救ってくれた勇者なんだから……このくらいのご褒美があっても、いい、かな……って」


 …………ここがベッドの上でないのが口惜しい!!


「ご褒美と言うのなら、一つ」


 内心の興奮を押し隠し、胸から手をどけてから言った。


「名前を、教えてくれ。お前の本当の名前を」


 彼女は、くすり、と悪戯っぽく笑う。


「推理できないの?」

「残念ながら」


 さらにくすくすと小気味よさそうに笑ってから、彼女はとびっきり綺麗な笑顔で告げた。




「私の名前は、アステト」




 ……アステト。

 アステト……。


「……変な名前でしょ?」

「いいや、綺麗な名前だ」


 不安げに見上げてくる彼女の頬に、オレはそっと手を添える。


「アステト―――()()()()()


 彼女もまた、オレの頬に両手を添えて、


「私も」


 やはり笑みは悪戯っぽく、


「あなたと違って、世界であなただけを愛してる」


 ……きついなあ。

 オレは苦笑してから、アステトにキスをした。



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