表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
34/38

勇者××××の自供 後篇

 気が付いた時、そこは森の中だった。

 衝撃に薙ぎ払われた木々も、地面に無数突き立った羽根も、空を覆う怪鳥もいない。

 けれど、どこか見覚えがある森の中。


(……ここが、異世界……?)


 疑念を覚えながら、私はどうにか森を出る。

 そして―――やはり、見覚えがあることに気付くのだ。


 それから世界を彷徨って、色んな場所を見て、色んな人に会って、ようやく認める。

 ここは、紛れもなく異世界だ。

 けれど、私が――私とお父さんが求めた希望なんて、どこにもない。


 ―――鍵のかかった部屋を出たら、扉の向こうにもう一つ部屋があった。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 この世界では勇者は男ということになっていた。名前も私と同じだ。

 勇者が男の世界と女の世界、世界は元々二つあったんだと、私はすぐに気が付いた。


(……でも、この世界じゃ私は『主人公』じゃない。『神』の監視も緩いはず……)


 見た所、こちらの世界の男勇者もかなり周回している。けれど『主人公』への不用意な接触は避けたかった。

 ―――全身を羽根に貫かれたお父さんの背中が、瞼に焼き付いて離れない。


 私はこちらの世界の魔王にコンタクトを取った。

 こちらの魔王はこちらの勇者の父親だ。私とは直接には関係ない。

 ……けれど。


「お前が―――……ああ、そうか……」


 無愛想で、だけど誠実で、誰よりも責任感が強い。

 そんなわかりづらい人となりは、確かに、私の知るお父さんだった。


 私は自分の世界でやってきたことと、それによって判明したこの世界の構造について、こちらのお父さんに話した。

 世界移動じゃこの世界を解放することはできない。そう告げると、


「…………そうか。ならば、他の手を考えねばな…………」


 こちらのお父さんも世界移動魔法の開発を考えていたのだろう。

 前向きなことを言っていても、滲み出る落胆は隠せていなかった。


 ……私も、お父さんも、きっとこの時点でわかっていた。

 世界間航行魔法『アーク』は、最後の希望だった。それが無駄だとわかった今……私達に、『他の手』なんてない。


 それでも。


――― 生きろ ―――


 お父さんはそう言った。

 傷だらけで、私を守りながら。

 祈るように、そう言ったんだ―――






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 それからしばらくの間、私とお父さんは新しい策を探し求めた。


 男の勇者に助力を乞うことはなかった。

 私と彼の唯一の違い――それは、彼が一人で禁呪ルネマを見つけてしまっていたこと。

 繰り返し他人に成り代わって遊んでいた彼は、徐々に自我が希薄になり……私よりずっと早く、精神的に壊れてしまっていた。

 お父さんの懸念は正しかったのだ。


 私は、男勇者に聖剣を突き刺されて石化したお父さんを、幾度となく見上げた。

 かつては私自身がしていたことだ。今更どうとも思わない。

 ……そのはず、だったのに。


(終わらせなきゃ)


 崩れゆく魔王城の中で、いつも私は強く思う。


(終わらせなきゃ―――)


 ストーリーが終わって時間がリセットされても、私の記憶は変わらず引き継がれていた。

 そうしてできた長い時間を使い、私は考え続ける。


 どうすれば、この閉じられた世界を解放できる?

 どうすれば、エンディングの向こう側に辿り着ける?


 ……アイディアすら浮かばない日々が、長く長く長く続いた。


 どんなに世界を探しても、どんなに知恵を絞っても、かつてお父さんが考案した『新魔法開発』以上の手立ては見つからない。


 どうすれば―――どうすれば―――


「これ以上の抵抗は無意味です」


 ある時、不意に。

 こちらの世界の神子シャーミルが現れて言った。


「アナタ達が求めるものは存在しません。無意味なのです」


 無機質な声音は、天からの啓示のようでもあり。


「もし仮に、この世界を脱出する手段があったとしても」


 それゆえに、強烈な圧力を持つ。


「ワタシは、ソレを許しはしません」


――― ワタシが、ソレを見逃すとでも? ―――


 ……私達がいるのは、掌の上だ。

 掌の上で、指先に操られて、遊ばれているのだ。

 どんなに目を逸らしても。

 厳然と。



 それから程なくして、お父さんから提案があった。

 ―――自分を殺せ、と。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 エンディングの引き金を引くのは、勇者が魔王を倒すという現象。

 ならば、勇者に倒される前に、他の誰かが魔王を取り除いてしまえばいい。

 そうすればこの世界は『終わり』を失い、末永く存続していくことになる―――


 理屈は理解できた。

 けれど。


「この役目を担えるのは、お前だけだ」


 朴訥な声で、お父さんは言った。


「お前ならば、背負えるはずだ。この世界を」


 ……世界。

 世界を。


 そう、私は勇者―――世界を救う勇者。


 やらなければならない。

 やらなければならないんだ。


 世界を救うために―――勇者としての責任を、果たさないと。


 ……そんな言葉で自分を納得させても、本当はわかっていた。

 世界なんてどうでもよくて。

 ただ、お父さんの声に震えるほどの覚悟があったから、頷いてしまっただけなんだって。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 行動を起こすに当たって、あらかじめ邪魔者を排除しておく必要があった。


 魔王城最上階。

 神託の間。


 忍び寄ったり、姿を変えて騙したりすることはなかった。

 そんな小細工はきっと通用しない。

 戦闘空間の出番もなく、ただただ普通に―――


 階段から飛び出した私は、聖剣を構えて大きな魔法陣の上を走る。

 標的は机の傍にいて、足音で気付いたか、間合いを四分の三ほど詰めた所でようやく振り返った。


 もう遅い。

 速度を乗せた切っ先が、少女の胸の中に埋まる。


 ダメージ数値は出ない。

 でも紛れもなく、致命傷だと思った。


 手足から石化していく神子シャーミルは、大きな瞳で私をじっと見つめている。

 悲鳴も、断末魔も上げることなく、彼女はそのまま、完全に石像になった。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 すべての準備が整い、謁見の間にて、事は実行に移される。

 私が戦闘空間を展開し、お父さんは――魔王は、私の攻撃を無抵抗に受け続けた。


 あっという間にボロボロになって、HPも風前の灯。

 あと一回、聖剣で突き刺してしまえば、呆気なく魔王の命は途絶える。

 おそらく、今度はリセットされることなく、永遠に。


「…………とどめを…………」


 手が止まった私に対し、魔王はかすれがすれに言った。


 ……もう後戻りはできない。

 進むしかない。


 世界を救うために。

 世界を救うために。

 世界を救うために。


 私は、勇者なんだから。


 唇を引き結び、聖剣を強く握り締める。

 濁った叫び声を上げ、聖剣を振り上げて、


「―――生きろ」


 再び、その言葉を聞く。


「生きろ……未来を」


 聖剣の切っ先が、その胸に深々と突き立った。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 そして、玉座に腰掛けた石像を見る。

 胸には聖剣が突き刺さったまま。いつものように魔王城が崩れることはなく、時間が巻き戻る気配もない。


 これで……やっと。


 私は禁呪ルネマを使って神子シャーミルに変身し、神託の間まで上った。

 『神』が策定したストーリーは破綻した。

 だから今、神託を受信すれば、何も出てこないか、途中で途切れたストーリーが―――


 床に描かれた大きな魔法陣の前で、私は模倣した能力を使う。

 頭のツノに何かが流れ込んできて、床の魔法陣を伝い、壁の石碑に移っていった。

 壁に高速で文字が刻まれていく。

 その内容は―――




豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ縺檎匱逕溘@縺セ縺励◆豺ア蛻サ縺ェ繧ィ繝ゥ繝シ




「―――なに、これ」


 わけがわからない。

 一文字たりとも読めない。何が書いてあるのかわからない。

 ……それでも、直感的に理解した。




 やってはならないことを、やってしまった。




 出所不明の寒さに凍え、ぶるぶると震える私の後ろで―――


「アナタ達は、逃げられない」


 ―――石化したはずのシャーミルが、何か言った気がした。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。


 お父さんを殺した日から地震が続いていた。今まで地震なんて一度も起こったことがなくて、知識上だけの存在だったのに。怖い。怖い。怖い。このままだとどうなるの? 世界は今どうなっているの? どうしようどうしようどうしよう! 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ……!


 もう、頼れるものなんて一つしかなかった。

 こちらの世界のお父さんは、死んでしまったけれど。

 同じ存在で、その穴を埋めることができれば……!


 あんなに傷だらけだったけど、それでも魔王なんだから。

 きっと、きっと……!!


 その結果、あちらの世界がどうなってしまうかなんて、私には考えられなかった。


 とにかく、どうにかしたくて。

 どうにかしなくちゃいけないと思って。

 『アーク』の準備を整えた。


 今度は『行く』のではなく『呼び寄せる』。


 ―――異世界召喚。


 首尾良くあちらの世界のお父さんが召喚できるかは賭けだけど、外せば当たるまで続ければいいだけだ。


 シャーミルの姿のまま、シャーミルの私室で『アーク』を行使する。

 床に魔法陣が描かれて光を放った。


 ……私は人形だった。

 人形のはずだった。


 それがいきなり逆だって言われて、お前が人間で他が人形だって言われて。

 私が勇者で私だけが人間だから世界を救わなくちゃいけなくて。


 どうしろって言うの……どうしろって言うのよ!

 世界なんて私一人には重すぎる! 私なんて、父親を殺した罪さえ背負えない臆病者なのに!!


 ……お願いします。

 私なんかが勇者になってしまったことは謝ります。

 だから……だから……っ!


 ―――誰か、助けてください……っ!!


 光が溢れた。

 忽然と、人影が魔法陣の中央に現れた。

 それは男の人のシルエットで、




「―――()()()()()―――」




 呼びかけてから、違うと気付く。

 召喚されたのは、私と同じくらいの歳の男の子だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ