勇者××××の自供 後篇
気が付いた時、そこは森の中だった。
衝撃に薙ぎ払われた木々も、地面に無数突き立った羽根も、空を覆う怪鳥もいない。
けれど、どこか見覚えがある森の中。
(……ここが、異世界……?)
疑念を覚えながら、私はどうにか森を出る。
そして―――やはり、見覚えがあることに気付くのだ。
それから世界を彷徨って、色んな場所を見て、色んな人に会って、ようやく認める。
ここは、紛れもなく異世界だ。
けれど、私が――私とお父さんが求めた希望なんて、どこにもない。
―――鍵のかかった部屋を出たら、扉の向こうにもう一つ部屋があった。
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この世界では勇者は男ということになっていた。名前も私と同じだ。
勇者が男の世界と女の世界、世界は元々二つあったんだと、私はすぐに気が付いた。
(……でも、この世界じゃ私は『主人公』じゃない。『神』の監視も緩いはず……)
見た所、こちらの世界の男勇者もかなり周回している。けれど『主人公』への不用意な接触は避けたかった。
―――全身を羽根に貫かれたお父さんの背中が、瞼に焼き付いて離れない。
私はこちらの世界の魔王にコンタクトを取った。
こちらの魔王はこちらの勇者の父親だ。私とは直接には関係ない。
……けれど。
「お前が―――……ああ、そうか……」
無愛想で、だけど誠実で、誰よりも責任感が強い。
そんなわかりづらい人となりは、確かに、私の知るお父さんだった。
私は自分の世界でやってきたことと、それによって判明したこの世界の構造について、こちらのお父さんに話した。
世界移動じゃこの世界を解放することはできない。そう告げると、
「…………そうか。ならば、他の手を考えねばな…………」
こちらのお父さんも世界移動魔法の開発を考えていたのだろう。
前向きなことを言っていても、滲み出る落胆は隠せていなかった。
……私も、お父さんも、きっとこの時点でわかっていた。
世界間航行魔法『アーク』は、最後の希望だった。それが無駄だとわかった今……私達に、『他の手』なんてない。
それでも。
――― 生きろ ―――
お父さんはそう言った。
傷だらけで、私を守りながら。
祈るように、そう言ったんだ―――
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
それからしばらくの間、私とお父さんは新しい策を探し求めた。
男の勇者に助力を乞うことはなかった。
私と彼の唯一の違い――それは、彼が一人で禁呪ルネマを見つけてしまっていたこと。
繰り返し他人に成り代わって遊んでいた彼は、徐々に自我が希薄になり……私よりずっと早く、精神的に壊れてしまっていた。
お父さんの懸念は正しかったのだ。
私は、男勇者に聖剣を突き刺されて石化したお父さんを、幾度となく見上げた。
かつては私自身がしていたことだ。今更どうとも思わない。
……そのはず、だったのに。
(終わらせなきゃ)
崩れゆく魔王城の中で、いつも私は強く思う。
(終わらせなきゃ―――)
ストーリーが終わって時間がリセットされても、私の記憶は変わらず引き継がれていた。
そうしてできた長い時間を使い、私は考え続ける。
どうすれば、この閉じられた世界を解放できる?
どうすれば、エンディングの向こう側に辿り着ける?
……アイディアすら浮かばない日々が、長く長く長く続いた。
どんなに世界を探しても、どんなに知恵を絞っても、かつてお父さんが考案した『新魔法開発』以上の手立ては見つからない。
どうすれば―――どうすれば―――
「これ以上の抵抗は無意味です」
ある時、不意に。
こちらの世界の神子シャーミルが現れて言った。
「アナタ達が求めるものは存在しません。無意味なのです」
無機質な声音は、天からの啓示のようでもあり。
「もし仮に、この世界を脱出する手段があったとしても」
それゆえに、強烈な圧力を持つ。
「ワタシは、ソレを許しはしません」
――― 神が、ソレを見逃すとでも? ―――
……私達がいるのは、掌の上だ。
掌の上で、指先に操られて、遊ばれているのだ。
どんなに目を逸らしても。
厳然と。
それから程なくして、お父さんから提案があった。
―――自分を殺せ、と。
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エンディングの引き金を引くのは、勇者が魔王を倒すという現象。
ならば、勇者に倒される前に、他の誰かが魔王を取り除いてしまえばいい。
そうすればこの世界は『終わり』を失い、末永く存続していくことになる―――
理屈は理解できた。
けれど。
「この役目を担えるのは、お前だけだ」
朴訥な声で、お父さんは言った。
「お前ならば、背負えるはずだ。この世界を」
……世界。
世界を。
そう、私は勇者―――世界を救う勇者。
やらなければならない。
やらなければならないんだ。
世界を救うために―――勇者としての責任を、果たさないと。
……そんな言葉で自分を納得させても、本当はわかっていた。
世界なんてどうでもよくて。
ただ、お父さんの声に震えるほどの覚悟があったから、頷いてしまっただけなんだって。
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行動を起こすに当たって、あらかじめ邪魔者を排除しておく必要があった。
魔王城最上階。
神託の間。
忍び寄ったり、姿を変えて騙したりすることはなかった。
そんな小細工はきっと通用しない。
戦闘空間の出番もなく、ただただ普通に―――
階段から飛び出した私は、聖剣を構えて大きな魔法陣の上を走る。
標的は机の傍にいて、足音で気付いたか、間合いを四分の三ほど詰めた所でようやく振り返った。
もう遅い。
速度を乗せた切っ先が、少女の胸の中に埋まる。
ダメージ数値は出ない。
でも紛れもなく、致命傷だと思った。
手足から石化していく神子シャーミルは、大きな瞳で私をじっと見つめている。
悲鳴も、断末魔も上げることなく、彼女はそのまま、完全に石像になった。
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すべての準備が整い、謁見の間にて、事は実行に移される。
私が戦闘空間を展開し、お父さんは――魔王は、私の攻撃を無抵抗に受け続けた。
あっという間にボロボロになって、HPも風前の灯。
あと一回、聖剣で突き刺してしまえば、呆気なく魔王の命は途絶える。
おそらく、今度はリセットされることなく、永遠に。
「…………とどめを…………」
手が止まった私に対し、魔王はかすれがすれに言った。
……もう後戻りはできない。
進むしかない。
世界を救うために。
世界を救うために。
世界を救うために。
私は、勇者なんだから。
唇を引き結び、聖剣を強く握り締める。
濁った叫び声を上げ、聖剣を振り上げて、
「―――生きろ」
再び、その言葉を聞く。
「生きろ……未来を」
聖剣の切っ先が、その胸に深々と突き立った。
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そして、玉座に腰掛けた石像を見る。
胸には聖剣が突き刺さったまま。いつものように魔王城が崩れることはなく、時間が巻き戻る気配もない。
これで……やっと。
私は禁呪ルネマを使って神子シャーミルに変身し、神託の間まで上った。
『神』が策定したストーリーは破綻した。
だから今、神託を受信すれば、何も出てこないか、途中で途切れたストーリーが―――
床に描かれた大きな魔法陣の前で、私は模倣した能力を使う。
頭のツノに何かが流れ込んできて、床の魔法陣を伝い、壁の石碑に移っていった。
壁に高速で文字が刻まれていく。
その内容は―――
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「―――なに、これ」
わけがわからない。
一文字たりとも読めない。何が書いてあるのかわからない。
……それでも、直感的に理解した。
やってはならないことを、やってしまった。
出所不明の寒さに凍え、ぶるぶると震える私の後ろで―――
「アナタ達は、逃げられない」
―――石化したはずのシャーミルが、何か言った気がした。
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。どうにかしないと。
お父さんを殺した日から地震が続いていた。今まで地震なんて一度も起こったことがなくて、知識上だけの存在だったのに。怖い。怖い。怖い。このままだとどうなるの? 世界は今どうなっているの? どうしようどうしようどうしよう! 私のせいだ。私のせいだ。私のせいだ……!
もう、頼れるものなんて一つしかなかった。
こちらの世界のお父さんは、死んでしまったけれど。
同じ存在で、その穴を埋めることができれば……!
あんなに傷だらけだったけど、それでも魔王なんだから。
きっと、きっと……!!
その結果、あちらの世界がどうなってしまうかなんて、私には考えられなかった。
とにかく、どうにかしたくて。
どうにかしなくちゃいけないと思って。
『アーク』の準備を整えた。
今度は『行く』のではなく『呼び寄せる』。
―――異世界召喚。
首尾良くあちらの世界のお父さんが召喚できるかは賭けだけど、外せば当たるまで続ければいいだけだ。
シャーミルの姿のまま、シャーミルの私室で『アーク』を行使する。
床に魔法陣が描かれて光を放った。
……私は人形だった。
人形のはずだった。
それがいきなり逆だって言われて、お前が人間で他が人形だって言われて。
私が勇者で私だけが人間だから世界を救わなくちゃいけなくて。
どうしろって言うの……どうしろって言うのよ!
世界なんて私一人には重すぎる! 私なんて、父親を殺した罪さえ背負えない臆病者なのに!!
……お願いします。
私なんかが勇者になってしまったことは謝ります。
だから……だから……っ!
―――誰か、助けてください……っ!!
光が溢れた。
忽然と、人影が魔法陣の中央に現れた。
それは男の人のシルエットで、
「―――おとうさん―――」
呼びかけてから、違うと気付く。
召喚されたのは、私と同じくらいの歳の男の子だった。




