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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
32/38

世界よりも重い罪


「――――え」


 唖然とした、声が聞こえた。

 空が見える。紺色の空。かすかだが、星の輝きが見える。


 消し飛ばされたはずの感覚が戻っていた。

 身体が、存在が、己が、一つ残らず復活していた。


 確かにゼロになったはずのヒットポイントは―――



▼HP:85/85



 ―――完全に、回復していた。


 仰向けに倒れ伏していたオレは、身体を起こして立ち上がる。

 辺り一帯が焦土と化している。墓石も芝も、見る影もなかった。

 しかし、オレと彼女だけは、変わらず同じ場所に立っている。


 土汚れを払おうと思ったら、服が燃え尽きて全裸になっていた。

 仕方なくかろうじて残っていたワールド・イン・ガントレットから新しい服を取り出して装着する。


「あんた……どうして……!」


 愕然とした目で、女勇者がオレを見ていた。


 どうして、だと?


 何を驚くことがある。

 一片残らず蒸発したオレが、瞬時に生き返った程度のことで。


 オレは言っていたはずだ。

 何度も、何度も、何度も―――

 ―――こんな風に。


()()()()()()()()()()()()()


 定型句を、今一度繰り返す。


「ある異世界で魔女の恨みを買ってな……この通り、何がどうなっても死ねない呪いを受けてしまった。……情けないことを思い出すから、できれば使いたくはなかったがな」


 走馬灯というやつは厄介だ。あれもこれも一緒くたに過去が襲い掛かってくる。


「……不死身……? ……呪い……?」


 少女の声が、震えを帯びて大気を渡った。


「ふ―――ふざけないで……!! ふざけないでよっ!! そんな力があるなら、この戦いはなんだったのよ! あんたを殺すなんて、結局、できないんじゃない!!

 何!? 自慢でもしたかったの!? 強くて、頭が良くて、お金持ちで、恋人がたくさんいて、何より自由な世界に生まれて! そのうえ隠された能力で死にませんって!?

 もう何なのよっ! こんなみじめな私に完璧な自分を見せつけて、それがあんたの『口説き』だって言うの!? 馬鹿にしないでッ!!」


「……完璧」

 彼女が口にした言葉を、自分の口で転がす。

「オレが完璧だと……本当に、そう思うか」


「そうでしょう!? あんたは私の前でずっと完璧であり続けた! 私にはあんたが最初っから幸せそうに見えた! だから頼っちゃいけないって……あんたには私みたいなのは必要ないんだから、だから……!!」


 ……そうか。

 だから、オレに任せてはくれなかったのか。


 だったら、最初から全部言っておくべきだったのだな。

 オレという人間の、光も闇もすべて。


「……なあ。そんな完璧なオレが、どうして異世界召喚になど応えると思う?」


 彼女は口を噤み、戸惑いの目でオレを見る。


「完璧だったなら、もう他に何を得る必要もないほど完璧だったなら、どうして異世界になど来るのだと思う?」

「それは……」


 言葉は続かなかった。

 その答えは、彼女の中にはないのだ。

 だから、オレは自ら答えを言う。


「探しているからだ」

 親指で自分の心臓を指し、

「この不死の呪いを解く方法を」


「……え……?」

 少女が呆気にとられ、目を丸くした。

 オレは自嘲の笑みを零し、己の恥を告白する。


「この呪いな……副作用で、子供が作れなくなるのだ」


 少女の目がさらに大きく見開かれた。


「この呪いがある限り、どうやっても、オレは子孫を残せない」


 傷を抉るように繰り返したオレを、彼女は呆然と見つめた。


「……どうして……?」


 乾いた瞳に、波がさざめく。


「どうしてなの……?」


 呟きはか細く、独り言めいていて。


「あんた、家族が欲しいって―――なのに、呪い……? 子供を作れない……? どうして、あんな――――――どうして!!」


 やがてそれは、慟哭めいた絶叫になり。


「どうしてあんたは! 叶わない願いを晴れ晴れと語れるのよっ!!」


 認められないものを突きつけられたように、槍となって紺色の空を突き抜けた。


 ……どうして、か。

 そんなもの、決まっている。


「無論、叶わないとは思っていないからだ」


 誰が叶わないと決めたのか。

 誰が不可能だと認めたのか。


 他ならぬこのオレが、決めてもいないし認めてもいない!


「子供を生んで家族を作る―――たとえそれが過去に縛られた願いでも、オレは確かな価値を見いだした。だから、召喚されて、召喚されて、召喚されて、希望を探し続けている。

 ……聖剣には期待したのだがな。不死の魔族を殺せるなどと言うから」


 何度期待を裏切られても、オレは次の召喚に応えるだろう。

 やがて訪れる終焉のためではなく、オレ自身が求めた未来のために。


「お前にも、あるのではないか? 叶わないと思っていない願いが――叶わないと思いたくない願いが」


 女勇者を演じる少女は、声を詰まらせていた。

 戦力では圧倒的に勝っているのに、一歩後ずさって。

 オレという存在に、恐れおののいたように。


「オレを召喚してからの優柔不断。男勇者に実行犯を押しつけた自己矛盾。そして世界を終わらせ損ねた意志薄弱。すべての原因は、その願いにあるのではないのか」


 少女は、ゆっくりとかぶりを振る。

 横に。いやいやと、否定ではなく否認のため。


「ない。そんなのない! そんな願いなんて、私には……!!」

「そうだ。それはお前自身の願いではない」


 一歩、オレは踏み込んだ。

 世界の距離を。彼女との距離を。


「託されたんだ、お前は。その願いを、誰かに」


 ―――今こそ。

 最終問題、回答の時だ。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






「そもそも、どうしてお前は異世界召喚を行なったのか? お前は元々、他の何かを召喚しようとしていた。オレが召喚されたのは単なる偶然、不慮の事故だ。お前は一体何のために、何を召喚しようとしていたのか―――」


 答えを拒むように女勇者は沈黙する。

 悪魔を召喚しようとしていた、という言い訳はもう通用しない。そんなものは現実には存在しないとわかっている。


「お前の目的、そして当時のお前の状況のことを考えれば、答えは瞭然だ。なぜ召喚を行なったのか―――それでどうにかなると思っていたからだ。お前はあの時、とある問題に直面していた。それを解決する方法が、異世界召喚しか思いつかなかったのだ」


 オレは思い返す。

 魔王城最上階。神託の間に残されていた文章を。


「魔王城に残されていた神託。その最新のものは、オレには読むことができなかった。

 あれは、オレの知識が不足していたのではない。そもそも誰にも読めなかったのだ。神託が、誰にも読めない滅茶苦茶な文字を吐いてしまったのだ」


 そう――まるで文字化けのように。


「それでお前は知ったのだ。()()()()()してしまったことを。魔王という重要なパーツを予期せぬタイミングで失ったことで、世界が著しい悲鳴を上げたのだ。この問題を解決するには、魔王を生き返らせるか、()()するしかない。

 ……すなわち、お前が呼び出そうとしていたのは平行世界の魔王――お前が元々いた、勇者が女だった世界の魔王だったのだ」


 壊れたパーツを同じパーツに交換することで故障を直す。

 実際、そんな車の修理みたいなやり方で世界を直せるのかはわからない。

 だが、当時の彼女はそうするしかなかった。手段が他になかったのだ。


「お前は、平行世界の魔王を召喚したつもりだった」


 念を押すように繰り返すと、彼女の視線がわずかに逸れた。


「お前、召喚直後、何か言っていたな」

「……っ」

「翻訳機能のあるイヤリングを着け忘れていたせいで、オレには聞き取れなかった。

 だが今ならばわかる―――あれは、呼びかけていたのだろう? 召喚したつもりだった、魔王に」


 ぎゅっと、何かに耐えるように、少女の手が握られる。


「呼びかけである以上、あれは魔王を意味する呼び名だったはずだ。ならば『まおうさま』か? 否だ。シャーミルを演じている時ならともかく、勇者が魔王をそんな風に呼ぶものか。だったらなんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()?」


――― ●●●●● ―――


 どこか悲痛な、祈り込めたようなあの声音。

 あれが意味していたのは―――


「ついさっき、お前の母親の日記を見つけたよ。それによれば、お前の父親は突然ふらりと現れた、どこの誰とも知れない男だったそうだな。()()()()()()()()()()()……」

「……らしい、わね。怪我でもしてたんじゃ……」

「半年もか」


 女勇者は言葉を詰まらせた。

 男は半年間、包帯を取らなかった。怪我なら充分に治る期間だ。

 つまり男には、怪我でもないのに頭に包帯を巻かねばならない理由があった。


「……そんなの、ただの揚げ足取りよ」

「そうかもしれんな。だがオレにはこう思えてならんのだ―――その男は、包帯で何かを隠していたのではないかと。村人に見咎められてはならない明らかな特徴が、頭にあったのではないかと」


 頭に―――厳密には、額に。


「……知らない。知らないわ。特徴って何? 私は父親とは会ったことも―――」

「なあ。どうして勇者は魔力を持っているのだ?」


 逃げ道を潰すように、オレは問う。


「どうして勇者だけが、人間は持たないはずの魔力を持っているのだ? そのルーツはどこだ。原因はなんだ」

「神様に選ばれたからよ。私はずっとそう教えられてきた!」

「違う! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 女勇者はくしゃりと表情を歪め、沈黙した。

 オレは深く息を吐く。


「……聖剣に宿るのは、魔族を石化させて封印する力。魔族を。魔族だけを。

 なのに、アイツは……男勇者は聖剣に貫かれて石化した。

 これはつまり―――勇者もまた、魔族の血を引いているということではないのか」


 人間と魔族のハーフ。

 だから、勇者だけが人間でありながら魔力を持つ。至極簡単なことだったのだ。


「お前の父親が包帯で隠していた特徴とは、人外の証たる異形だ。魔族は完全に人の姿になることはできない。ヤーナイの鱗然り、カツメイの肌の色然り、グイネラの尻尾然り。

 お前の父親も例外ではなかった。お前の父親は、額に魔族としての特徴を持っていた。それを包帯で隠していた」


 魔族としての特徴―――すなわち。




「―――第三の目だ」




 玉座に座り込んだ魔王の死体を思い返す。

 大きな玉座に負けないほどに大柄で。

 額には―――第三の目があった。


「オレを召喚した時、魔王と勘違いして、お前はこう呼びかけたのだ」


 悲痛に。

 祈りを込めて。




「『おとうさん』、と」




 そして、その直前に。

 世界の解放を画策した彼女が、一体何をしていたか。


「お前は―――実の父親を殺してしまったのだな」



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