神子シャーミルの責任
(バレてしまった)
私は誰もいない廊下を走る。
彼から逃げるために。自分から逃げるために。
(バレてしまった!)
自分が何に怯えているのかもよくわからない。
バレてしまったから何だと言うのだろう?
覚悟していたはずだ。
承知していたはずだ。
私の行ないは責められるべきことで、だからこそ、私が果たすべき責任なのだと。
……それでも。
知られたくなかったのだろうか。彼だけには。
本当の私を。
弱くて、臆病で、責任感のない私を。
失望されたく、なかったから?
…………わからない。
私には私がわからない。
私は、何を考えているの?
答えなんて、きっとどこにもない。
私はすでに、責任を果たすための装置だ。
「―――みぃ、つけ、た」
ビクリと肩が跳ねた。
その声に宿った怨嗟に、背筋が震えた。
振り返る。
廊下の先に―――勇者がいた。
「童心に帰ってかくれんぼっていうのも、なかなか悪くないよねえ―――でも、そろそろ飽きたからさあ。終わりにしない?」
勇者の顔には、もう壊れた笑みしか残っていない。
……限界なんだ。
長い時を経て摩耗した精神が、自壊しようとしている。
残された時間は、もう幾許もない。
でも、その前に。
彼には、ピリオドを打ってもらわなければ。
主人公である彼にしか、物語にエンドマークは付けられないのだから。
「……おっ。今度は鬼ごっこかい? いいねえいいねえ。全然外で遊んだりできない子供だったからさ、僕―――ま、それも設定だけど」
走り出した私を、勇者の足音が追いかけてくる。
速い。やっぱり女の私じゃ、男の勇者は振り切れない。
半径一〇メートル。
それが『エンカウント』――戦闘空間展開能力の射程範囲だ。
それに少しでも触れた瞬間……きっと、すべてが終わる。
逃げながら階段を探した。
城内の構造は全部頭に入っている。その中から最短ルートを――理性院カシギを避ける形で選び出す。
……理性院カシギ。
私の甘えが結実したような存在。
もう彼には頼らない。頼ってはいけない。
せめて、彼を元の世界に戻してあげたかった。けれど、彼はそれを拒むだろう。
――― シャーミル。オレはお前のことが好きだ ―――
胸の真ん中を掴む。
強く強く、握り潰すみたいに。
……どうして?
どうしてあんたは、すべてわかっていながら、そんなことを言えるの?
あんたを巻き込んでしまったのも、今日こんなことになってしまったのも、全部全部、責任を負いきれなかった私のせいなのに。
「…………はッ……はッ…………!」
胸がつらい。心臓を抉り出して楽になりたい。
でも、同時に心地いい。
この胸の高鳴りが、私という存在を繋ぎ止めてくれる。
なんて……幸せな気持ちなんだろう。
こんなもの、私には必要なかった。
こんなこと、私は知っちゃいけなかった。
私に幸せなんて、許されてないはずなのに!
――― 覚悟しろ。オレに愛されたのが運の尽きだ ―――
……そんな覚悟、できないよ。
あんたの純粋な愛は、ひ弱な私には、重すぎる―――
階段を見つけて飛び込んだ。
跳ぶように次の階に移動する―――直前。
―――ズズッ……!!
揺れ。
地震。
今までで一番強い。
バランスを崩した。
次の段にかけようとしていた足が空を切った。
転げ落ちる。
上も下もわからなくなって、一番下まで転がって、壁に当たってようやく止まった。
痛い。血が出てる。でも構っていられない。
勇者が追いついてくる前に、早く……!
「おやおや。大丈夫かい? ダメじゃないか、階段は気をつけなきゃ……」
声が近い。
顔を上げると、階段の上にその姿があった。
勇者。
一〇メートル。
もう範囲に―――!
「くふふ。これで一回。二回までは大目に見よう。簡単に終わっちゃあツマラナイ―――ほら、早く逃げなきゃ。尤も、君の足でどれだけ逃げられるかは疑問だけどね」
私は歯を食い縛り、高笑いする勇者に背を向けて走り出す。
勇者が遊んでいるうちに、早く。
早く、あの場所に―――!!
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……カシギ。
あんたはきっと、私を守りたかったんだよね。
でも……ごめんなさい。
あんたは、間に合わなかった。
―――それから数分後に、すべては終結した。




