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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
26/38

神子シャーミルの責任


(バレてしまった)


 私は誰もいない廊下を走る。

 彼から逃げるために。自分から逃げるために。


(バレてしまった!)


 自分が何に怯えているのかもよくわからない。

 バレてしまったから何だと言うのだろう?

 覚悟していたはずだ。

 承知していたはずだ。

 私の行ないは責められるべきことで、だからこそ、私が果たすべき責任なのだと。


 ……それでも。

 知られたくなかったのだろうか。彼だけには。


 本当の私を。

 弱くて、臆病で、責任感のない私を。


 失望されたく、なかったから?


 …………わからない。

 私には私がわからない。


 私は、何を考えているの?


 答えなんて、きっとどこにもない。

 私はすでに、責任を果たすための装置だ。




「―――みぃ、つけ、た」




 ビクリと肩が跳ねた。

 その声に宿った怨嗟に、背筋が震えた。


 振り返る。


 廊下の先に―――勇者がいた。


「童心に帰ってかくれんぼっていうのも、なかなか悪くないよねえ―――でも、そろそろ飽きたからさあ。終わりにしない?」


 勇者の顔には、もう壊れた笑みしか残っていない。

 ……限界なんだ。

 長い時を経て摩耗した精神が、自壊しようとしている。

 残された時間は、もう幾許もない。


 でも、その前に。

 彼には、ピリオドを打ってもらわなければ。

 主人公である彼にしか、物語にエンドマークは付けられないのだから。


「……おっ。今度は鬼ごっこかい? いいねえいいねえ。全然外で遊んだりできない子供だったからさ、僕―――ま、それも設定だけど」


 走り出した私を、勇者の足音が追いかけてくる。

 速い。やっぱり女の私じゃ、男の勇者は振り切れない。


 半径一〇メートル。

 それが『エンカウント』――戦闘空間展開能力の射程範囲だ。

 それに少しでも触れた瞬間……きっと、すべてが終わる。


 逃げながら階段を探した。

 城内の構造は全部頭に入っている。その中から最短ルートを――理性院カシギを避ける形で選び出す。


 ……理性院カシギ。

 私の甘えが結実したような存在。


 もう彼には頼らない。頼ってはいけない。

 せめて、彼を元の世界に戻してあげたかった。けれど、彼はそれを拒むだろう。


――― シャーミル。オレはお前のことが好きだ ―――


 胸の真ん中を掴む。

 強く強く、握り潰すみたいに。


 ……どうして?

 どうしてあんたは、すべてわかっていながら、そんなことを言えるの?


 あんたを巻き込んでしまったのも、今日こんなことになってしまったのも、全部全部、責任を負いきれなかった私のせいなのに。


「…………はッ……はッ…………!」


 胸がつらい。心臓を抉り出して楽になりたい。

 でも、同時に心地いい。

 この胸の高鳴りが、私という存在を繋ぎ止めてくれる。


 なんて……幸せな気持ちなんだろう。


 こんなもの、私には必要なかった。

 こんなこと、私は知っちゃいけなかった。


 私に幸せなんて、許されてないはずなのに!



――― 覚悟しろ。オレに愛されたのが運の尽きだ ―――



 ……そんな覚悟、できないよ。

 あんたの純粋な愛は、ひ弱な私には、重すぎる―――






 階段を見つけて飛び込んだ。

 跳ぶように次の階に移動する―――直前。


 ―――ズズッ……!!


 揺れ。

 地震。

 今までで一番強い。


 バランスを崩した。

 次の段にかけようとしていた足が空を切った。


 転げ落ちる。

 上も下もわからなくなって、一番下まで転がって、壁に当たってようやく止まった。


 痛い。血が出てる。でも構っていられない。

 勇者が追いついてくる前に、早く……!


「おやおや。大丈夫かい? ダメじゃないか、階段は気をつけなきゃ……」


 声が近い。

 顔を上げると、階段の上にその姿があった。


 勇者。


 一〇メートル。


 もう範囲に―――!


「くふふ。これで一回。二回までは大目に見よう。簡単に終わっちゃあツマラナイ―――ほら、早く逃げなきゃ。尤も、君の足でどれだけ逃げられるかは疑問だけどね」


 私は歯を食い縛り、高笑いする勇者に背を向けて走り出す。

 勇者が遊んでいるうちに、早く。

 早く、あの場所に―――!!






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 ……カシギ。

 あんたはきっと、私を守りたかったんだよね。


 でも……ごめんなさい。

 あんたは、間に合わなかった。



 ―――それから数分後に、すべては終結した。



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