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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
24/38

〈ボックス〉


 答えを導き出すのに33秒かかった。

 それから27秒を費やしてアイディアを精査し、残り60秒を、そこから浮かび上がる真実を受け止めるのに使った。


 そして120秒ちょうどに、オレは瞼を開ける。


 そこには変わらず、鉄格子と勇者の楽しそうな笑顔があった。

 勇者は手に持っていたオレの懐中時計をこちらに投げ、


「二分だ。回答は?」


 時計を受け取り、オレは答える。

 テミリロ草を使って魔王城の北側に移動した勇者が、カツメイを殺したように見せかけて殺害し、禁呪ルネマによって成り代わったのは―――




「―――グイネラだ」




 王妃グイネラ。

 アイツは、もう死んでいる。


 にたり――と、勇者はいっそう笑みを深めた。


「へえ。理由を聞いてもいいかい?」

「思い出すべきはただ一つ。今朝、カツメイから甘い匂いがしたことだ」


――― おはよう。……む。香水でも付けているのか? 何やら甘い匂いがするが ―――


「あの時点でカツメイはすでに死んでいた。よってあの時のカツメイは貴様だったことになる。その貴様から甘い匂いがした―――それはなぜか?」

「それはあの時言ったじゃないか。お風呂にも入れなかったからね、匂いが気になったのさ」

「そう、匂いが気になったのだ。―――潜伏中に身体に染みついた、とある独特な匂いがな。貴様はそれを隠そうとして香水を使ったのだ」


 匂いが染みついてしまう場所。

 オレ達の目を欺き、安全に潜伏できる場所。


「貴様は先程言っていたな。『ルネマのスクロールなんてとっくの昔に見つけていた』と。

 即ち、謁見の間の隠し部屋からスクロールが持ち出されるより前でも、禁呪ルネマによって何かに化けることが可能だったわけだ。ならば貴様の潜伏場所はあそこに違いあるまい」


 オレは革手袋を嵌めた右手で、鉄格子の目を縫うように勇者を指差す。


「貴様―――グイネラの部屋にいたな?」


 ベッドの上にひしめいていた、大量の少年達。

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「オレがシャーミルと共に部屋を訪れた時も、貴様はあの少年達の中に紛れていたのだ。だから部屋に充満していた香の匂いが身体に染みついてしまった。それを誤魔化すために、貴様は香水を使わねばならなかったのだ」


 勇者の口元には未だ笑み。

 しかし余裕のそれではない。称賛の笑みだ。


「よくそんな細かいこと覚えてるなあ。自分では完璧のつもりでも綻びはあるわけだ。怖い怖い。

 ―――それで? 僕がグイネラちゃんの部屋に潜んでいたからって、だからグイネラちゃんを殺したんだ、とはならないよ?」

「いいや、なるのだ。貴様があの少年達の一人に化けていたのだとわかった時点でな」


 オレは思い出す。


――― 嫌よ ―――


 たった三音で主張された、グイネラの少年達への尋常ではない執着を。


「貴様もあの場にいたのだから知っているはずだ。グイネラはあの少年達に凄まじい執着を持っている。一人でも欠けたなら即座に気付き、騒ぎ出すだろう。

 ゆえに少年の一人に化けていた貴様は、グイネラが部屋にいない時か眠っている時しかあの部屋を出ることができなかったのだ」


 魔王城が封殺結界で封鎖された時―――

 ―――グイネラは風呂に入っていた様子だった。


 ヤーナイとカツメイが殺された時―――

 ―――深夜のことだ、グイネラは眠っていただろう。


 今朝勇者がカツメイとして姿を現した時―――

 ―――グイネラはバラドーの無事を確認しに行っていた。


「燭台の炎が一つ消えたあの時、グイネラは部屋に戻っていた。よって貴様はあの部屋にいなければならず―――必然的に、殺せるのはグイネラだけだったのだ」


 すべてを説明し切り、オレは勇者に視線を送る。

 批難の資格はオレにはない。

 この状況を作り出したのはオレだ。このクソ勇者の遊び場を、オレがみすみす用意してしまったのだ。

 ……それに……。


「――――はは」


 オレの視線を受け、勇者は笑った。

 元々浮かべていた笑みを満面のそれに変え、声を上げて。


「はは―――はっははははははははははははははははっ!! すごいなあ! 本当にすごいよ、君は! 君みたいなの、今まで一人もいなかった!! どんな条件を達成したのか知らないけど、神様もなかなかセンスがある! 見直したよ!!」


 薄暗い地下牢に笑声が反響する。

 ようやく治まった時には、勇者は肩で息をしていた。


「ああ、笑った―――本当に、本当の本当の本当に久しぶりだ、こんなに楽しいのは。ありがとうカシギ君。君のおかげで僕はもう少しだけ生きられそうだ」

「知ったことか。勝手に感謝などするな気持ち悪い。それよりさっさと賞品を寄越せ。『世界の秘密』とやら―――話してもらうぞ」


 そのためにこんなゲームに乗ったのだ。いい加減、このトチ狂った勇者の相手も限界だ。


「ああ、そうだったね。ごめんごめん。……でも君なら、予想くらいついてるんじゃないかな? ついでだし、それも聞いてみたいなあ」


 オレは舌打ちした。足元を見られている。屈辱的だが、致し方あるまい。


「……おそらくは、貴様の異様なステータスの高さや、複数現れた聖剣に説明をつけるものだろう」

「うんうん。正解だよ、その通り」

「可能性として考えられるのは―――」


 そこで、オレは一旦言葉を切る。

 ……本当にそんなことが起こっているのか? だとしたら、この世界はそもそも―――


――― 世界の秘密 ―――


 勇者が期待の眼差しでオレを見ている。

 その目は、まるでオレがこれから言うことをすでに知っているかのようだった。

 未来を経験しているかのようだった。


 オレは迷いを振り切り―――告げる。




「―――勇者(きさま)が、周回(ループ)しているという説だ」




 周回。

 所有物とレベルだけを保持し、過去へと戻る。


 だとするなら、旅立ったばかりのはずの勇者が異常に強い理由も、一本しかないはずの聖剣が何本も出てくる謎も説明がつく。

 封殺結界の抜け道を知っているのも、実際に魔王を倒して、本来の用途として起動したそれを幾度となく突破してきたからだ。


 刹那の空白があった。

 オレの推測を聞いた勇者が、一つ頷いて―――

 ゆっくりと、唇を動かす。




「せ・い・か・い」




 正解。

 勇者は、確かにそう告げた。


「そのッ通ぉーりッ!! 僕は周回しているのさ! 故郷を旅立ち、冒険を経て魔王を倒すまでの時間を何度も何度も何度も何度もッ!! レベルもアイテムもぜぇーんぶ持ち越し!! レベルなんてもう152だよ152!! 信じられる!? ラスボスの魔王がレベル70なのに! 152って!! もう笑うしかないよね! 難易度ひっく! 超ヌルゲー! 強くてニューゲェーィム――――――

 ――――――って、ざけんじゃねええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!!」


 勇者は唐突に絶叫し、腰掛けた机を殴りつける。

 浮かべていた笑顔はどこかへと消え、代わりに凄絶な苦悶がそこに刻まれていた。


「そりゃ楽しいよ? 最初はあんなに苦労した敵がこんなに簡単に! 僕って超つえええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!! でもさあ! でもさあ! 限度ってもんがあるだろうが!! ええ!? 飽きるんだよ! こんなに何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も同じことばっか繰り返してたら!! 変わり映えしない敵! 道を覚え切ったダンジョン!! 同じ台詞を繰り返すモブども!! うざってえうざってえうざってえ!!! 何もかも全部うざってえッッッ!!!!」


 頭が激しく掻き毟られ、髪の毛が幾本も宙に舞う。


「そろそろ先に行かせろよ!! 魔王を倒したその先に!! 平和ってもんがあんだろ!? 僕はそのために戦ったんだろ!? だったら味わわせろよ平和をッ!! 僕は何のために戦ってたんだよ!! 僕は何のために戦えばいいんだよ!! いつになったら勇者を辞められるんだよおおおおおおおおおおおっ!!!」


 ガシン! と。

 机から飛び下りた勇者が、狂ったロボットみたいな唐突な動きで鉄格子を掴んだ。

 そして鉄格子の間に限界まで顔を突っ込み、血走った両目でオレを見た。


「なあ、わかるかいカシギ君? 僕が何もしなかったら、世界も何も動かないんだぜ? 毎日毎日同じことをして、同じことを言ってくるんだ。南の洞窟で奇妙な音が―――村長の様子が最近おかしい―――知ってるよ知ってるよ、だって昨日も聞いたから!! お姫様はずっと僕の武運を祈ってる。王様はいつ行っても玉座に座ってる! てめえいつ仕事してんだよ王様だろうが馬鹿野郎ッッ!!!!」


 勇者の足が鉄格子を何度も何度も蹴り飛ばし、ガンガンと無機質な音を立てる。


「この世界は! 全部! 何もかもッ!! 『勇者の魔王退治』っつー劇の舞台装置なんだッ!! どいつもこいつも一切合財!! 人間を真似ただけのハリボテなんだッ!!」


 黙って聞き続けるオレのすぐ近くで、勇者はようやく深呼吸を一つして、暴れるのをやめた。


「…………って、それだけだったらまだ良かったんだよなあ…………。それだけなら、僕だって諦められた。考えるのをやめられた。でも、ときどき―――本当にときどき、カシギ君、君みたいな新要素が追加されるんだ。リメイク? アップデート? 知ったことじゃないけど、本当に残酷だよなあ……。諦めることすら許されないなんて……」


 新要素? オレが?

 そう言えば隠しキャラがどうこうと……。


「おかげで、探さなくちゃならなくなった。この世界から抜け出す方法を、空間と時間のすべてから。でも、見つからなかった―――そんなものは、可能性すら存在しなかった」


 ……ちょっと待て。

 可能性すら、だと?


「貴様、召喚術のことは知らんのか?」


 口を挟んだオレに、勇者は疲れ切った目を向けた。


「知ってるさ、悪魔召喚術のことだろう? あんなもの、存在しないよ。設定上だけのものだ。

 まだわからないのかい? 君も召喚されたとか言ってるけど、そんなの設定なんだよ。ただのテキストだ。勇者の物語を彩るために神様が用意したものなんだよ。

 君に限らず、この世の全部がそうだ。だから勇者と魔王の戦いに不必要な部分はいい加減だ。()()()()()()()()()()()―――調べればわかることさ」


 存在――しない?

 召喚術が?


「そんな中でもさ、多少の救いはあったんだよ」

 薄く笑い、勇者は言う。

「魔王や王妃、それに四天王達―――ストーリー上の重要人物だったからなのかな、彼らは僕と同じように、記憶を持ち越していた。程度の差はあったけど……魔王なんかは、ほとんどの記憶を保持していたみたいだった」


 頭脳が急速に回転する中、新たな情報が飛び込んでくる。

 ……これで、あのスケジュール帳の謎が解けた。

 オープニングとエンディング。あれはまさにその通りの意味だったのだ。エンディングが幾つも書き込まれていたのは、その数だけエンディングを繰り返したから……。


「だから、結構楽しみだったんだ。魔王を倒しにこの城に来るの。あの人と話すと救われたような気持ちになった。僕だけじゃないんだ、孤独じゃないんだって。

 ……でもさあ、それにも飽きってやつは回ってくるんだよ。そうしたらもう、自分のその気持ちをブッ壊してやったらどうなるかって、そっちのほうを試していくしかないよねえ?」


 オレにコイツの気持ちはわからない。

 そんな極限状況に置かれた経験は、さしものオレにもない。


 だが、哀れだと思った。

 ただただ、哀れだと。


「今回も、色々考えてきたんだよ。さぁて、どうしようかなあ。どの方法で殺してやろうか―――いい加減マンネリなんだよなあ……」


 ぶつぶつ呟きながら薄気味悪く笑う勇者。

 オレはその姿に恐怖を覚えると同時に、疑問を覚えていた。


 ……まさか……。

 コイツ……()()()()()()


 しかし、コイツはヤーナイを殺した後―――いやそうか、あの時は時間が……。隠密行動中にカンテラなど持つはずがないし、謁見の間には窓がない。気付かなくてもおかしくはない。


 ならば。

 だったら。

 ()()()()()()()()()()()()()―――



 ―――ズズン……!!



 走りかけた思考が、真上から響いてきた音で中断された。

 なんだ、今の音は?

 いつもの地震ではない。何か巨大で強大なものが暴れているような……。


「ああ、そうだった」


 気だるげだった勇者が、口元に笑みを取り戻した。


「お楽しみはまだあったんだった。いやさあ、さっき、ちょっとバラドー君にちょっかいかけてきたんだよね。ははっ! ずいぶん怒ってたなあ。石化したグイネラちゃんにちょっと悪戯しただけなのに! あいつ、僕が何にでも変身できるって知ってるから、そこら辺のもの手当たり次第にブッ壊してるのかな―――()()()()()が起こらないといいけど」


「―――ッ!!」


 シャーミル……っ!!


「貴様、それを狙ってわざと―――!!」

「くっくくく。仲間割れってのもさ、見ててなかなか愉快なものだよ。仲間の血に汚れた奴の背中を刺すのはさらに痛快だ」


 それに何より、と言葉を継いで、勇者は見開いた双眸をオレに向けた。


「大切な人を殺された奴を見るのは、もっともっとオモシロイ! こればっかりはもう少し飽きないで済みそうだ!! はは、は、ははははは、ははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははは――――――――――――――っっっ!!!!」


 オレは鉄格子の中に閉じ込められたまま。

 鍵はシャーミルが持っている。

 厳しい状況に置かれているだろう彼女に、ここまでやって来てオレを外に出す余裕があるか?


 否だろう。そこまで勇者は計算している。

 つまるところ、現状はこうだ。

 オレはただ、ここで一人、惚れた女の無事を祈っていることしかできない―――




「―――そう上手くいくと思ったか?」




 ピタリ、と。

 勇者の哄笑が止まった。


「……何を言っているのかな?」


 勇者は嘲笑の形に表情を固まらせる。


「君はただの人間だ。この鉄格子から出る術なんてない。おかしな道具を次々取り出していたあの袋もここにはない! 君にできるのはただ―――」

「案外、気付かれないものなのだ」


 言葉を遮り。

 オレは、革手袋を嵌めた右手を、勇者に差し伸べるように伸ばし。

 拳の形に、握り込んだ。


「オレがアイテムを取り出す時、()()()()()使()()()()()ことなど」


 瞬間、嘲笑が破壊された。


「まさか―――その手袋!!」


 オレは深く深く笑みを刻み、握り込んだ拳を解いた。

 革製の手の平には、青色の草が一枚。

 テミリロ草。


「正式名称『ワールド・イン・ガントレット』」

 オレは異相領域から取り出したテミリロ草を口に運びながら、

「左手の『絶撃の籠手』に合わせて改造してあるから、見た目はガントレットではないがな。脱出手段もなしに牢になど入るわけがないだろうが」


 勇者が鉄格子の隙間から腕を伸ばしてきた瞬間、オレはテミリロ草を思い切り噛んだ。

 きつい苦味が口内に広がる。

 と同時、焦りに歪む勇者の顔が滲み―――


 一瞬にして、オレは地下牢から脱出した。


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