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理性院カシギは女運がいい  作者: 紙城境介
オーバー・ジ・エンドロール ~魔王を殺害した勇者の世界よりも重い罪~
12/38

魔王城の食卓


 封殺結界の起動により、城内の移動もかなりの部分が制限された。

 かなりの部分……というか、二階以上に行けないのだ。エントランスにある二つの階段は不可視の壁に阻まれていた。

 天井の破壊も試みたが、やはり弾かれてしまう。


 シャーミル曰く、


「結界の起動役を危険に晒さないための処置なの。上には脱出路があるんだけど……」


 だそうだ。行けないものは仕方がない。


 当たり前だが、窓からの出入りも不可能。また、エントランスホールの中央にあるワープポータルも機能しなかった。当然だろう。これが動くならこんな結界など意味がない。


 あと試せるのは―――


「これを試してみるか」


 と、オレは腰の袋から草を取り出した。

 真っ青な色の見るからに怪しい草である。


「なんだ、それは?」


 バラドーが居丈高に訊ねてくる。

 答えようとしたが、その前にカツメイが口を開いた。


「テミリロ草ですね。口に含むとダンジョンや建物から脱出できるという」

「ああ。人界の町に行った時に、目についたアイテムをあらかた買っておいたのだ」

「ですが、それは人間や勇者用のものです。魔族には使えませんが……」

「オレなら大丈夫だろう。とにかく外に出られれば何とかできるかもしれん」


 言って、オレはおよそ自然物とは思えない青色の草を噛んだ。

 まずっ。

 と思った瞬間、何度か体験した風景が滲む現象が起こる。


 お、成功か?

 期待に胸を膨らませ、切り替わった風景を見て―――落胆した。


 魔王城のエントランスホールだ。花壇に囲われた大きな魔法陣の中央に、オレは立っていた。


「なんだ……。脱出するのではなく、入口に戻る道具だったのか」


 期待して損した。

 四天王達が徒歩で追いかけてくる。手は尽きた。自力での脱出はもはや不可能だ。

 であれば、どうするか。


「おい、そこの処女ビッチ。貴様の取り巻きとは連絡つかんのか?」

「だっ、誰が処女よ!!」


 褐色の見せかけビッチは顔を真っ赤に染めた。


「ビッチではなく処女に反応する辺り、完全に図星ではないか」

「そそそ、そんなわけないでしょう!? これだけの美女だもの、引く手数多よ! 毎晩取っ替え引っ替えよ!!」

「ならば今晩にでも相手をしてもらおうか? 経験豊富な貴様でも満足させられる自信があるぞ」

「―――な、なななななななななにゃっ……!!」


 あ、噛んだ。コイツ結構面白いな。

 シャーミルにこういう話を振ると本気で嫌われるし、これからはコイツで遊ぼう。


「はいはい、その辺りにしてください、カシギさん」

 カツメイが手を叩いて割って入った。

「それで、ヤーナイさん。連絡は取れないのですか?」

「む、無理よ」

 まだ少し顔を赤くしたまま、ヤーナイは答える。

「この結界、魔力もまったく通さないんだもの。呼んだら来いって言ってあるから、きっとずっと来ないわ」

「そうですか……。これは弱りましたね」


 万策尽きた。どうやら何日かここで過ごすしかないようだ。

 となると、確認せねばならないことがある。


「シャーミル。あの見えない壁は、二階から一階に来る場合は素通りしたりしないのか? それと、さっきオレがやったようにテミリロ草で壁を越えることは?」

「どっちも無理だと思う。壁は内外両方向に機能するし、魔力を遮断しているからテミリロ草も……」

「そうか。なら少しだけ安心だな」


 結界を起動したのは勇者だろう。どこに潜んでいたのかはわからないが、オレ達が謁見の間に集まっている間に起動装置まで行ったのだ。

 ならば完全に封鎖されている一階(ここ)には来られないことになる。上層階にあると言う脱出路を使って外に出て、オレ達を閉じ込めている間に何かをしようとしているのだ。


 ……無論、これは憶測に等しい推測に過ぎない。まだ予断は許されなかった。


「―――なあに? みんなして辛気臭い顔して」


 雁首並べて深刻な空気を作っていた所に、能天気な声が飛び込んできた。

 入口から見て左側に伸びる廊下から妖艶な童女が出てくる。グイネラだ。風呂に入っていたらしく、髪から湯気が立っていた。


「何かあったのかしら? ……あ、そうか。あの人のこと聞いたんだっけ。まあそんなに気に病まないでよ。寿命みたいなものなんだから―――」

「いえ、そのことではなく」


 カツメイが遮り、状況を説明する。

 一階から出られないと聞いても、グイネラはあっけらかんとしたものだった。その様だけ見ると、本当に何も知らない童女のようなのだが……。


「ふうん、出られないの。それは不便ね。でもお風呂も食堂も食糧庫も一階にあるし、別に大丈夫なんじゃない? 何日かすれば勝手に解けるんでしょ、結界」

「それはそうですが―――あ、いえ、ちょっと待ってください」


 カツメイが何か思いついた顔で一瞬考え込み―――振り返って言った。


「食糧はあっても、調理する者がいません」






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 小間遣いは全員追い出してしまったのだった。

 なので必然、食事は自分達で用意しなければならない。


「料理? あたしができるわけないでしょう」

「すみません。僕も心得が……」

「飯など腹を満たせれば何でも構わん」

「じゃあ頑張ってね~」


 うん、まあ、そうだろうな。生粋の上流階級だからな、コイツら。グイネラに至っては自分で調理するという可能性を頭に浮かばせてすらいなかった。


 オレは一応できないこともないが、この世界の食材に関して知識がなさすぎる。味については最終兵器があるから問題ないのだが、もし食材に毒でもあったらオレでは判別できん。


 そんな風に悩んでいた時だった。

 ぽつりとシャーミルが言った。


「私、料理できるけど」

「!?!?!?」

「……なんでそんなに驚いてるのよ」


 そんなわけで、食事はオレとシャーミルで用意することになった。

 エントランスの北隣に食堂がある。百席以上ある大きなもので、厨房も備わっていたので、二人してそこに入った。

 壁に掛かっていたエプロンを仲良く装備。


「おおう……」


 白いエプロンを纏ったシャーミルを見て、オレは唸る。

 彼女は不思議そうに首を傾げた。


「何?」

「可愛い」


 こういう時は率直に言うに限る。

 ほら、頬がほんのり赤く染まった。

 と思ったら、顔を隠すようにふいっと後ろを向いてしまった。


「どうした? もしや照れているのか?」

「照れてない」

「だったらこっちを見ればいいだろう」

「照れてないったら!」


 オレが顔を覗き込もうとし、シャーミルが反対を向き――を繰り返し、二人してくるくる回る。

 むう……前に『可愛い』と言った時と反応が違うぞ? なぜだ?


 ともあれ、厨房の奥にある食糧庫で食材を吟味し、作業に取り掛かる。技術はともかくとして知識がないから、シャーミルに色々とレクチャーされながらの調理になった。


「神子に料理をする機会などあるのか?」


 肉と野菜を放り込んだ鍋をぐつぐつ煮ながら、雑談のつもりで訊いた。

 シャーミルは棚から調味料を取り出しながら、


「……別に。そういう風に生まれただけ」


 と噛み合わない答えを返す。

 特に練習しなくてもいい天才肌だということだろうか? 非才の身としては羨ましい限りだな。


 そんな風に疎らな会話を交わしながら、オレ達は料理を仕上げていった。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






「……………………何コレ」


 目の前に置かれたオレの渾身の一作を見て、グイネラは玄関の前にカラスの死体があった時のような顔をした。


「見ての通り、ビーフシチューだ」

「……変ね。あたくしの知識だと、ビーフシチューの色はこんなにも鮮やかな黄緑ではなかったと思うのだけれど」

「ふっ。綺麗だろう?」


 料理は見た目も大事だからな。

 隣でシャーミルがなぜか深々と溜め息をついた。


「あんた……頭はいいのに、感性は絶望的なのね……」


 ぐむむ……理解を得られない。オレの美術の成績に1を刻みやがった教師と言い、どうしてオレの感性はいちいち批判されるのだ?


「まあ待て。味は紛れもなく絶品なのだ」

「本当に? なんだか飲んだら不老不死にでもなりそうな香りがするのだけれど……?」

「これを振りかけてみろ」


 腰の袋に右手を突っ込み、茶色い粉が入った小瓶を取り出してグイネラに手渡した。


「なぁに、これ? 香辛料かしら」

「その通りだ。それを振りかけることによってオレの料理は完成する。騙されたと思って試してみろ」


 胡散臭そうな顔を隠そうともせず、グイネラは小瓶の蓋を開き、中身を一振り、二振り……四振りした。

 途端、


「あら?」

「え?」


 グイネラとシャーミルが揃って眉を上げる。

 色鮮やかな黄緑色のシチューから食欲のそそる香りが立ち昇ってきたのだ。


「さあ、食ってみろ。もし不味かったら今夜貴様のベッドまで行ってやってもいい」

「……へえ? 言ったわね?」


 グイネラが赤い唇をぺろりと舐めた。それからスプーンを取り、黄緑色のシチューを掬う。

 そして躊躇いなく、それを口に含んだ。

 瞬間、


「――――んっ!」


 ビクッ! とグイネラの幼い身体が震えた。


「んっ……ぁふっ、んんっ…………んっんんんん――――――っっっ!!!」


 ………………オレ、何か危ない薬でも入れたか?

 ひとしきりビクビクと身体を跳ねさせた後、はあはあ肩で息をしながら、グイネラはぽつりと言う。


「…………美味しい」


 今のは美味しさの表現だったのか。てっきりクセになるタイプの薬物が混入してしまったのかと……。

 グイネラは二口目、三口目と次々にスプーンを運んだ。


「何これっ! 美味しいっ! どうしてこんなに美味しいのっ!? こんな見た目のクセに、こんな―――んっ、んんっ……! やだ、声が出ちゃうっ……!」


 コイツはもうこれが常なのだな。やることなすことアッチの方向性なのだな。よく理解した。


「どういうこと? さっきの香辛料、危ない薬とかじゃないわよね?」


 怪訝そうにシャーミルが言う。まあグイネラのこの反応を見ればそう思うのも無理はないが、決してヤクの類ではない。


「特定の食材を用いた料理を無条件で美味に変える魔法の香辛料だ。食糧庫でその食材を見つけてな、使うことにした」

「……何だか料理という概念を全否定された気分だわ」

「美味とは言っても味はいつも同じだから飽きるぞ。結局の所、女子の手料理が一番だな」


 配膳を終えたオレがいただきますを言うよりも早く、グイネラは自分の分を完食していた。


「ふう……。満足。美味しさで絶頂したのは初めてかもしれないわ」

「ならその香辛料はくれてやろう。在庫はまだあるし、何より罪なき少年達の被害を減らせるかもしれん」

「あら、ありがとう。あたくし、ますますあーたを気に入ってしまったわ」

「間に合っている。貴様を抱くくらいならあっちの処女ビッチを抱く」


「また処女って!」と褐色処女が腰を浮かしたが放っておこう。


「つれないわね。いいじゃない、ちょっとした火遊びよ。あたくしもめでたくフリーになったことだし……」

「何が火遊びだ、そのまま火達磨になってあの世行きだろうが。大人しく喪に―――」

「―――人間、口を慎め。不敬だぞ」


 静かで硬質な重低音は、バラドーのものだった。

 鋭い爪の生えた四本の指で器用にスプーンを握ったまま、猛禽の眼光をオレに向けている。


「そうよ。さっきから口が過ぎるわ。……グイネラ様も、お戯れとは言え、そんな男を相手にしてはいけませんわ」


 さらにヤーナイも続く。グイネラは「あら、ごめんなさい」とまるで反省していない声で言って、くすくすと笑った。


 なぜオレが叱られねばならんのか、と憤然としつつも、その理由は八割方わかっている。魔族と言えども、人間関係は付き物のようだ。


「…………」


 隣の席に座っていたシャーミルが、横目でオレを見ている。


「なんだ? どうした?」

「……別に。どうしてこんな男を気に入るんだろう、と思っただけ」

「お?」


 その声の独特の響きに、オレのセンサーが敏感に反応した。


「嫉妬? 嫉妬か? ヤキモチを焼いているのか!? 独占欲が発露したのかシャーミル!!」

「うるさい!」


 向こう脛を思い切り蹴られた。

 ぐおお……! 思わずテンションが上がってしまった……!!


 不機嫌そうなバラドーとヤーナイや、あからさまに不機嫌なシャーミルを、カツメイが宥めたりグイネラが観賞したりしながら、夕食は存外和やかに進んでいった。






%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%






 夕食の後、グイネラとバラドーとヤーナイはさっさと食堂を去っていった。

 連中は当たり前のように食器を放置していったので、オレとシャーミル、そしてカツメイで後片付けをする。

 カツメイ……なんていいヤツだ。友達になれてしまいそうだ。


「悪いな、仲裁させてしまって」


 作業をしながらカツメイに話しかける。

 他の四天王と――特にバラドーと揉め事になりかけた時はいつも彼が宥めてくれている。多少は感謝もしようというものだ。

 カツメイは眼鏡をかけた顔を温和に微笑ませ、


「いえいえ。悪いのは血の気の多いバラドーのほうです。お気になさらず」

「そうか。ならいいのだが……。アイツはずいぶんと人間を嫌っているようだが、貴様はそうではないのだな」

「魔族の多くはそうですよ。バラドーほどの人間嫌いは例外です」

「そうなのか?」


 ええ、とカツメイは頷いた。


「シャーミルさんの『神託』のような特殊能力を除けば、通常空間で魔族が身一つで使える魔法はたった一つ――『人化』。それを使って我々が人の姿を模すのは、魔族が本能的に人間への憧れを抱いているからなのです」

「憧れ……? 魔族のほうがずっと強いのにか」

「はい。なんと言えばいいのか……彼ら人間は、僕達からするととても自由そうに見える。それが、何とも言い難く羨ましいのですよ」


 ……自由。

 魔族のそれを奪っているものを、オレは知っている。


「ですが、バラドーは大きな力と引き換えに生まれつき人化ができませんでした。ゆえに、普通の魔族よりも人へのコンプレックスが強いのです」

「なるほどな。それで人間嫌いか……」


 明かされてみればなんてことのない話。人だろうと魔族だろうと、心の在り方に大した違いはないのだ。


「それにしても、カツメイ、貴様はずいぶんと客観的なものの見方をするのだな」

「仕事柄、自然とそうなるのですよ。おかげで他者の気持ちに寄り添えず、悔しい思いをすることもあります」

「一長一短だ。貴様のそれは紛れもなく才覚だよ。遺憾なく揮って仲間を支えてやれ」


 何気なく言うと、カツメイはくつくつと笑った。


「不思議ですね、貴方は。二〇年と生きていないのでしょうに、すでに王の風格がある」

「歴史上、一〇代の王など幾らでもいるさ。実際、似たようなことはしたことがある。人より人生経験が豊富でな」

「素晴らしい。……ええ、そのつもりですよ。軍師として、僕には彼らを支える義務がある」


 それから―――小さく、カツメイは付け加えた。


「…………たとえ、彼らが何を隠していたとしても」


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